お城のデータ
所在地:大津市雄琴2丁目 map:https://yahoo.jp/Oz3zdL
別 称:和田氏館
区 分:平山城
遺 構:土塁・廓
現 状:福領寺の南、竹林
築城期:天文7年(1538)
築城者;和田秀純
目標値:雄琴神社・福領寺
駐車場:福領寺に駐車
訪城日:2013.10.3・2017.5.18
2017.5.18見学
お城の概要
雄琴城は、雄琴温泉郷の北方で、琵琶湖に向かって突出した丘陵先端部に築かれていた。琵琶湖からの距離は500mにも満たず、北国街道のみならず湖上交通の監視にも優れた立地にある。
和田源左衛門秀純の居城と言われています。現在は城薮と呼ばれる竹薮があります。城跡は、雄琴村の西方の丘の上(雄琴2丁目11番街区西側山手付近)にあった。
雄琴城は雄琴神社、およびに福領寺南西の丘陵地にあったが、延宝4年(1676)5月に山崩れが起き、その大半が埋没してしまったという。山崩れで消失した場所には現在畑地が広がっている。ただほんの先端部にはL字形の土塁を伴う曲輪と、その背後の堀切を挟んで小曲輪が残っていた。
お城の歴史
雄琴城は和田秀純の居城である。
和田氏は六角氏の支流定秀が神崎郡和田に住し、和田山城主となり和田を名乗った。定秀の孫高盛の時、神崎郡和田から甲賀郡和田に移住し和田城を築く。
高盛には3人の子があって長男が和田城主となり、その子が将軍義昭を援けた惟政である。3男秀純は六角義秀の近臣となり、天文7年(1538)(一説には永禄9年(1566))義秀から志賀郡雄琴を賜わり雄琴城を築城し、志賀郡の旗頭を命じられた。
元亀元年(1570)元亀騒乱で浅井朝倉連合軍が織田信長軍と対峙した時、六角氏は浅井朝倉方で戦い、浅井軍が雄琴城に駐屯した。
しかし翌元亀2年(1571)には一転して織田方についた。その後坂本城主となった明智光秀の配下となったが、本能寺の変後は羽柴秀吉に従った。
秀純の嫡子信盛の代で関ヶ原合戦が勃発、西軍に与して岐阜城で討死し、弟正盛が雄琴城主となったが、江戸時代となり一国一城令が布かれ雄琴城は廃城となった。
その後の和田氏は、膳所城主本多氏や大溝城主分部氏の庇護を受けて存続したという。
『日本城郭体系 11』には、 創築年代は「天文七年(一五三八)」、創建者は「和田秀純」、形式は「山城」です。城の歴史は「雄琴城は、雄琴神社の南の丘陵地に位置しており、そこには、かつて城跡があったというが、延宝四年(一六七六)五月の山崩れで埋没したといわれている。(中略)
『近江国滋賀郡誌』には、天文七年に雄琴の土豪和田氏がこの地に城を築いたと伝えており、元亀元年(一五七〇)九月の織田信長と浅井長政・朝倉義景の戦いでは、浅井の軍勢が雄琴城に陣を置いたという。
また天正三年(一五七五)には、付近の土民が蜂起して雄琴城を攻め、同十一年に、廃城になったともいわれている。」とあります。
雄琴会館に駐車
2013.10.3見学
お城の歴史
雄琴城は和田秀純の居城である。
和田氏は六角氏の支流定秀が神崎郡和田に住し、和田山城主となり和田を名乗った。定秀の孫高盛の時、神崎郡和田から甲賀郡和田に移住し和田城を築く。
高盛には3人の子があって長男が和田城主となり、その子が将軍義昭を援けた惟政である。3男秀純は六角義秀の近臣となり、天文7年(1538)(一説には永禄9年(1566))義秀から志賀郡雄琴を賜わり雄琴城を築城し、志賀郡の旗頭を命じられた。
元亀元年(1570)元亀騒乱で浅井朝倉連合軍が織田信長軍と対峙した時、六角氏は浅井朝倉方で戦い、浅井軍が雄琴城に駐屯した。
しかし翌元亀2年(1571)には一転して織田方についた。その後坂本城主となった明智光秀の配下となったが、本能寺の変後は羽柴秀吉に従った。
秀純の嫡子信盛の代で関ヶ原合戦が勃発、西軍に与して岐阜城で討死し、弟正盛が雄琴城主となったが、江戸時代となり一国一城令が布かれ雄琴城は廃城となった。
その後の和田氏は、膳所城主本多氏や大溝城主分部氏の庇護を受けて存続したという。
『日本城郭体系 11』には、 創築年代は「天文七年(一五三八)」、創建者は「和田秀純」、形式は「山城」です。城の歴史は「雄琴城は、雄琴神社の南の丘陵地に位置しており、そこには、かつて城跡があったというが、延宝四年(一六七六)五月の山崩れで埋没したといわれている。(中略)
『近江国滋賀郡誌』には、天文七年に雄琴の土豪和田氏がこの地に城を築いたと伝えており、元亀元年(一五七〇)九月の織田信長と浅井長政・朝倉義景の戦いでは、浅井の軍勢が雄琴城に陣を置いたという。
また天正三年(一五七五)には、付近の土民が蜂起して雄琴城を攻め、同十一年に、廃城になったともいわれている。」とあります。
福領寺
北国街道~雄琴神社・福領寺へ
北国街道からの遠望(竹藪・林)
参考資料:滋賀県中世城郭分布調査、近江の城郭
本日も訪問、ありがとうございました。