副題は「ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班」。勅撰法廷弁護士である父の反対を押し切って、ロンドン警視庁に入庁したウィリアム・ウォーウィックの警察官人生シリーズ第2弾。第1作に記述の記憶では、ウィリアムがロンドン警視庁のトップに昇り詰めるまでのシリーズになるようだ。
第1作は「美術骨董捜査班」所属だったが、この第2作では、「麻薬取締独立捜査班」がロンドン警視庁内に新設され、ウィリアムはこの班に異動する。
勝っているチームは解散すべきではないという警視総監の判断により、元美術骨董捜査班が、麻薬取締独立捜査班として新編成される。ブルース・ラモントが警視に昇進してこの班の班長となる。ウィリアムは巡査から巡査部長への昇任試験に合格し、捜査巡査部長に昇進。それと同時にこの新設班で新たな任務に就く。ジャッキー・ロイクロフト捜査巡査もまたこの班に異動となる。そこに、ポール・アダジャ捜査巡査が新たに加わる。アダジャは少数人種系の警察官。少数人種系というのは、minority という単語の翻訳だろう。「アダジャと握手をするラモント警視がにこりともしないことを、ウィリアムは見逃さなかった」(p15)という一行がさりげなく記されている。イギリスにおける人種問題の一端が垣間見える。ウィリアムは逆である。「アダジャのような人物がどうして警察官になろうなどと考えたのか知りたいということもあって、ウィリアムはできるだけ早く彼をチームに馴染ませてやろうと決めた」(p15)逆に彼に関心を寄せる。
アダジャはケンブリッジ大学で法律を学び、オックスフォード大学との対抗ボートレースの代表の一人だった。警察官となり、クローリー署の地域犯罪捜査班で3年の経験を積んでいるという経歴の持ち主である。読者としても新人登場で期待が持てるではないか。
この麻薬取締独立捜査班は、ロンドン警視庁警視長であるジャック・ホークスビーの直属下に位置づけられる。ホークスビーは、この新設の捜査班は、既存のどの薬物対策部局や麻薬取締部局とも無関係に、完全に独立した位置づけであると皆に説明する。
麻薬取締独立捜査班の目的は、「いまだ住所も不明で、グレーター・ロンドンの川の南側に住んで仕事をしているとしかわかっていない男を特定すること」(p18)そして排除することであると言う。その男とは、ロンドンを支配する悪名高き麻薬王で、”ヴァイパー”と称されている。その正体をつかみ、逮捕することがウィリアムたちの使命になる。
ウィリアムが仲間から昇進祝いをしてもらった時、パブからウィリアムを自宅まで車で送り届けるのはジャッキーの役割となる。ジャッキーがウィリアムを送り届ける途中、ジャッキーは、チューリップと称する若い黒人が麻薬を取引する現場を目撃する。ジャキーは取引相手をまず逮捕した。チューリップは逃げた。現行犯逮捕した容疑者をジャキーはロチェスター・ロウ署の留置区画へ引き連れて行く。”白い粉の包み二つ”が証拠となる。
この容疑者、偶然にもウィリアムのプレップ・スクール時代の同級生、エイドリアン・ヒースだった。それも、学校の売店でエイドリアンがチョコレートを万引きしたことを、ウィリアムが立証したことで、退学処分となった同級生だったのだ。
ウィリアムは、麻薬の売人エイドリアンと交渉して”ヴァイパー”に関する情報を引き出す作戦をとる。それを微かな糸口として捜査を始める。
一方、ウィリアムはロンドン警視庁に戻るため地下鉄の駅で列車を待っているとき、向かいのプラットフォームに立っているチューリップを見かけた。気づいて逃げるチューリップをウィリアムは追跡し、身柄を拘束する。チューリップが利用したタクシーの運転手から、彼が告げた行き先がバタシーの<スリー・フェザーズ>というパブだと聞き出す。これがもう一つの手がかりとなる。このパブの監視をホークスビーは囮捜査官に委託する。麻薬取締独立捜査班に囮捜査官が加わることになる。
このストーリーの興味深いところは、僅かな情報を糸口にして、緻密な監視活動と追跡捜査を累積し、"ヴァイパー”を特定する捜査を行っていくというプロセスの描写にある。
そして、ロンドン市内に存在するドラッグ工場の探索、現場への立入捜査の大作戦と逮捕へと進展していく。このプロセスが読者を惹きつけ、その描写の迫力が読ませどころになる。
この第2作は、ストーリーの全体構成におもしろい点がある。
メイン・ストーリーは、上記の麻薬王”ヴァイパー”の特定捜査と逮捕である。これと並行して、パラレルに進むストーリーが組み合わされている。それは第1作で逮捕された美術品の窃盗詐欺師、マイルズ・フォークナーに関する裁判である。裁判が進展して行く経緯が描き出されて行く。ひとつは、マイルズの妻、クリスティーナがマイルズに対して離婚訴訟を起こしている。クリスティーナの弁護士を引き受けているのが、ウィリアムの父、サー・ジュリアン・ウォーイックである。
さらに、サー・ジュリアンは、マイルズの逮捕事案に対して、検察側の勅撰弁護士となり代理人を引き受けた。こちらの裁判には、ウィリアムの姉、グレイスが補佐として加わる。グレイスが活躍することに・・・・。まずは、マイルズの保釈申請事案、そして逮捕事実に対する裁判が進展していく。マイルズの弁護士、ブース・ワトソンとの裁判での対決、裁判の経緯描写が読ませどころとなる。
裁判のシステムが日本と異なる点に気づき、知ることも興味深い。
もう一つ、スポットとしてストーリーに織り込まれていくのが、ウィリアムとベスの結婚式と新婚旅行の様子である。結婚式で思わぬハプニングが発生するところがまずおもしろい。ウィリアムの結婚という人生の転換点が描き込まれ、ベスが出産するハッピーなエンディングとなる。双子の誕生!! これが第2作のストーリーを彩る一つの要素になる。
他方、このストーリーの本流に関連して、仕組まれたアンハッピーな事態が新たに発生する。その一つの事件報道がこのストーリーを締めくくる文となる。
第2作で麻薬取締独立捜査班の使命は達成される。だが一方で、形を変えて事件が生まれ、捜査が継続することになる。
やはり、著者はストーリーテラーである。
ご一読ありがとうございます。
補遺
グレーター・ロンドン :ウィキペディア
イギリスの刑事裁判(独立性がある裁判官と検察官) :「西天満綜合法律事務所」
法廷弁護士 :ウィキペディア
英国法廷衣装こぼれ話 :「駒澤綜合法律事務所」
ネットに情報を掲載された皆様に感謝!
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしです。
『レンブラントをとり返せ ロンドン警視庁美術骨董捜査班』ジェフリー・アーチャー 新潮文庫
第1作は「美術骨董捜査班」所属だったが、この第2作では、「麻薬取締独立捜査班」がロンドン警視庁内に新設され、ウィリアムはこの班に異動する。
勝っているチームは解散すべきではないという警視総監の判断により、元美術骨董捜査班が、麻薬取締独立捜査班として新編成される。ブルース・ラモントが警視に昇進してこの班の班長となる。ウィリアムは巡査から巡査部長への昇任試験に合格し、捜査巡査部長に昇進。それと同時にこの新設班で新たな任務に就く。ジャッキー・ロイクロフト捜査巡査もまたこの班に異動となる。そこに、ポール・アダジャ捜査巡査が新たに加わる。アダジャは少数人種系の警察官。少数人種系というのは、minority という単語の翻訳だろう。「アダジャと握手をするラモント警視がにこりともしないことを、ウィリアムは見逃さなかった」(p15)という一行がさりげなく記されている。イギリスにおける人種問題の一端が垣間見える。ウィリアムは逆である。「アダジャのような人物がどうして警察官になろうなどと考えたのか知りたいということもあって、ウィリアムはできるだけ早く彼をチームに馴染ませてやろうと決めた」(p15)逆に彼に関心を寄せる。
アダジャはケンブリッジ大学で法律を学び、オックスフォード大学との対抗ボートレースの代表の一人だった。警察官となり、クローリー署の地域犯罪捜査班で3年の経験を積んでいるという経歴の持ち主である。読者としても新人登場で期待が持てるではないか。
この麻薬取締独立捜査班は、ロンドン警視庁警視長であるジャック・ホークスビーの直属下に位置づけられる。ホークスビーは、この新設の捜査班は、既存のどの薬物対策部局や麻薬取締部局とも無関係に、完全に独立した位置づけであると皆に説明する。
麻薬取締独立捜査班の目的は、「いまだ住所も不明で、グレーター・ロンドンの川の南側に住んで仕事をしているとしかわかっていない男を特定すること」(p18)そして排除することであると言う。その男とは、ロンドンを支配する悪名高き麻薬王で、”ヴァイパー”と称されている。その正体をつかみ、逮捕することがウィリアムたちの使命になる。
ウィリアムが仲間から昇進祝いをしてもらった時、パブからウィリアムを自宅まで車で送り届けるのはジャッキーの役割となる。ジャッキーがウィリアムを送り届ける途中、ジャッキーは、チューリップと称する若い黒人が麻薬を取引する現場を目撃する。ジャキーは取引相手をまず逮捕した。チューリップは逃げた。現行犯逮捕した容疑者をジャキーはロチェスター・ロウ署の留置区画へ引き連れて行く。”白い粉の包み二つ”が証拠となる。
この容疑者、偶然にもウィリアムのプレップ・スクール時代の同級生、エイドリアン・ヒースだった。それも、学校の売店でエイドリアンがチョコレートを万引きしたことを、ウィリアムが立証したことで、退学処分となった同級生だったのだ。
ウィリアムは、麻薬の売人エイドリアンと交渉して”ヴァイパー”に関する情報を引き出す作戦をとる。それを微かな糸口として捜査を始める。
一方、ウィリアムはロンドン警視庁に戻るため地下鉄の駅で列車を待っているとき、向かいのプラットフォームに立っているチューリップを見かけた。気づいて逃げるチューリップをウィリアムは追跡し、身柄を拘束する。チューリップが利用したタクシーの運転手から、彼が告げた行き先がバタシーの<スリー・フェザーズ>というパブだと聞き出す。これがもう一つの手がかりとなる。このパブの監視をホークスビーは囮捜査官に委託する。麻薬取締独立捜査班に囮捜査官が加わることになる。
このストーリーの興味深いところは、僅かな情報を糸口にして、緻密な監視活動と追跡捜査を累積し、"ヴァイパー”を特定する捜査を行っていくというプロセスの描写にある。
そして、ロンドン市内に存在するドラッグ工場の探索、現場への立入捜査の大作戦と逮捕へと進展していく。このプロセスが読者を惹きつけ、その描写の迫力が読ませどころになる。
この第2作は、ストーリーの全体構成におもしろい点がある。
メイン・ストーリーは、上記の麻薬王”ヴァイパー”の特定捜査と逮捕である。これと並行して、パラレルに進むストーリーが組み合わされている。それは第1作で逮捕された美術品の窃盗詐欺師、マイルズ・フォークナーに関する裁判である。裁判が進展して行く経緯が描き出されて行く。ひとつは、マイルズの妻、クリスティーナがマイルズに対して離婚訴訟を起こしている。クリスティーナの弁護士を引き受けているのが、ウィリアムの父、サー・ジュリアン・ウォーイックである。
さらに、サー・ジュリアンは、マイルズの逮捕事案に対して、検察側の勅撰弁護士となり代理人を引き受けた。こちらの裁判には、ウィリアムの姉、グレイスが補佐として加わる。グレイスが活躍することに・・・・。まずは、マイルズの保釈申請事案、そして逮捕事実に対する裁判が進展していく。マイルズの弁護士、ブース・ワトソンとの裁判での対決、裁判の経緯描写が読ませどころとなる。
裁判のシステムが日本と異なる点に気づき、知ることも興味深い。
もう一つ、スポットとしてストーリーに織り込まれていくのが、ウィリアムとベスの結婚式と新婚旅行の様子である。結婚式で思わぬハプニングが発生するところがまずおもしろい。ウィリアムの結婚という人生の転換点が描き込まれ、ベスが出産するハッピーなエンディングとなる。双子の誕生!! これが第2作のストーリーを彩る一つの要素になる。
他方、このストーリーの本流に関連して、仕組まれたアンハッピーな事態が新たに発生する。その一つの事件報道がこのストーリーを締めくくる文となる。
第2作で麻薬取締独立捜査班の使命は達成される。だが一方で、形を変えて事件が生まれ、捜査が継続することになる。
やはり、著者はストーリーテラーである。
ご一読ありがとうございます。
補遺
グレーター・ロンドン :ウィキペディア
イギリスの刑事裁判(独立性がある裁判官と検察官) :「西天満綜合法律事務所」
法廷弁護士 :ウィキペディア
英国法廷衣装こぼれ話 :「駒澤綜合法律事務所」
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その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしです。
『レンブラントをとり返せ ロンドン警視庁美術骨董捜査班』ジェフリー・アーチャー 新潮文庫