ブログ「かわやん」

森羅万象気の向くままに。

最大の「コリアタウン」ー戦前の奈良で

2010年12月15日 07時18分54秒 | Weblog

奈良県の王寺町を中心にした亀の瀬の地すべり改修工事は、1932年の1年がかりで続けられた。

 延べ労働者の数は旧王寺町史に載っていたが、たしか30万人を越えていたとある(1969年刊行の『王寺町史』407ページに延べ人数3566971人とある。「工事のため朝鮮人を含む数千人の労働者が来住したため学校を急増した。小学校を1、2両学年に2学級を増設」とある)。

 
 家族連れでの就労などで児童、生徒の学校での対応など大変だったと書いてあった。労働者の多くは朝鮮人であった。

 当時の在日朝鮮人が加わった運動である全協の機関紙が周辺で発行されていたというから、奈良で当時最大の「コリアタウン」であったわけだ。工事が終わると人々はほかの工事現場に移り、「コリアタウン」は消えてしまう。

 当時の新聞を見ると、これがひどい。差別用語を多用した朝鮮人関連報道が続出している。これに一般の読者はどうした感情をいだいたか。連日差別語を見出しにした報道。そして工事現場での事故多発。そこには何が心に形作られたか。差別する意識を根底に醸成したことは否めない。

 これら報道の蓄積を新聞は本当に反省しているのか。新聞を読みながらつくづく思う。白日のもとにその歴史的事実を出して、検証するなどやっていないし、同様のことをしてきた日本の公共機関(裁判所、行政など)はほうかむりしている。これではネットの朝鮮人差別流布も下地があると受け止めざるをえない。

 ものごとの事態には歴史的原因がある。その歴史性に背を向けて、いま出てきた現象だけ改める処置をしても解熱剤投与などの応急的処方箋をほどこしたことしかならない。

 ではなぜ応急的で終始しているのか。これの論及が大きな課題なのだ。

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