goo自由日記

いろんな出来事を載せています見てくださいね!

ビワ・ヤマモモ

2017-05-31 14:40:06 | 日記
 朝、頭が少し痛かったのですが、「ルル」を2錠飲んで散歩に出ました。
 気分転換です。

 民家の「ビワ」がたわわに成っています。

 


 


 


 


 「桃栗3年 柿8年 ビワは9年でなりかかる
  梅は酸ぱい酸ぱい13年  梨の大馬鹿18年・・・(梨 かわいそう)
  (地方によってバリエーションが多し)
    (他の人の「ブログ」から・・・ 引用)

  因みに我が田舎の「ゆず」は8年位で一度、30個位成りましたが翌年枯れました。

 緑地に「ヤマモモ」があるんです。
 なだ実は青く小さいです。

 


 


 


 以前夏休みに頃、元広島カープの現解説者の安仁屋さんがお孫さんと取っているところを見 かけて知ったのです。
 もう少し大きくなって、赤黒く色づきます。


 おまけ 
 「タイサンボク」が大きく花開いています。
 よく見るとすでに茶色くなっているのも・・・


 


 


 


 大きく花開くタイサンボクに勇気を貰います。
 大きな気持ちになりました。
 

夕方の散歩で・・・

2017-05-28 21:00:44 | 日記
 今日のカープ午後のプレーでしたので、夜が暇になりました。
 (今日の巨人戦も勝利し、同一カード3連勝です)

 夕方の散歩に出ました。
 牛田ランニングコースを「しんこうへいばし」まで超短距離です。

 


 
 


 


 ホームテレビのアンテナ塔にはもうライトが点いています。
 午後、6時半頃の夕景です。


 振り返ってみました。
 散歩の人も結構います。

 


 


 京橋川の分岐まで来ると、旧太田川(本川)の中州のコロニーに「あおさぎ・しらさぎ」が
 営巣しているんです。

 


 薄暗くなっても野鳥の撮影に余念のない人も・・・

 


 


 「しんこうへいばし」まで来るとカラスが飛んできました。
 よく見ると、カラスの他にも「生き物」がいるようです。
 

 


 猫かなと思ったのですが違うようです。
 「ヌートリア」なる生き物だろうと思われます。
 誰かが、餌をやっているのでしょうか、カラスも居ましたが、私が覗いてみていると飛んで
 行きましたが、ヌートリアと思われる生き物は、もぐもぐと夢中で食べています。
 大分長時間、動かないかと見ていたのですが、一向に動きませんでした。

  
 


 


 辺りが薄暗くなってきましたので、離れましたが、アストラムラインの「牛田駅」はもう
 夜の景色です。

 


 思わぬ、生き物に遭遇した夕方の散歩でした。

 

牛田花田植え

2017-05-27 15:52:10 | その他 イベント
 第17回「牛田花田植え」がサンベルモ付近の田んぼで行われました。
 「光明学園」 主催のこの時期恒例のイベントです。
 朝、10時始まりと言うことで見学に行きました。
 園児たちは法被姿も勇ましく、スタンバイしています。



  
 定刻になり、主催者と、来賓のご挨拶から始まりました。
 
 

 


 職員による「田楽はやし」が田んぼに入って大活躍です。
 田楽はやしの「たいこ」は元来、男性が行いますが、今日は幼稚園のイベントと言うことで
 「早乙女」姿の太鼓です。

 


 


 


 


 


 


 園児に引っ張られた「牛」さんも行進してもりあげます。

 


 


 


 


 


 「田楽はやし」が終わると「木遣保存会」による木遣りの披露です。

 


 


 いよいよ、園児と保護者によって「田植え」が始まりました。
 数人ずつ入りますが、嫌がって保護者につかまって泣く子もいます。
 殆どが初めてなのか、一本植えたりしています。
 私の隣にいつの間にか寄って来たお婆さんが
 「一本じゃあ、ダメよ、4~5本植えにゃ枯れるれるよ」と大きな声で言っていました。

 張られた「綱」に赤いしるしが付いていてそこに植えるようです。

 
 


 
 


 


 
 

 
 
 


 旧広島市内にはここくらいしか「たんぼ」も残っていないかと思われますが、
 0才から120才までサポートします、というコンセプトの「広島光明学園」の特別イベントでした。
 10月頃の「稲刈り」も体験されるそうです。

 因みに「北広島町」には伝統芸能の「田楽ばやし」が重要民族無形文化財として保存、活躍しています。

 

タチアオイとクレマチス

2017-05-26 09:36:35 | 日記
 昨日の朝の白島ランニングコースを歩き基町付近です。
 基町高層アパートの倉庫の前に「タチアオイ」がもう花開いていました。
 真っ赤な色は「カープ」の赤です。

 


 


 


 


 


 基町交番にもタチアオイがあるのですが、こちらはまだつぼみです。
 交番のは何故か「白色」です。


 中央公民館の自転車置き場の奥の、草むらにうずもれた「クレマチス」です。
 3輪咲いて居りましたが、うずもれてかわいそうですね。
 折角のクレマチスもツルなのに首が無いように見えます。

 


 


 


 


 クレマチスは「サンフレッチェ」のムラサキですが、サンフレッチェの成績不振を現して
 いるかのような現状でした。

 

小雨の牛田ランニングコースで

2017-05-24 22:04:08 | 日記
 今日の朝から小雨が絶え間なく降っております。
 洗濯もできず、暇を持て余して、お昼前から牛田ランニングコースへ出ました。
 傘をさして歩く人はありません。

 大芝水門近くまで来ると緑地に「タイサンボク」の白い花が咲きだしておりました。
 まだ1~2輪ですがうれしくなってスマホで撮ってみました。

 

 


 


 


 


 通りかかった高校生のグループです。
 「おっぱいを触ってみたい」と聞こえましたが? うん~??
 (私のそらミミか?)

 


 


 旧太田川(本川)は雨に煙っています。

 


 


 大芝水門にきました。
 下流を見ました。干潮でしょうか、水量が少ないです。

 


 


 上流を太田川です、丁度「アストラムライン」の電車が渡っております。
 
 


 小さな花壇の「ヒデリソウ」が雨に打たれて綺麗です。

 


 側の原爆で焦土と化した広島の市街にいち早く咲きだした「キョウチクトウ」が一輪
 咲いて居ります。

 


 


 仔犬の「サフィー」とたまに散歩する時に休む緑地の「ベンチ」です。
 
 


 旧太田川に沿って整備されてる牛田ランニングコース、「しんこうへいばし」が出発点です。

 


 


 


 


 しんこうへいばしから引き返します。

 


 


 途中の電柱の電線に変圧器の上で「ひよどり」でしょうか?
 ビービーとうるさく鳴いているのが気が付きました。

 


 雨の散歩になりましたが、少しは気分転換に役立ったと思います。
 大芝水門~しんこうへいばし間、1,1km。
 往復で2,2km。約3300歩。35~40分の距離です。


マロニエの木

2017-05-23 14:39:05 | 近ブラ
 八丁堀へ出ましたので、足を伸ばして「ひろしま美術館」のマロニエを見てきました。
 花が咲いているかと思ったのですが、花はなくて、「実」が付いておりました。

 


 「<パリから来たマロニエ>
 このマロニエは、昭和53年11月ひろしま美術館の開館を祝して、ピカソの子息
 クロード・ピカソClaudePicassoより贈られたものです。
 4月下旬から5月上旬にかけてピンク色の可憐な花を咲かせます」

 5月も下旬に近づいておりますので少し遅かったようです。

 


 


 


 


 


 「セイヨウトチノキ」とも呼ぶようで、「実」が付いておりました。

 「ひろしま美術館」では「ピーターラビット」展をやっておりましたが、日差しが強く
 頭が痛くなってきて、入ってみる気になりませんでした。
 止む無く県庁前から地下街に入りました。


ひろしま遊歩100選ガイドツアー(五日市~廿日市)に参加する~!  2

2017-05-22 11:07:15 | ひろしま遊歩100選ガイドツアー
午後からも集合して出発です。

 ◎ 一里塚跡
  元安橋から3里目に当たる一里塚 (約12km)

 


 ◎ 廿日市に残る街道松
  西国街道では、3間(5m強)ごとに植えられましたが、現在廿日市地区ではこの1本が
  残るのみとなりました。

 


 


 「かきのマンホールの蓋」
  廿日市は「牡蠣」の養殖の発祥地

 


  ◎ 桂公園(桜尾城跡)
  
 


  うっそうとした社叢の中の「妙見神社」と「大師堂」

 


 


 上の広場には「明治100年記念樹」
 たこ足状態のクスノキ?
 (数えてみると20本近くありました)

 


 句碑 (山隈 衛)昭和15年
  ”ふるさとの街のいらかや 
     見にのぼる城あとの山
       春 〇 のふく ”
   (〇の箇所は読めませんでした)

 


 「せんだん」が咲き出しておりました。
 
 


 「桂公園碑」と「水準点」
  水準点は日本地図が入っているのは珍しい。

 


 


 ◎ 津和野藩御船屋敷跡
  この地に津和野藩の船屋敷があった

 


 ◎ 稲生大明神
  御祭神;宇迦之御魂神
  (大とつくが小さい神社、
   日本3大稲荷というと 
   1、伏見稲荷  2、豊川稲荷 3、以下は何処も名乗る所だそうです

 
 


 ◎ 廿日市招魂社
  明治天皇行在所跡、明治天皇御用品奉置殿
  明治天皇の御駐〇遺跡・・・

 


 
 


 
 
  

 誠忠碑 : 東郷平八郎書

 


 ◎ 正蓮寺
  攝政殿下御播種之松 大正15年5月
  (一升5合蒔いたと?)

 


 


  (鐘つき堂でスタッフが鐘を突いておりました )

 


 ◎ 廿日市本陣跡
  参勤交代に使用された本陣の跡

 


 ◎ 天満宮
  御祭神:菅原道真公 相殿神:八幡宮 新宮

 


 


 


 「なで牛」は皆さん撫でています。
  私もパワーを貰いました。

 


 「狛犬」のシンボル。(出かかった!)

 


 本殿まで階段を上がりますが、元広島カープの「山本浩二」さんがトレーニングで有名です。
 参拝後は展望できるお休み所で一息です。
 宮島も展望できる絶好のスポットです。

 
 


 摂社:胡子神社 豊受神社 稲荷神社  境内神社:淡島神社 琴毘羅神社等
 
 元、篠尾城跡?

 


 ◎ 篠尾山大乗寺正覚院
  真言宗:広島新四国83番札所
  ご本尊:不動明王
  廿日市指定文化財の梵鐘 (天明6年(1786)作 山田次衛門

  


 水子地蔵と六地蔵

 


 住職のお話がありました。

 


 行者堂と十王堂 → 十王堂の木製の像は重みのある歴史ものです。
 お寺の裏手の「大クスノキ」は樹齢1400年以上と言われていました。

 


 


 先代がインドへ行かれた時に持ち帰った「菩提樹の木」が成長したのだそうです。
 葉っぱはハート型、花芽が付いていました。
 
 


 


 ● 民家の「ブラシの花」は満開です。

 
 


 


 ◎ 慈恩山蓮教寺
  廿日市市の指定文化財の梵鐘 延宝3年(1675)山田次右衛門
  ソテツ

 


 


 


 このコースには供出を免れた「梵鐘」が多く残っています。
 「山田次郎貞則」の鋳物師が作製した釣鐘が多くありました。

 15;20 ここで終了、解散です。
 住職のお話が長く暑くて疲れましたが有りがたいお話です。
 皆さんお疲れ様でした。 
 11350歩、6,6kmの今日のスマホの歩数計です。

 JR廿日市から、15:41発で帰路に・・・
 廿日市駅は2年半前は工事中でしたが、近代的な駅舎ができておりました。

 


  真っ黒くなりました!   END

ひろしま遊歩100選ガイドツアー(五日市=廿日市)に参加する~  1

2017-05-21 15:33:55 | ひろしま遊歩100選ガイドツアー
ひろしま遊歩100選ガイドツアー(五日市~廿日市)に参加!
 平成29ー5/20日(土) 五日市駅 9;45集合  26名参加

   五日市~廿日市 (NO、31) 
 <主な立ち寄り先>
 JR五日市駅~五つ神社~慰霊碑~誓いの松~キリシタン殉教碑~楽々園街道松~
 一里塚跡~廿日市招魂社~天満宮~JR廿日市駅


 このコースは2年半前に来たコースです。
 JRふれあいウオークに掲載されていますので参加者も多いです。
 
(「五日市町めぐり散策路のあまんじゃと歩く通り道」の説明板を多く参照にしています)

 ◎ JR五日市駅
  明治32年(1899)12月山陽鉄道五日市駅として開業
  昭和62年 分割民営化によりJR五日市となる

 


 ◎ 野外モニュメント
  作品名:あしたへ
  作者 :岸博之 
  (ステンドグラス? )
 


◎ 五つ神社
 ご祭神 :事代主神 墨江三前大神  宇迦御魂神 火之迦具土神 菅原大神
      (広島神社誌による)
 古来は「えびすさん」と呼ばれていた

 


 


 ◎ 五日市町原爆死没者慰霊碑
  五日市町原爆犠牲者234名が記された過去帳と5柱の遺骨が安置されています
  (横から見ると手を合わせているように見えます)

 


 ◎ 誓いの松
  江戸時代初期・延宝年間、石井源蔵・半蔵兄弟が父親のあだ討ちの旅立ちに際し本懐を
  遂げられるよう植えられた。 
  平成17年、広島市指定保存樹指定された。
  保存樹  36号

 
 


 ● 幼少の親鸞聖人の像
  「あすありと 思う心の あだざくら よわのあらしの 吹かぬものかわ」

 


 ◎ 宝玉山 五葉院 光禅寺
  真言宗から室町期の永生年間に浄土真宗に改宗
 
 


  
 


 三戦役記念碑・山中直武碑他

 


 五日市町指定重要文化財の梵鐘「延宝7年 山田貞栄作」

 


 広島市指定の イチョウ 第15、クロマツ 16


 


 


 親鸞聖人の像が聳えています。

 


 南方特別留学生墓碑 → マライ出身のニック・ユフソさん(被爆犠牲者)。

 


 ◎ 五日市村役場跡
  五日市が村だったころの役場跡。(町中小公園)

 


 


 ◎ 背戸の川跡
  元は川で暗渠され道路になっている

 


 


 ◎ 五日市城跡
  亀山城 → 亀山 高さ20mの小山

 


 


 ◎ 五日市キリスト協会 (日本アイランス教団)
  プロテスタント系の団体、明治28年(1895)年三次市にミッション本部を移転
  日本伝道を開始

 
 


 



 2Fの礼拝堂を見学、説明を受ける。
 「最後の晩餐」の木彫りの彫刻 → ドイツへ旅行者のお土産品

 


 ◎ 五日市で殉職したキリシタンを忍ぶいしぶみ
  明治初期にキリシタン禁教により迫害された信徒の、明治3年(1870)長崎から
  五日市に流され、内3名が殉教

 


 花壇にヒラヒラ飛ぶ「蝶」を見ました。
 
 


 ◎ 五日市第一公園
  北極星を指すように配置されたトイレ
  ひろしま・パーク・レストルーム設計競技で優勝した作品(秋葉市長の時代)

 


 


 ◎ 楽々園の街道松
  街道松とは、街道の景観に変化をつけるために両側に植えられた松並木。
  江戸時代の五街道を始めとして、戦国時代には脇街道にも松並木が一条に延びました。
  西国街道では3間に(約5m強)ごとに植えられました。
  現在ではここ佐伯区楽々園の2本、廿日市の1本、安芸区砂走りの出迎えの松の5本の
  計8本が残るのみとなりました。

 


 


 ◎ 御筋橋・親柱
  土橋といわれ、現在の岡の下川に架けられていた橋。
  下流には三筋橋(御筋ではない)が架かっている。
  側の一里標

 


 踏切があり、「広電楽々園駅」があります。

 


 岡の下川に架かる「海老橋」をわたり、廿日市に入り、宮島街道を「隅三公園(隅の浜第二
 公園)に到着。
 
 


 12時、この公園でお昼休憩、お弁当にする。
 藤棚の下で、涼しかったです。
 周りには田舎でよく見る「ムシトリナデシコ」というんだそうですが、満開です。
 田舎では「おとへいばな」と言います(笑)


 


 



   続きます・・・

ひろしま歴史街道散策くらぶ(古代山陽道・雲石街道)に参加する~!  2

2017-05-19 22:36:50 | ひろしま歴史街道散策くらぶ
  続きます、
  
 ◎ 安川緑道
  安川緑道は、安川の付け替えによって廃川となった旧安川の河川敷を利用した緑道である
  中須から廃川敷のうち、武田山橋(祇園1丁目付近)までの約3,1kmの区間が緑道として整備されている。
  帆掛船の形をしたトイレもあるようです。

 


 


 ● 旧安川に架かっていた橋の痕跡があります。

 


 「ニハセキショウ」が咲いています。

 



 ◎ 可部軽便鉄道跡
  JR可部線の前身となった軽便鉄道の線路敷跡です。
  明治44年(1911)に横川~可部間で開通した、山陽鉄道(現JR山陽本線)などより軌道幅の小さい規格の鉄道で、馬力も小さく急な上がり坂では乗客 が列車をおりて後押ししたこともあったそうです。

 


  ◎ 久保山神社
   ご祭神 : 大山津見神 大穴牟遲神
  天文年間(1736~)に建築したものと考えられる庄屋格の家の跡、
  「芸藩通志」「中筋古市村絵図」で山王として記録がある。

  3本の大銀杏が特徴的、浅野藩の家紋の入った手水舎が奉納されている。

 

 


 


 


 (拝殿では、皆さんの家内安全を祈願して先生がノリトをあげてくださいました)

 ◎ 雲石街道 → 蔵や木造家屋の残る旧雲石街道

 


 


 ◎ 石畳
 麻造りが盛んだった明治から大正にかけて、古市の町には煮扱屋と呼ばれる麻の繊維工場が50軒ほどあった。
  この石畳を降りたところが古川の河原だったころは、ここで麻の繊維を干したと言われている。

 


 


 石垣の側の「どくだみ」です。

 


 ◎ 中古市一里塚跡 → 道路元標から、2里に当たる。

 


 (丁度バス停に当たり、皆で説明を聞いていたら、バスが来て止りり乗客と間違えられるハプニングもありました)

 ◎ 浄宗寺 
  天正年間(1573~1591)僧浄具が開基し、当時は天台宗だった
  元禄4年(1691)5月に時の住持寿礼(県史では寿福と記載)が改宗して真宗となる
  明治35年(1902)に、旧国道に面した現在の地に移って来た。

 


 


 


  ◎ 薬師寺分詞
  国道183号古市交差点の東側に薬師寺の分詞が置かれ、地蔵尊が安置されている。

 


  


 ◎ 八木用水
  江戸時代中期に開削された延長約16kmの農業用水路。
  南下安の大工卯之助が中心となって工事を行った。

 


 ◎ 古市橋駅
  古市橋 安川に架けられた橋で軽便鉄道がこの橋の北側部分を利用していた。
  古市橋今昔の説明板。

 


 


 ※ 午後4:45 ここで今日の散策会は終了です。
 一部、前回回った所もありましたが、好天気で暑かったです。
 古代山陽道(推測)と思われる安川通り、雲石街道と歩きました。

 「歩けば歴史が見えてくる」
 あさみなみ散策マップを見ながら、先生のガイドを聞きながら、楽しかったです。
 10800歩、6,3kmのマホの歩数計です。
  皆さんお疲れ様でした。
  END 

  おまけ
  JR可部線で16:58発で「新白島」まで帰りました。
  ホームで「マツダスタジアム」へカープの応援に行く家族です。
  (撮影許可を取っています)
  因みに当日のカープは対DeNA 9対2で勝利です!

 
 

ひろしま歴史街道散策くらぶ(古代山陽道・雲石街道)に参加する~!  1

2017-05-19 09:09:55 | ひろしま歴史街道散策くらぶ
 ひろしま歴史街道散策くらぶ(5月定例会)に参加。
 平成29年5/18日(木) 古市公民館 13:00 集合 26名参加

 
  散策会  「古代山陽道・出雲石見街道

  散策ルート

  古市公民館~安川通り~麦田八幡神社~大町橋~安川~中須稲生神社~安川緑道~
  久保山神社~石畳~古市一里塚跡~浄宗寺~八木用水~古市薬師堂分詞~可部軽便鉄道跡  ~古市橋跡~JR古市橋駅


  案内役  佐々木卓也 指南役


 13:00、今回は古市公民館からの出発です。
 古市公民館利用者の参加もあります。
 古代山陽道と思われる(推測)安川通りを麦田八幡神社へと約20分位歩きます。

 


 
    


 地元の大富豪の屋敷も多々ある中、田んぼだった周辺も開発されて景観が随分と変化していると案内役の先生が言われていました。

 ◎ 麦田八幡神社
  この村に居住していた安芸国守護武田氏縁の麦田氏が、天文年間(1532~1554)
  に社殿を造営し、これを麦山神社と名づけて同家の氏神としたのが始まりとされる
  武田氏滅亡後、麦田家も又滅びたため、広く郷土の産土社として祭ってきたと伝えられている。
  境内には縁結び地蔵とお助け地蔵がある。

 




 


 


 


 安川歩道の古代山陽道を歩く。

 


 ◎ 安川歩道のクスノキ
  クスノキはヤナギ、竹、エノキ、ケヤキなどと共に水害防備林に用いられた樹種である。
  安川歩道橋の近くに立つクスノキの大木は、昭和3年(1928)の御大典(昭和天皇の即位儀礼)を記念して植樹されたものと伝えられる。

 


 民家の「キウイ」の花が咲いています。

 


 ◎ 中須稲生神社
  創建の年月は不明だが、社伝によると奈良時代(710~794)以前からの社殿とされている。
  ご祭神:宇賀之魂神  
  文化2年(1805)に社殿を再建し、明治33年(1900)これを改築したとの記録
  があり現在のモノは昭和20年(1945)に焼失し、そのご再建されたものである。
  境内には恵比寿神社もある。

 

  


 


 拝殿の「絵馬」の「那須与一の扇の的」「天岩戸の鈿女の命」は親近感があります。

 


 


 ◎安川緑道のデザインマンホール
  安川緑道はがかって川であり、そこに橋が架かっていたことを忍ばせる石柱が立っています。
  デザインのマンホールの蓋が、平成19年に設置されたもので、安川緑道の新しい見どころとなっています。

 山之上橋、今津橋、酒屋橋、庁舎前橋、武田山橋・・・
 (オブジェであり、マンホールとしては機能してない様です)
 





 


 


 


 ここで、午後3時、スーパー「万惣」店でトイレ休憩です。

  続きます・・・