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ごっとさんのブログ

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アミノ酸の生成は「ガンマ線」がカギとなるのか

2023-01-16 09:26:35 | 化学
私は宇宙にはほとんど興味がないのですが、探査船はやぶさが持ち帰ったリュウグウにどんな物質が含まれているのかには注目していました。

ここにはあまり大きな分子は出なかったようですが、隕石の中には「炭素質コンドライト」と呼ばれる有機物を多く含んだものがあるようです。この炭素質コンドライトに含まれるアミノ酸はどのように生成されたかは長年の謎でした。

星間塵の分析ではアミノ酸のような高分子はめったに見つからず、単純な有機物が大部分を占めているため、アミノ酸はこれらの低分子化合物の化学反応によって生成したと考えられています。

それなりの量のアミノ酸が合成されるには、ある程度の熱と液体の水が必要であることが分かっています。この熱源の有力候補は、アルミニウムの放射性同位体「アルミニウム26」で半減期が約72万年ですので現在の太陽系にはほとんど存在していません。

アルミニウム26は崩壊熱だけでなく放射線のベータ線とガンマ線も放射します。この内ガンマ線はかなりのエネルギーを持つため、化学反応に影響した可能性がありますが、その点についての研究はほとんど行われてきませんでした。

横浜国立大学の研究チームは、炭素質コンドライトの化学反応に対してガンマ線がどのように影響したかを調べる実験を行いました。化学反応が進行する環境を再現するため、アンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールといった低分子化合物を水に溶かしました。

これをガラス管に封入した後、アルミニウム26に代わるガンマ線源としてコバルト60を用意しガンマ線を照射しました。さまざまな時間と強度でガンマ線を照射した時、どのような物質が生成されているのかを分析しました。

その結果ガラス管内の溶液中ではさまざまな種類のアミノ酸が生成され、ガンマ線の強度や照射時間が増加するほど生成量も増加することが示されました。最大の20万グレイの条件では、炭素全体の0.14%がアミノ酸になっていることが分かりました。

分析の結果アラニン、グリシン、α―アミノ酪酸、グルタミン酸などのα‐アミノ酸やβ‐アラニンなどのβ‐アミノ酸が生成していることが分かりました。特にガンマ線の量と生成量が相関していたのは、アラニンおよびβ‐アラニンでした。

また炭素質コンドライトの1つであるマーチソン隕石に含まれるアラニン及びβ‐アラニンの量は、今回実験で生成された量とよく一致していました。

以上のように生命の基幹物質であるアミノ酸が太陽系の初期にできたことは確認できましたが、これが結合してタンパク質となるにはまだまだ先のことです。

やはり生命発生の謎は私が生きている間には解明されることはなそうです。

生分解性プラスチックの原料合成技術

2022-11-18 10:36:04 | 化学
プラスチックは身近で有用なものとして大量に使用されていますが、海洋のプラスチック汚染問題などが出ており、レジ袋有料化など本質と無関係なほとんど意味のない対策が行われています。

このプラスチックの問題は、分解されるまでに非常に長時間かかることも一因であり、天然で分解される生分解性プラスチックが注目を集めているようです。

大阪公立大学は2022年9月に、太陽光と炭酸ガスを利用して生分解性プラスチックの原料である3-ヒドロキシ酪酸を合成することに成功したと発表しました。現在生分解性プラスチックの原料の中では、特にポリヒドロキシ酪酸(PHB)が注目されています。

このPHBは3-ヒドロキシ酪酸を重合することで得られる物質で、水に不溶で強度のあるポリエステルとして包装材などによく使われています。

大阪公立大学の研究チームは、再生可能エネルギーである太陽光と地球温暖化の原因の1つとなっているCO2を活用して合成することができれば、CO2を削減しながら生分解性プラスチックを作る方法となり、地球のプラスチック問題と地球温暖化の問題の両方に貢献できると考えました。

その結果太陽光を利用した光酸化還元系と2つの酵素を組み合わせて、CO2を結合させたアセトンから約80%の高収率で3-ヒドロキシ酪酸を合成することに成功しています。

具体的には光合成細菌中にアセトンカルボキシラーゼ(AC)と3-ヒドロキシ酪酸脱水素酵素(HBDH)という2種類の酵素を発現させ抽出し、色素と触媒で構成される光酸化還元系に加えた結果、CO2とアセトンを結合させACの働きでアセト酢酸を生成し、それをHBDHの働きで3-ヒドロキシ酪酸に変換することができました。

しかし残念ながら私はこの反応はあくまでの実験室での成功であり、企業化することはできないと思っています。まずポリエステルなどが包装材に使われる理由は安価であることが最大の要因です。

今回開発された原料の合成法は、色々メリットがあるものの多くの問題があり、決して安価に製造できる工程ではありません。確かに原料としてはアセトンとCO2という安価なものですが、使用する2種の酵素を細菌から取り出すのにかなりコストがかかってしまいます。

さらにこういった酵素反応を行うには基質濃度(原料)を高くすることができません。多分石油化学であれば、1トンの反応器で300キロ以上の生成物ができますが、こういった酵素反応では数キロもできないでしょう。

これだけを見てもこのプラスチック原料は石油化学の100倍以上のコストがかかってしまうのです。実は私は有機合成に酵素を使うという研究をかなりやっていました。

この記事を書いて当時を思い出しましたので、そのうち昔話を書いてみます。

身近なものにも意外と多い「毒」のはなし

2022-11-14 10:39:56 | 化学
上野の国立科学博物館で特別展「毒」が開催されており、ここでは250点以上の毒が展示・紹介されているようです。

毒の定義は「人間に害を及ぼす物質」ですが、怖い感じがある反面何となく興味をひかれるところがあるのではないでしょうか。

私は有機化学を専門として、新しい医薬候補化合物を合成し探索する仕事をやってきました。ここで留意すべきことのひとつが「猛毒」を作らないということです。

私が毎日合成している化合物は、それまで世界に存在していない始めての構造を持つ化合物であり、それがどんな性質を持つかは合成して調べて初めてわかるものですので、全く予想はできません。

そのためごく稀にですが、猛毒と呼ばれるような化合物を作ってしまう可能性があります。そこで既存の毒物を全て調べ、特に化学兵器として使われた毒物などについて徹底的に調べて、どんな構造に毒性が出るかを勉強しなければいけません。

そして自分が作ろうと計画している化合物の中から、毒物になりそうなものを排除するという作業を日常的にやっているのです。つまり有機合成研究者は一流の毒物学者といえるのです。

さて身近なものの中にもかなり毒は含まれており、野外に出ればハチやヘビなど毒をもつ動物は多くいます。また草花の中にも毒性を持つものがあり、ヒガンバナやスズランなどにはかなり多く毒が含まれています。毒キノコの中毒のはなしは、一向になくなりません。

またカフェインやアルコールのように大量に摂取すると毒性が出るというものもありますが、私は少量でも危険なものを毒物と考えています。

昔のスイスの医学者が「あらゆる物質は毒である。毒になるかクスリになるかは使う量による」と言っていますが、この辺りはクスリの開発者としては気にしているところではあります。

生物が毒をもつ場合は、「攻め」と「守り」で説明できることが多いようです。主な用途は狩りで、獲物を捕らえ殺したり無力化するために毒を利用しています。一方守りの毒については動きの遅い動物に多く、植物の場合は身体を食べられないようにしたり、重要な生殖器官である花や実を守るために毒を利用することが多いようです。

一方毒のある者同士が互いに身体の特徴を類似させるのはミューラー擬態と呼ばれ、さまざまな系統のハチ類の斑紋などの特徴が似ている現象です。このように毒については、毒のある化合物がなかなか面白いだけでなく、毒をもつ生物にも興味ある現象が多数存在しています。

一説によれば人間は古くから毒を使ったり、ある意味毒にかこまれて生活しているといえるようです。そういった毒を見直すと、何か新しい発見があるのかもしれません。

ノーベル化学賞に「クリックケミストリー」の3氏が決定

2022-10-08 11:08:37 | 化学
今年もノーベル賞の発表の時期になりましたが、残念ながら日本人の受賞は今のところありません。

医学生理学賞に注目していたのですが、今回受賞内容はあまり興味を引くものではありませんでした。化学賞は簡単な化学反応により多彩な機能を持つ分子を作る技術である「クリックケミストリー」を開発、発展させた欧米の3氏が受賞しました。

このうちスクリプス研究所のシャープレス教授は、2001年に野依先生らと受賞していますので、2度目のノーベル化学賞となります。

今回の受賞の対象となったクリックケミストリーという言葉は聞いたことがあるという程度ですが、シャープレス教授が2000年ごろ、簡単な化合物を使って反応が迅速に起こり、不要な副産物をほとんど作らない反応の概念を提唱したものです。

その代表例が「銅触媒によるアジド-アルキン付加環化」と呼ばれる反応です。この反応は創薬や生命科学、材料開発などに広く利用されています。その後生体の正常な働きを乱さないように改良され、進行ガン患者向けの医薬品開発などに利用されています。

シャープレス教授は天然の高分子が単純なパーツをつないだだけの分子で、生命活動を運営できるほど複雑な機能を実現することができることに注目しました。

この自然のシステムに学び、比較的単純な部分構造どうしを高い反応性と選択性を持った炭素‐ヘテロ原子(炭素以外の原子)結合反応によって結びつけることで、新たな機能性分子を創出することを提案しました。

この反応の代表的なものが先に述べた、アルキンとアジド化合物による付加環化反応です。これはフーズケン反応として1960年代に開発されたもので、アルキンとアジド化合物が反応してトリアゾール環を作るものです。

この反応をクリックケミストリーの中心的な反応として位置づけた理由は以下のようなものです。
・アルキンとアジドは多くの有機化合物に導入が可能な官能基であり、基本的に安定である。
・アルキンもアジドもその他の官能基にはほとんど反応せず、お互いとだけ反応する。
・この反応は多くの有機溶媒や水中でも進行する。
・生成したトリアゾールは安定な官能基であり、再び分解することはない。
・収率よく進行し、余分な廃棄物を出さない。

こういった特徴によりこの反応は、クリックケミストリーの理想に最も近い反応とみなされています。近年はこのクリックケミストリーが医薬候補化合物など有用な化合物の探索に用いられています。

また高い官能基許容性を生かして、細胞内などでの分子修飾に応用されています。アジド基を持たせた糖誘導体を細胞内に取り込ませ、ここにアルキンと結合した蛍光色素を結合させることで、細胞内組織の可視化に成功しています。

たぶんこの辺りが評価されてノーベル化学賞受賞となったと思われます。ここでは内容の一部を紹介しましたが、あまり分かりやすい文章にはなりませんでしたが、有機化学者にとっては興味ある業績といえます。

結晶の生成と成長に「結晶前駆体」が重要な役割

2022-09-03 10:39:25 | 化学
液体が冷えて融点を下回る過冷却の状態になると「結晶前駆体」ができ、そこから結晶核が生まれて結晶に成長し固体になります。

この過程で前駆体が結晶核だけでなく、結晶の成長まで大きく寄与することがシミュレーションで示されたと、東京大学の研究グループが発表しました。

こういった結晶化に興味を持つ人はほとんどいないと思われますが、私のような有機化学者にとっては非常に大きな課題のひとつです。有機反応によって新たな化合物を作るのが仕事ですが、いかにきれいな純度の高い化合物にするかも重要な点です。

化学反応自体は1日で終了し、その反応物から目的物を取り出すのに3日かかるなどよくあることで、精製というのは手間と時間がかかるものです。その点難しいのですが、結晶化させることが最も短時間で高純度の目的物を得る方法となります。

この結晶化にはマニュアルなどはなく、合成した新規化合物の性質も分かりませんし、どんな不純物が入っているかも全く分からない状態となります。これをいかに結晶化させるかはそれまでの経験といわば勘に基づく、最も職人的な部分となります。

具体的にどんな操作をするかは省略しますが、小さなフラスコを何個も並べて混ぜたりこすったり、また暖めたり冷やしたりと同じ仲間が見てもよくわからないようなことを繰り返しています。

今回発表になった「結晶前駆体」の存在で何が変わるのかは難しいのですが、新たな試行錯誤が増えることは確かです。さて液体が冷えた時の結晶の形成と成長は、かつて液体中のランダムな状態から突然に結晶ができるという古典的理論で説明されていました。

しかし2010年に結晶化しやすい物質では、前駆体が出来たり消えたりしていることを今回の研究グループが示しています。結晶は粒子が3次元的に正しく配列した個体で、構成する一つの粒子から見ると隣の粒子の位置、つまり向きと距離が定まって配列しています。

前駆体では向きがほぼ定まっているものの、距離がまだ不安定な状態で、さらに距離が整うことで結晶になるとしています。研究グループは、原子や分子の動きに注目したコンピューターシミュレーションを試みています。

この詳細の説明は残念ながら私もよく分かりませんでした。基本的には金属やその合金といった無機化合物ですので、私が扱っていた有機化合物とは若干異なりますが、結晶化のメカニズムという点では同じような感じです。

非常に単純化すれば、前駆体が結晶の成長を助けますので、この前駆体を消さないような操作をすれば速やかに結晶は成長するというものです。

私はもう実験でこの前駆体を確認することはできませんが、結晶化の新しい理論として色々な展開が期待できるのかもしれません。