16日日曜日、朝は青空が広がり、幾筋も交錯する飛行機雲を、プールの帰り道に歩きながら見ていると、清涼な大気が胸中にも流れこんでくるような爽快感。午後は薄雲に覆われがちだったが、それは上空高い位置にとどまり、むしろ穏やかな明るさに風景全体が包まれていた。気温は24度近くまで上昇。それに伴い湿度は夕方30%台まで下がる。
今さきほど、一応発表要旨を書き終えた。ピントが充分に絞り込めていないという不満を覚えるが、このまま一日「寝かせる」ことにする。明朝、研究集会責任者に送信する前にもう一度見直そう。
西谷啓治『宗教とは何か』(著作集第10巻)第三章「虚無と空」の一節。
「底知れぬ深い谷も実は際涯なき天空のうちにあるとも言へるが、それと同時に虚無も空のうちにある、但しその場合天空といふのは、単に谷の上に遠く拡がつているものとしてではなく、地球も我々も無数の星もそのうちにあり、そのうちで動いてゐるところとしてである。それは我々の立つ足元にもあり、谷底の更に底にもある。」(110-111頁)
以下は「食をめぐる哲学的考察」の第5回目。今回のシリーズはこれが最終回。
食研究に限ったことではないが、相異なった複数の対象を比較検討することは、当の考察対象をよりよく分析するために有効な一つの方法である。それは、考察対象に固有な問題を際立たせてくれるばかりでなく、他の事柄にも通じる共通問題を発見することを可能にしてくれることもある。しかも、比較される諸対象の間の類似点が一見明らかでないものの間の比較の方がより生産的な観点を私たちに与えてくれることが多い。比較という方法は、比較対象間の共通点を見出すことだけが目的なのではなく、場合によっては、むしろそれら対象間にある還元しがたい差異をそれとして明確に規定することを可能にしてくれるからこそ有効でありうることを忘れないようにしたい。このような意図から、言語と食との比較を試みてみよう。両者の間にはある一定のアナロジーが成り立つと同時に、それぞれに固有の問題も比較を通じて浮き彫りにされうると考えられるからである。
一つの言語は、それぞれ独立な要素として存在する一語一語からなる記号の集合ではないし、言語行為は、それらの要素のうちの有限個を一定の規則に従って配列することに還元されうるものではない。一つの言語とは、それが現に話されている生きた言語であるかぎり、一定の規則に従って分節化をたえず繰り返している動的な全体であり、その分節化を通じて単語という単位も生まれてくるのであって、その逆ではない。しかもその分節化の規則は絶対的なものではなく、むしろ可変的なものであり、したがって、一つの言語を一つの語彙の固定的な体系に還元することはそもそもできない相談なのである。このことは、一つの言語は最初から一つの生命体のように有機的な全体なのであって、もともとはバラバラな部品から組み立てられたロボットのようなものではない、と考えれば理解しやすくなるだろう。ただ、注意しておきたいことは、ここで言う言語とは、決して「国語」のことではないのは言うまでもなく、「日本語」あるいは他の国名を冠された言語でもないということである。言語の生成は国家の生成とはまったく別の次元に属することであり、いわゆる「文化」という概念と相覆い合うものでもない。
私たちが母語を話し始めるとき、まず規則を習うことから始めるのではないことは誰でも自分自身の経験としてよく知っている。母語は、私たちの体が受精卵から順次細胞分裂を繰り返して徐々に複雑な生命体として形成されていくのと同じように、最初から一つの生ける全体として与えられる。たとえ最初は小さく未分化ではあっても、そのようなものとして与えられる。それが一定の環境の中で分節化を繰り返すことで、より複雑な全体に変化していく。しかし、それは、単なる偶発的な複雑化ではなく、その程度と方向性とは環境によって限定されている。と同時に、それは、環境への適応力、さらにはその環境への働きかけの能力の発達過程でもある。この働きかけの能力とは、言葉による世界の分節化・差異化の事であり、そこに見られる〈言〉-〈異〉-〈事〉の三項が日本語においては「こと」という同じ音素によって表されていることは決して偶然ではなく、それが言語の成立過程についての多くの示唆を与えてくれることは、夙に指摘されていることである。言語の生成とは〈ことなり〉なのである。
このように、言語が最初から一つの〈ことなり〉として私たちに与えられるのと同じように、食もまた〈もの〉としてではなく、〈こと〉として私たちに与えられていると言えないだろうか。食もまた、私たちと世界との関係の仕方として、その全体が有機的な連関において見られるとき、食する主体、食物、生産過程、流通システム、社会、自然環境などの相互的な関係性を〈ことなり〉として、総合的に捉える途が開かれてくるのではないだろうか。