昨日、少しベートーベンは夏の音楽ではないかと述べたのではあるが、
その記事を書いた後、私は読響の第九コンサートに向かったわけである。
さて、当日の指揮は下野先生だったわけであるが、
下野先生は、年末になるとダイクダイクというのにご批判もあろうが、
先生は第九が好きなので、この慣習はとても良いと思う、
という趣旨のことをおっしゃられていた。
確かに、名曲を聴く機会がたくさん提供されていることは
とてもよいことな気がする。
昨日のコンサートではビオラ隊がのりにのっていたことが印象的であった。
ビバ、ビオラ隊。
合唱隊も素敵であった。オペラシティは合唱の響きがとてもいいと思う。
いや、まったく。下野先生のおっしゃる通りである。
ところで、ここから、年末の第九批判派の主張に目を移すと、
欧州では第九は、特別な機会のあるときに演奏される曲であり、
戦後、バイロイト音楽祭が復活に際して、
あるいは、ドイツ統一のお祝いの中で、というのが有名である云々。
あるいは、ウィーンフィルやベルリンフィルのメンバーに
演奏会で第九やったのいつ?と聞くと、
「うーん、いつだろう?」となるのに、
日本のオケのメンバーに聞くと、たいてい迷いもせずに
「去年の年末」と答える云々。
しかし、年末第九批判派の主張は、実は、的外れなのではなかろうか、
という説が、近年では有力である。
欧州で年末年始を過ごした経験のある方に聞くと、
クリスマスは派手に盛り上がるが、
お正月は、比較的落ち着いていたという感想が多い。
確かに日本のお正月は大変である。
12月25日をすぎると、クリスマスかざりをかたし、
お正月飾りにかえなくてはならない。
年賀状、モチ、おせち、おぞうに、初詣、おみくじ、大凶、
箱根駅伝往路、箱根駅伝復路、箱根と言えば山の神、そして大掃除。
日本で正月を迎えるというのは、とても大変なことである。
仕事が忙しく大掃除をさぼったために、
「昨年末は、新年を迎えられないことを覚悟した。」とは
ある文豪の言葉である。
このように見てくると、要するに、日本人にとって新年を迎えるというのは、
ベルリンの壁崩壊に匹敵する重大事なのではないか、とも思われる。
そうすると、年末に第九が演奏されるのは、むしろ当然と言えよう。フロイデ。