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アルビーナ。
彼女に会った者は、必ず彼女に恋をした。
恐らく本名ではない。
でも、そんなことは関係ない。
アルビーナ。
特に美人というわけではない。金持ちというわけでもないし、話上手というわけでもない。
でも、皆彼女に惹かれてしまう。
それは彼女がいつも、自分だけの法則で自分だけの世界に生きているからだ。
自分だけのスタイルで、自分だけの音楽の中に生きている。
誰もがはっとして、まじまじと見つめてしまう程生き生きと輝いている。
アルビーナ。
憧れてやまない・・・自由を生きる女性。
アルビーナがやって来るのは、大概夜も更けた頃。そろそろ日付が変わるかどうかという時だった。
いつも変わった服装をして、何処で買ったのやら分からない靴を履いている。
トレードマークともいえる真っ白な髪を靡かせて、彼女は颯爽と現れる。
アルビーナはいつもテキーラをショットで一杯煽ると、ステップを踏みながらジュークボックスにやってきて、適当に曲を選別する。大概激しいロックだが、時折北欧のワールドミュージックをかけることもある。
多分、なんだっていいのだろう。
そこに音楽があれば。そして、ステップを踏むことが出来るのであれば。
アルビーナが踊り出すと、皆おしゃべりをやめて彼女に注目する。
彼女の踊りは独特だ。
ハイビスカスが香る島国の踊りのようでもあり、炎を囲んで祈る種族の踊りのようでもある。
クラシックでもモダンでもなく、ヒップホップでもロックでもない。
と同時に、それら全てでもある。
彼女はただ心に思うまま、体が求めるままに伸び伸びと踊る。
だから誰も、彼女と一緒に踊ることは出来ない。
汗がきらきらとライトに反射して、それが堪らなく彼女を美しく魅せる。
アルビーナはひとしきり踊ると、額の汗を拭ってこちらへとやってきた。
「やあ。」
僕は声をかける。アルビーナは片眉を上げてそれに応える。
「今日はまたえらくハイだね。」
違う男が声をかけるが、彼女は肩を竦めただけだった。
確かにアルビーナはいつも笑っている。声をたてて、心の底から陽気に。
何がそんなに可笑しいのか。どこでも彼女はトリップしているし、ハイになっている。もしかしてマズい薬でもキめているんじゃないかと疑ってしまうが、伸びやかに動く彼女の細い腕には痛々しい注射針の後はない。
アルビーナがカウンターに近づくと、バーテンも慣れたもので、何も言わずにズブロッカをショットで出す。その隣に、寄り添うように塩とライムを置く。アルビーナは手の甲に塩を少量のせ、それをペロリと舐めるとライムに齧りつき、ズブロッカをちびりちびりとやりだす。
激しく動いたせいで、彼女の頬は薔薇色だ。
「アルビーナ。」
僕は声をかける。
アルビーナはこちらを見た。
不思議な紅い瞳。その眼差しは、一点の曇りもなく純真な光に満ちている。
そんな彼女の目の中に、小さな僕が佇んでいる。あまりにちっぽけな僕が、とても情けなく思えて言葉が続いて出てこない。
「肩。」
アルビーナが不意に言った。
「肩?」
意味が分からず、僕は鸚鵡返しに繰りかえした。
アルビーナは自分の肩をポンポンと叩いてみせる。
いや、肩が何処なのかはよく分かっている。なんで肩という単語がこの場に出てきたのか、それが分からないくて聞いたのだ。
「肩が、何?」
アルビーナは悪戯っぽく笑う。
「もっと、柔らかく。」
「柔らかく?」
「硬くなってる。」
「??」
「力抜いて。ゆっくり歩く、そんなんで大丈夫。」
「何のこと?」
「貴方の心配事のこと。」
ずしん、と心が啼いた。
真摯な眼差しが、僕を見透かす。
何も言ってない。何も知らない。
でも彼女には、人の心の核が見えてしまう。
そうしてただ一言だけ、置き土産を残す。
その人が、その時、一番求めている言葉を。
心の秘孔を突く、ただ一言を。
アルビーナは驚く僕の姿に弾けるように笑って、ズブロッカを例の如く飲み干した。
バーテンに目で合図すると、再びジュークボックスへと歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、僕はそっと自分の肩に触れる。
日々の仕事のストレスと、プライベートの痛みの中で、僕の肩はすっかりと強張ってしまっていた。僕自身すら気付かなかった、見えない重みに絶えかねて。
曲が流れ出す。
アルビーナは派手にターンをしながら踊り始める。
「Andante」
それが彼女が選曲した曲の名前だった。
アルビーナ。
彼女に会った者は、必ず彼女に恋をした。
恐らく本名ではない。
でも、そんなことは関係ない。
特に美人というわけではない。金持ちというわけでもないし、話上手というわけでもない。
でも、皆彼女に惹かれてしまう。
それは彼女が、いつも誰かの人生に絶妙なタイミングで訪れるからかもしれない。
何をするわけでもなく。何を求めるわけでもないのに。
それでも人は彼女から、言葉にならない大切なものを与えられる。
優しく暖かい何か。
それは生きる鼓動のようなもの。
アルビーナ。
真っ白な髪を靡かせて、彼女は今日も誰かの心のドアをノックする。