「大原宿」を後に「智頭急行線」で隣駅の「宮本武蔵駅」に向かいました。
14:12発、で1駅、到着です。
「宮本武蔵駅」駅名が名前がついているのも珍しいと思いました。
駅前の「武蔵の子供頃」の野外彫刻を初め、宮本武蔵のふるさとの探訪です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/3b/4e63d75e416bf2846e7842ec72f23782.jpg)
駅前から武蔵の里迄700mの距離を歩きます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/c7/5ec0cd0355f21ec21657b07510dc0011.jpg)
足元の「岡山 大原・武蔵の里」のマンホールの蓋です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/54/c3d73c40a35971fea707e84ace8180ff.jpg)
途中の、路傍の「お地蔵さん」「民家のお通の里」のオブジェか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/5b/04615073c4f5c4a2ad7c2823a768fe69.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/52/30dd8683361f6f7712735a500569ca96.jpg)
「讃甘神社」(さのもじんじゃ)
ご祭神:大己貴命(大国主命)
天正年間、兵火に焚け今の地に還し奉る。
明治6年(1878)郷社に列せられ讃甘神社と改称す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/4a/3e49660f57f4b4fa15cd0d0be2d8712f.jpg)
武蔵の里 周辺の武蔵生誕の碑他の史跡・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/62/10de6c4f8f72a47d74d08e2036801c94.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/76/a24962a6af6fb2477f113a442b80b58f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/b7/6e6881dc8f5ad8cad640df0c92dea8e8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/32/2815068734ab1aa26bc2c4168bd1d699.jpg)
武蔵生家跡
昭和17年火災にて焼失 (大黒柱は今も変わらず)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/df/e017f45ef57cc562e562c1176ae77dbb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/38/509a01e626a5dbb9f982664704a8f243.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/00/420936e09ab1cb9d3d5466fa3dd7cbea.jpg)
吉川英治の歌碑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/89/9ecce88b4a65ce799d3ba5b1505e29be.jpg)
平尾家 → 武蔵の姉・おぎんの嫁ぎ先、町内で最も大きい茅葺きの家、武蔵家を相続。
タラヨウ・樹齢400年、ウツギ300樹齢300年。
武蔵の墓 (熊本から分骨)
武蔵死後9年目に武蔵の養子伊織によって熊本。弓削の里から分骨され父無二斎と共に祀られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/19/9a6b4d0a379ce7892aeb5009c305b7b0.jpg)
武蔵神社、武蔵の墓と隣接の神社。
ハートの石、
佐々木小次郎ら他61名の供養塔等・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/40/db6c79fa344f0ef498de747df046dc38.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/8f/e4e22083d437f184ad74db0b9e26599d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/71/6e940b021ce79660dada0fad163dc25e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/c5/bb57081f40e71dcd1d33a0155ad85eaf.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/49/d4b4648767e755b803f0ed9b1ab25caf.jpg)
剣豪武蔵の不思議な聖地のパワーを感じながら武蔵神社にお参りし、なぜかハートの石もあったり。
自転車の若者の見学者に有ったりして武蔵神社を後に戻ります。
畑の「ミツマタ」はまだ先始めでしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/b5/eb4146477be134a3e3a7ed49728a095f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/c0/ad029b6254bb8ed3353c1df9b25a92a1.jpg)
武蔵の里「楽市楽座」
武蔵の里にある特産物販売所。
茅葺き屋根の家が併設し、木造の建物が昔ながらの田舎の雰囲気を醸しています。
地元の特産品や、色んなグッズも販売されています。
お土産をゲットしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/d7/7ec47263851533425e069c513f86cfd5.jpg)
青年期の「宮本武蔵像」
巨匠故・富永直樹氏により、平成7年に「五輪坊」敷地内に建立された。
高さ5・6mの若き日の武蔵像。
17歳の青年期の武蔵が表現されています。
(画像は逆光で暗いですが)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/6d/a2e74993574e1cd8dfa732ff752d6119.jpg)
約、2時間の武蔵の里、探訪でしたが、自然有り、歴史あり、文化有りの静かで美しい
江戸時代にタイムスリップしたような空間でした。
帰路
16;13発 → 16:53上群着
JR 17:11発で 終着広島駅 20:50着の鈍行の旅でした。
車中は「智頭急行」は殆どが学生のみ、
JRも平日の乗客は若い人が多く、皆んなスマホを見ている様で今風の何処へ行っても変わらない風景でした。
(因みに今日の「武蔵の里」の画像はデジカメがメモリが一杯で撮影できず、スマホの画像です。)
END
14:12発、で1駅、到着です。
「宮本武蔵駅」駅名が名前がついているのも珍しいと思いました。
駅前の「武蔵の子供頃」の野外彫刻を初め、宮本武蔵のふるさとの探訪です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/3b/4e63d75e416bf2846e7842ec72f23782.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/7c/fec3f1afc4dff18316a5b58a7eff7ceb.jpg)
駅前から武蔵の里迄700mの距離を歩きます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/c7/5ec0cd0355f21ec21657b07510dc0011.jpg)
足元の「岡山 大原・武蔵の里」のマンホールの蓋です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/54/c3d73c40a35971fea707e84ace8180ff.jpg)
途中の、路傍の「お地蔵さん」「民家のお通の里」のオブジェか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/5b/04615073c4f5c4a2ad7c2823a768fe69.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/52/30dd8683361f6f7712735a500569ca96.jpg)
「讃甘神社」(さのもじんじゃ)
ご祭神:大己貴命(大国主命)
天正年間、兵火に焚け今の地に還し奉る。
明治6年(1878)郷社に列せられ讃甘神社と改称す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/4a/3e49660f57f4b4fa15cd0d0be2d8712f.jpg)
武蔵の里 周辺の武蔵生誕の碑他の史跡・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/62/10de6c4f8f72a47d74d08e2036801c94.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/76/a24962a6af6fb2477f113a442b80b58f.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/32/2815068734ab1aa26bc2c4168bd1d699.jpg)
武蔵生家跡
昭和17年火災にて焼失 (大黒柱は今も変わらず)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/df/e017f45ef57cc562e562c1176ae77dbb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/38/509a01e626a5dbb9f982664704a8f243.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/00/420936e09ab1cb9d3d5466fa3dd7cbea.jpg)
吉川英治の歌碑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/89/9ecce88b4a65ce799d3ba5b1505e29be.jpg)
平尾家 → 武蔵の姉・おぎんの嫁ぎ先、町内で最も大きい茅葺きの家、武蔵家を相続。
タラヨウ・樹齢400年、ウツギ300樹齢300年。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/7f/de3ed87de4eba8f4381517557f4e838b.jpg)
武蔵の墓 (熊本から分骨)
武蔵死後9年目に武蔵の養子伊織によって熊本。弓削の里から分骨され父無二斎と共に祀られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/9f/b0e7a9d5a4054ad06ada32e792430834.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/19/9a6b4d0a379ce7892aeb5009c305b7b0.jpg)
武蔵神社、武蔵の墓と隣接の神社。
ハートの石、
佐々木小次郎ら他61名の供養塔等・・・
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/40/db6c79fa344f0ef498de747df046dc38.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/8f/e4e22083d437f184ad74db0b9e26599d.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/49/d4b4648767e755b803f0ed9b1ab25caf.jpg)
剣豪武蔵の不思議な聖地のパワーを感じながら武蔵神社にお参りし、なぜかハートの石もあったり。
自転車の若者の見学者に有ったりして武蔵神社を後に戻ります。
畑の「ミツマタ」はまだ先始めでしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/b5/eb4146477be134a3e3a7ed49728a095f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/c0/ad029b6254bb8ed3353c1df9b25a92a1.jpg)
武蔵の里「楽市楽座」
武蔵の里にある特産物販売所。
茅葺き屋根の家が併設し、木造の建物が昔ながらの田舎の雰囲気を醸しています。
地元の特産品や、色んなグッズも販売されています。
お土産をゲットしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/d7/7ec47263851533425e069c513f86cfd5.jpg)
青年期の「宮本武蔵像」
巨匠故・富永直樹氏により、平成7年に「五輪坊」敷地内に建立された。
高さ5・6mの若き日の武蔵像。
17歳の青年期の武蔵が表現されています。
(画像は逆光で暗いですが)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/6d/a2e74993574e1cd8dfa732ff752d6119.jpg)
約、2時間の武蔵の里、探訪でしたが、自然有り、歴史あり、文化有りの静かで美しい
江戸時代にタイムスリップしたような空間でした。
帰路
16;13発 → 16:53上群着
JR 17:11発で 終着広島駅 20:50着の鈍行の旅でした。
車中は「智頭急行」は殆どが学生のみ、
JRも平日の乗客は若い人が多く、皆んなスマホを見ている様で今風の何処へ行っても変わらない風景でした。
(因みに今日の「武蔵の里」の画像はデジカメがメモリが一杯で撮影できず、スマホの画像です。)
END
やはり写真があると、見ごたえがありますねぇ〜。今回は宮本武蔵の故郷なんですね。
さすがに武蔵の出身地だけあって、駅から神社から武蔵の名前を冠したものが多いようです。
茅葺き屋根が郷愁をさそいます。
武蔵は子供の頃、"たけぞう"と呼ばれていたようですね。"たけぞう"より"むさし"の方が
かっこいいし、語呂もいいですよね・・・。
吉川英治さんの歌碑「さみだれや 武蔵の里の 栗の花」もいいですねぇ〜。
日帰り旅でも、これだけ回れるのですね。
愚生には、最近斯様な「意欲」がまるで残っておりません(´;ω;`)ウッ…
宮本武蔵のふる里は、大原でしたか・・・
巌流島で闘った佐々木小次郎は一説には、我が故郷越前のようです。
一乗谷に燕返し像が立っていますよ。
武蔵の里は、現在は観光地でしょうか?
武蔵の里はもう少し田舎かと思いましたが、すっかり観光地になっていました。
平日でしたが、他の観光地ほどメジャ-とは思えませんでしたが・・・
(外人さんが見えなかったからです)
吉川英治の歌碑は「栗」が読め読めませんでした(笑)
宮本武蔵の本は読んでいます、子供の頃に悪さをして?
庭先の大きな樹につりさげられたシーンが目に浮かびます。
18切符はJRの鈍行の旅です、たまに急行に乗れることもありますが、案内をしてくれる仲間がいますので、今回も2か所回われましたが一人では難しいですね。
getteng さんにもおすすめですよ!
我が田舎にも那須与一の墓がありますが、武蔵のように色々な物が残っていないのが残念です。
でも、聞くところによると、その墓はあっちこっちにあるようですね。
武蔵の里は美作市大原になるのでしょうか?
すっかり観光地でしたが、見物客も全くと言っていいくらいでどこでも見られる外国の方のこ観光客が居ませんでした。
静かなこじんまりとした、剣豪の里らしく剣道の大会とかは良くあるみたいで大きな剣道のドームもありました。
佐々木小次郎が福井出身とは不思議な縁ですね~。
武蔵の里はこじんまりとした里でしたが、良く整備されてすっかり観光地でしたよ。
もう少し田舎だと思いましたが・・・
茅葺屋根は懐かしいですね~!
那須与一の墓はアチコチに有るようですね~。