遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『堤未果のショック・ドクトリン』  堤未果  玄冬舎新書

2023-08-14 11:25:21 | 歴史関連
 新聞広告を見たとき、ちょっと気になっていた。著者の本は未読だったが名前は記憶していた。「政府のやりたい放題から身を守る方法」というキャッチフレーズ的な副題と「ショック・ドクトリン」という用語が引っかかったのである。手に取らないでいる内に、U1さんのブログ記事で本書について書いておられるのを読んだ。その数日後だったか、大きめの出版広告が再び目に止まった。そんな経緯から読み始めた。
 本書は2023年5月に刊行された。私が入手したのは6月第3刷である。かなり関心の高い新書の1冊になっているようだ。

 著者は本書の序章を、2001年9月11日、「9.11」のニューヨクでの体験を語ることから始めている。著者はあの時、あのツインタワーに隣接する世界金融センタービルの20階で勤務していたという。あの惨劇を身近で体験した一人だった。そして、あのテロ行為以降にアメリカが変貌する様相を見聞し体験してきたのだ。「9.11直後のアメリカで身に染みた、絶対に忘れてはならないこと、それは、一度成立してしまったら、凄まじい勢いで社会を変えてしまう『法律の力』です」(p15)と記す。この認識が本書においても展開されていく。
 9.11以降にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した著者は、勤務先の野村證券を辞め帰国。「人断ち」という修行を勧められ実行した結果、己を取り戻し、国際ジャーナリストに転進したという。数年後に出会ったのが上掲のナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』だったそうだ。

 本書は、著者がジャーナリスト・作家であるナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』から学びヒントを得たことを踏まえ、現在の重要な問題事象を分析し、論点を明確にして、「政府のやりたい放題から身を守る」ために警鐘を発する書である。
 ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』は2007年に刊行された。原書には副題として、THE RISE OF DISASTER CAPITALISM とある。翻訳書では副題を「惨状便乗型資本主義の正体を暴く」と訳出する。不勉強故に、この翻訳書が2011年9月に出版されていたことを本書で初めて知った。

 著者は「ショック・ドクトリン」を次のように定義づけている。
 「ショック・ドクトリンとは、テロや戦争、クーデターに自然災害、パンデミックや金融危機、食糧不足に気候変動など、ショッキングな事件が起きたとき、国民がパニックで思考停止している隙に、通常なら炎上するような新自由主義政策(規制緩和、民営化、社会保障切り捨ての三本柱)を猛スピードでねじ込んで、国や国民の大事な資産を合法的に略奪し、政府とお友達企業群が大儲けする手法です。」(p17)ナオミ・クラインの考えを継承しているのだろう。
 この定義のもとに、まず序章で、ショック・ドクトリンが実行されていくプロセスに、5つのステップがあると提示し、問題事象の分析視点を提示している。こののフレームワークを使って、問題事象について、緻密な情報収集を行い、情報分析をして論理的推論からえた所見を整理しするとともに、身を守るための対策法を論じてく。ショック・ドクトリンの応用編レポートと言える。

 では、そのフレームワークとは何か?
  ①ショックを起こす   ショックが発生するという場合もある。例:大地震
  ②政府とマスコミが恐怖を煽る
  ③国民がパニックで思考停止する
  ④シカゴ学派の息のかかった政府が、過度な新自由主義政策を導入する
  ⑤他国籍企業と外資の投資家たちが、国と国民の資産を略奪する。
著者はこの5大ステップをフレームワークとして、現実の諸問題の発生経緯と現状を論じていく。
 さらに、このショック・ドクトリンのステップについて、「ターゲットが世界規模になったことと、GAFA(アメリカ大手IT企業群)やBATH(中国大手IT企業群)のような、極めて危険な新プレィヤーが参入してきたこと」(p47)で、大きな変化が加わっていると説く。
 本書p56-57には、今までの「世界のショック・ドクトリン事例」を簡潔に一覧表で示している。ショックに該当すもの、つまり上記①として、次の事象が列挙されている。
チリ軍事クーデター、旧ソ連崩壊、韓国通貨危機、アメリカ同時多発テロ(9.11)、イラク戦争、スマトラ沖地震、ハリケーン・カトリーナ、東日本大震災、新型コロナパンデミック。
 このリストを読み、ウ~ンと唸らざるを得なかった。このような5つのステップというフレームワークで現実に発生してきている事象を捉える思考をしていなかったからだ。断片的、分散的な事実認識にとどまっていた。

 著者は「正しい判断をするための第一歩は、何が起きているかを知ることです」(p53)と助言する。五感を再起動させ、何か変? という違和感を感じるかどうかがスタートになるという。序章の最後に「違和感チェックリスト」が掲載されている。このチェックリスト、まず序章の一環として通読した。本書全体を読み終えてから、再読するとそのチェック項目の意図と奥行を再認識することになった。役立つチェックリストである。

 さて、これからが「堤未果のショック・ドクトリン」になる。つまり、著者がナオミ・クラインの提唱した用語とフレームワークをヒントに、現在進行形の事象を解明するために応用した所見であり、読者に問題提起し捲き込むためのレポートでもある。ここでは
 第1章 マイナンバーという国民監視テク    ⇒マイナンバーカード制度
 第2章 命につけられる値札ーコロナショック・ドクトリン ⇒コロナ禍の背景の動き
 第3章 脱炭素ユートピアの先にあるディストピア  ⇒脱炭素問題と排出権取引
という3つの事象が論じられている。
 その内容は、本書を繙いていただきたい。

 著者はこの3つの事象について、それぞれが現在進行形である状況を、上記の5ステップで分析しつつ、具体的に指摘している。考えられる問題点や不明瞭な動きの中で決められた事項の実態、どのような金の流れが発生しているかなどを指摘し論じている。読み進めてナルホドと思う指摘事項が多い。こういう風に繋がっているのか・・・と愕然とする箇所。見れども見えず・・・。我が問題意識の闕如といえそう。己の五感を活性化させる刺激材料となった。
 一方、これからも立ち戻って考え直す、あるいは著者の指摘を再チェックしつつ再考する情報源になると思う。特に、マイナンバーが当初の目的が曖昧化され、知らぬ間に拡大解釈され、国民監視の手段とされないように注視する必要が喫緊のようである。デジタル化で一番気をつけるべきことは? 「決して、権力を集中させてはいけません」と台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンが答えたという。「リスク分散」の視点、大事にしたい。
 
 本書内で著者が述べている鉄則的な所見表記の箇所を引用しご紹介しておこう。
*全く同じ出来事が起こるわけではないけれど、一つ一つの事象をつなぎ、長い時間軸で眺めると、ある共通パターンが見えてくるからです。
 過去をひもとき、つなぎ合わせ、その法則を知ることで、歴史は私たち市民が未来を取り戻すための、協力な武器になるのです。  p47  ⇒温故知新に通じる発言。
*何が起きているのかを多角的に摑み、全体像を見るスキルを身につける p49 
*デジタルの制度設計をうまくかせる秘訣:社会の中で、一番システムを使いづらい人たちに合わせてつくればいいんです。  p78
*ショック・ドクトリンを読み解くには、それがあるとできることではなく、それがないとできないことに注目してください。 p113

 最後に、著者の警鐘事項から、2つ引用しておきたい。
*民主主義国家では、国が国民に何かを強制すると大問題になるため、代わりに「選択肢を奪う」という手法が取られることがあります。 p118
*ショック・ドクトリンを実施する側にとって「緊急事態」とは、憲法や法律、民主主義や民意といった「障害」を一気に消し去る、魔法の言葉だからです。 p160

 この新書、しばらくは、立ち戻り、時間軸での経緯を確認するのに役立つ情報源になりそうだ。

 ご一読ありがとうございます。




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