加賀恭一郎シリーズ第12弾となる。これが何冊目かと調べていて、前作『希望の糸』(2019年刊)を見過ごしていることに気づいた。このシリーズ、愛読シリーズの一つなのだけど・・・・。逆にいえば、読む楽しみが増えたことになる。
さて、本書は、書下ろしとして、2023年9月に単行本が刊行された。
本作、第10弾までの作品と比較すると、刑事加賀恭一郎の活動としては異色なストーリー。連続殺人事件の犯人は事件発生の一週間後に送検された。この他県で発生した事件には無関係の加賀が事件の真相解明に巻き込まれていく。そこからまずこのストーリーは異例である。他県での殺人事件の真相解明に加賀が取り組んでいくのはなぜか?
事件の犯人は送検されてしまっていたのだが、犯行の全容が解明できたという明言を警察は避けている状況だった。そこで、被害者たちの遺族の一人、高塚俊策が発起人となり、遺族たちが集合し事件の「検証会」を開きたいという提案をした。遺族と関係者はその検証会実施を受け入れた。検証会には同行者2名を認めるという形だった。
この事件で夫・鷲尾英輔を亡くした春那は、職場の先輩金森登紀子に相談を持ち掛けた。登紀子より加賀の紹介を受け、加賀と金森が同行者になる。金森が看取った患者の息子が加賀であり、その縁で個人的な相談にも乗ったことがあるという関係だった。金森が直前に家庭の事情で同行をキャンセルした。そこで加賀一人が春那に同行し、検証会に出席する。勿論、加賀はこの連続殺人事件について、マスコミ報道等で公表されている情報を一通り情報収集し調べていた。
なぜ、加賀が自由に行動できたのか。それは、ある一定の勤務年数を経た者は1ヵ月間の休暇を取らなければならないという制度の対象者に該当し、長期休暇中だったのである。暇ですることがないというメッセージを金森は受け取っていたのだ。巧みな背景設定がなされている。すんなりと状況に入り込んでいける。
このストーリーの冒頭には、ある別荘地で近隣の4家が恒例のバーベキュー・パーティーを開催する日の状況とその夜に連続殺人事件が発生する状況が描かれる。そして、高崎の発案による「検証会」実施へと進展する。
この検証会で、警視庁の現役刑事である加賀は、全員からこの会合の司会者兼とりまとめの役目を任される。つまり、当日の事件発生の状況・経緯の検証を加賀の司会のもとに、参加した遺族と関係者たちが、己の記憶をもとに、何が起こっていたのかの事実と認識を語り、己の意見も明らかにしていく。全員で事件の経緯の検証作業が始まる。
加賀はいわば検証のためのコーディネーターを担当し、己自身が刑事としての立場から情報の再整理をしつつ、内心で犯人の割り出しを遂行していく。遺族・関係者に質問をし、事件の経緯を整理しつつ、情報の欠落部分を明らかにし、真相に迫っていく。
この検証会には、この事件を担当し犯人を送検した県警の榊刑事課長がオブザーバーとして参加する。彼は、捜査資料そのものは見せられないが、質問がある場合、必要に応じて捜査結果の情報を提供する役割を果たすことになる。それは、事件の事実経緯を鮮明にしていく一助となる。加賀にとっても、それは検証会での司会による情報の聞き出しと整理に加え、捜査情報を具体的に知り、己の推論の裏付けを明確にしていくことになる。加賀の力量を判断した榊刑事課長は加賀との連携を円滑に進めていく。
「鶴屋ホテル」の時間的制約のある会議室で、話し合いを一通り終えると、食事会をした後、一旦解散となり、翌日、別荘地の現地検証が実施されていく。
そして、バーベキュー・パーティーが行われた山之内家の庭で、事件についての総括が始まる。
この検証会に参加する前に、春那は「あなたが誰かを殺した」という一行のメッセージを記しただけで発信者名なしの手紙を受け取っていた。この検証会で同種の手紙が遺族・関係者にも送信されていたことを知った。誰がこの手紙を送信したのか。
本書のタイトルは、このメッセージに由来する。
バーベキュー・パーティーの参加者と殺人事件の被害者(●)を一覧にする。負傷者には(△)を付した。
山之内家 山之内静枝 鷲尾春那 鷲尾英輔(●)
栗原家 栗原正則(●) 栗原由美子(●) 栗原朋香
櫻木家 櫻木洋一(●) 櫻木千鶴 櫻木理恵 的場雅也(△)
高塚家 高塚俊策 高塚桂子(●) 小坂均 小坂七海 小坂海斗
多少付記すると、山之内静枝は春那の叔母で、夫の死後この別荘地を住居とする。春那たちは新婚のカップルだった。栗原朋香は寄宿舎生活をする中学生。櫻木理恵は的場雅也と婚約関係にあった。小坂一家は高塚の経営する会社の出戻り従業員。
検証会に、栗原朋香は、久納真穂と称し寄宿舎の指導員という同行者と参加した。つまり、検証会の同行者は、加賀と久納の二人だけである。
検証会は、上記一覧の遺族・関係者並びに、加賀、久納と榊刑事課長の参加で進行する。
連続殺人事件が発生した翌日の夜、鶴屋ホテルのダイニングルームを訪れた男性客は、25,000円の『鶴屋スペシャルメニュー』を注文し、白ワイン『モンラッシェ』を水のごとくに飲み、20万円はくだらないはずの『シャトー・マルゴー』をこれまた胃袋に流し込むようにして飲んだ。食事を終えて、責任者を呼び、警察に連絡してくれと言った。証拠だと言い、皿の上に載せた血のついたナイフを見せて・・・・。
男の名は桧川大志、東京在住、無職、28歳。別荘地で起きた殺人事件の犯人は自分だと供述。生きている意味を感じないので死刑になりたいという願望を持っていたことと、自分を蔑ろにした家族への復讐が犯行に至る動機であると言う。彼は殺す相手は誰でもよかった、とにかく目についた人間を刺し殺そうと思い実行したと語るだけだった。桧川の示したナイフには、栗原正則と由美子の血が検出された。
ストーリーの導入部で、殺人事件の犯人が最初に名乗りを上げて出てくるパターンでこのミステリーが始まる。このパターン自体は一つの類型である。
なぜ桧川はこの別荘地で事件を起こしたのか。供述通りの単独犯なのか。それとも。どこかで、この別荘地の所有者との共犯なのか。現場の遺留品捜索にも関わらず、犯行に関わるナイフという証拠物件で発見できないものがあるのはなぜか・・・・。
多くの謎が残されたままで、検証会が始まっていく。
別荘所有者族の優雅な生活。優雅にお互いを尊重する社交が華やかに繰り広げられていくが、その裏面では互いに嫉みあい、批判的な観察と中傷を繰り広げているネガティブな側面、また、計算づくでの付き合いという側面が、検証会の場を通じて徐々に明らかになっていく。さらに、それぞれの家の内部事情が暴露されていくことで、それぞれの人間関係の明暗両面が見え始めていく。だが、そこに真相を解明するヒントが含まれていた。様々なお互いの欲望が背景で蠢いていたのだ。
加賀は、今まで見えなかった側面が少しずつ表に現れていくように司会を進めていく。事件の経緯事実を再確認し、事実の整合性を見つけ出すことを参加者たちと共有しながら、検証を深めていく。ミッシング・リンクに気づき、それを見つけ出し、事実の間隙を埋めていく緻密な作業が、検証会で進行する。加賀にとっては、情報を整理し、同じ土俵の上で、尋ねることが唯一の武器なのだ。
そこに思わぬ事実が明らかになってくる。読者にとってはどんでん返しの連続といえようか。エンディングが極め付きのどんでん返しとなる。加賀の心境や如何と推測したくなる。記されてはいないが、加賀の心境はやるせないのではなかろうか・・・・・。
刑事加賀恭一郎の活躍の新たな局面を楽しめる作品になっている。既存の警察小説の捜査の定石的描写の累積によるストーリー構築とは一味異なり、一歩踏み超えた次元での捜査事実の再解釈、再統合という展開がおもしろい。これもまた警察小説の範疇だろう。
本作もやはり一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『さいえんす?』 角川文庫
『虚ろな十字架』 光文社
『マスカレード・ゲーム』 集英社
「遊心逍遙記」に掲載した<東野圭吾>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 35冊
さて、本書は、書下ろしとして、2023年9月に単行本が刊行された。
本作、第10弾までの作品と比較すると、刑事加賀恭一郎の活動としては異色なストーリー。連続殺人事件の犯人は事件発生の一週間後に送検された。この他県で発生した事件には無関係の加賀が事件の真相解明に巻き込まれていく。そこからまずこのストーリーは異例である。他県での殺人事件の真相解明に加賀が取り組んでいくのはなぜか?
事件の犯人は送検されてしまっていたのだが、犯行の全容が解明できたという明言を警察は避けている状況だった。そこで、被害者たちの遺族の一人、高塚俊策が発起人となり、遺族たちが集合し事件の「検証会」を開きたいという提案をした。遺族と関係者はその検証会実施を受け入れた。検証会には同行者2名を認めるという形だった。
この事件で夫・鷲尾英輔を亡くした春那は、職場の先輩金森登紀子に相談を持ち掛けた。登紀子より加賀の紹介を受け、加賀と金森が同行者になる。金森が看取った患者の息子が加賀であり、その縁で個人的な相談にも乗ったことがあるという関係だった。金森が直前に家庭の事情で同行をキャンセルした。そこで加賀一人が春那に同行し、検証会に出席する。勿論、加賀はこの連続殺人事件について、マスコミ報道等で公表されている情報を一通り情報収集し調べていた。
なぜ、加賀が自由に行動できたのか。それは、ある一定の勤務年数を経た者は1ヵ月間の休暇を取らなければならないという制度の対象者に該当し、長期休暇中だったのである。暇ですることがないというメッセージを金森は受け取っていたのだ。巧みな背景設定がなされている。すんなりと状況に入り込んでいける。
このストーリーの冒頭には、ある別荘地で近隣の4家が恒例のバーベキュー・パーティーを開催する日の状況とその夜に連続殺人事件が発生する状況が描かれる。そして、高崎の発案による「検証会」実施へと進展する。
この検証会で、警視庁の現役刑事である加賀は、全員からこの会合の司会者兼とりまとめの役目を任される。つまり、当日の事件発生の状況・経緯の検証を加賀の司会のもとに、参加した遺族と関係者たちが、己の記憶をもとに、何が起こっていたのかの事実と認識を語り、己の意見も明らかにしていく。全員で事件の経緯の検証作業が始まる。
加賀はいわば検証のためのコーディネーターを担当し、己自身が刑事としての立場から情報の再整理をしつつ、内心で犯人の割り出しを遂行していく。遺族・関係者に質問をし、事件の経緯を整理しつつ、情報の欠落部分を明らかにし、真相に迫っていく。
この検証会には、この事件を担当し犯人を送検した県警の榊刑事課長がオブザーバーとして参加する。彼は、捜査資料そのものは見せられないが、質問がある場合、必要に応じて捜査結果の情報を提供する役割を果たすことになる。それは、事件の事実経緯を鮮明にしていく一助となる。加賀にとっても、それは検証会での司会による情報の聞き出しと整理に加え、捜査情報を具体的に知り、己の推論の裏付けを明確にしていくことになる。加賀の力量を判断した榊刑事課長は加賀との連携を円滑に進めていく。
「鶴屋ホテル」の時間的制約のある会議室で、話し合いを一通り終えると、食事会をした後、一旦解散となり、翌日、別荘地の現地検証が実施されていく。
そして、バーベキュー・パーティーが行われた山之内家の庭で、事件についての総括が始まる。
この検証会に参加する前に、春那は「あなたが誰かを殺した」という一行のメッセージを記しただけで発信者名なしの手紙を受け取っていた。この検証会で同種の手紙が遺族・関係者にも送信されていたことを知った。誰がこの手紙を送信したのか。
本書のタイトルは、このメッセージに由来する。
バーベキュー・パーティーの参加者と殺人事件の被害者(●)を一覧にする。負傷者には(△)を付した。
山之内家 山之内静枝 鷲尾春那 鷲尾英輔(●)
栗原家 栗原正則(●) 栗原由美子(●) 栗原朋香
櫻木家 櫻木洋一(●) 櫻木千鶴 櫻木理恵 的場雅也(△)
高塚家 高塚俊策 高塚桂子(●) 小坂均 小坂七海 小坂海斗
多少付記すると、山之内静枝は春那の叔母で、夫の死後この別荘地を住居とする。春那たちは新婚のカップルだった。栗原朋香は寄宿舎生活をする中学生。櫻木理恵は的場雅也と婚約関係にあった。小坂一家は高塚の経営する会社の出戻り従業員。
検証会に、栗原朋香は、久納真穂と称し寄宿舎の指導員という同行者と参加した。つまり、検証会の同行者は、加賀と久納の二人だけである。
検証会は、上記一覧の遺族・関係者並びに、加賀、久納と榊刑事課長の参加で進行する。
連続殺人事件が発生した翌日の夜、鶴屋ホテルのダイニングルームを訪れた男性客は、25,000円の『鶴屋スペシャルメニュー』を注文し、白ワイン『モンラッシェ』を水のごとくに飲み、20万円はくだらないはずの『シャトー・マルゴー』をこれまた胃袋に流し込むようにして飲んだ。食事を終えて、責任者を呼び、警察に連絡してくれと言った。証拠だと言い、皿の上に載せた血のついたナイフを見せて・・・・。
男の名は桧川大志、東京在住、無職、28歳。別荘地で起きた殺人事件の犯人は自分だと供述。生きている意味を感じないので死刑になりたいという願望を持っていたことと、自分を蔑ろにした家族への復讐が犯行に至る動機であると言う。彼は殺す相手は誰でもよかった、とにかく目についた人間を刺し殺そうと思い実行したと語るだけだった。桧川の示したナイフには、栗原正則と由美子の血が検出された。
ストーリーの導入部で、殺人事件の犯人が最初に名乗りを上げて出てくるパターンでこのミステリーが始まる。このパターン自体は一つの類型である。
なぜ桧川はこの別荘地で事件を起こしたのか。供述通りの単独犯なのか。それとも。どこかで、この別荘地の所有者との共犯なのか。現場の遺留品捜索にも関わらず、犯行に関わるナイフという証拠物件で発見できないものがあるのはなぜか・・・・。
多くの謎が残されたままで、検証会が始まっていく。
別荘所有者族の優雅な生活。優雅にお互いを尊重する社交が華やかに繰り広げられていくが、その裏面では互いに嫉みあい、批判的な観察と中傷を繰り広げているネガティブな側面、また、計算づくでの付き合いという側面が、検証会の場を通じて徐々に明らかになっていく。さらに、それぞれの家の内部事情が暴露されていくことで、それぞれの人間関係の明暗両面が見え始めていく。だが、そこに真相を解明するヒントが含まれていた。様々なお互いの欲望が背景で蠢いていたのだ。
加賀は、今まで見えなかった側面が少しずつ表に現れていくように司会を進めていく。事件の経緯事実を再確認し、事実の整合性を見つけ出すことを参加者たちと共有しながら、検証を深めていく。ミッシング・リンクに気づき、それを見つけ出し、事実の間隙を埋めていく緻密な作業が、検証会で進行する。加賀にとっては、情報を整理し、同じ土俵の上で、尋ねることが唯一の武器なのだ。
そこに思わぬ事実が明らかになってくる。読者にとってはどんでん返しの連続といえようか。エンディングが極め付きのどんでん返しとなる。加賀の心境や如何と推測したくなる。記されてはいないが、加賀の心境はやるせないのではなかろうか・・・・・。
刑事加賀恭一郎の活躍の新たな局面を楽しめる作品になっている。既存の警察小説の捜査の定石的描写の累積によるストーリー構築とは一味異なり、一歩踏み超えた次元での捜査事実の再解釈、再統合という展開がおもしろい。これもまた警察小説の範疇だろう。
本作もやはり一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『さいえんす?』 角川文庫
『虚ろな十字架』 光文社
『マスカレード・ゲーム』 集英社
「遊心逍遙記」に掲載した<東野圭吾>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 35冊