城郭探訪

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彦根城外堀の正門は櫓門か 滋賀、礎石と石垣出土

2017年01月22日 | 平山城

彦根城外堀の正門は櫓門か 滋賀、礎石と石垣出土

出土した切通口御門跡の礎石(左)と、連続する石垣=彦根市佐和町

 滋賀県彦根市教育委員会は、同市佐和町の彦根城外堀跡発掘調査で、「切通口御門(きりとおしぐちごもん)」の礎石と、門につながる石垣が見つかったと12日、発表した。彦根城の外堀の正門にあたり、格式と防御を兼ね備えた櫓(やぐら)門だった可能性が高いという。

 市道拡幅工事に伴い、市教委が調査していた。切通口御門は1615(元和元)年ごろから、天守の東北方向に建設された。中山道と彦根城下を結ぶ彦根道が城内に入る場所に設けられ、参勤交代の際に藩主が出入りする門としても用いられたという。

 礎石は縦1・2メートル、横1メートルの湖東流紋岩。現在の路面より約60センチ地下に埋まっていた。大きさから、60センチ×数十センチ角の柱が建っていたと推定される。

「御城下惣絵図(部分)」。土橋を渡って外堀(濃い青色)の内側に入った場所に、切通口御門(中央黄色部分に薄い墨線で描かれている)があったことが記されている=彦根城博物館蔵、上が北

 石垣は、礎石から外堀土橋にかけて北に約9メートルにわたって築かれていた。上部が後退するように傾斜をつけて積まれ、内側に栗石が詰められていたことなどから、石垣と門の上部に建物を伴う櫓門だったとみられる。1836(天保7)年の「御城下惣絵図」の記載とも一致する。


2017.1.22

彦根城の切通口御門の発掘調査!! 現地説明会が、2017.1.22に行われた。
地下50~60㎝に石垣や門の敷石!
中堀の佐和口御門から食い違い虎口で、外堀~切通口御門~彦根道(佐和山切通~鳥居本)~江戸へ参勤交代にも、使われた。