遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『マスカレード・ゲーム』  東野圭吾   集英社

2023-09-25 21:50:43 | 東野圭吾
 ホテル・コルテシア東京を事件の舞台とする「マスカレード」シリーズの第4弾である。読了後のこのエンディングを考えると、ここまでの警察小説としての「マスカレード」はこれが完結篇といえる。「累計495万部突破シリーズ、総決算!」とホームページの本書紹介ページで書いているのだから間違いないだろう。だが、ホテル・コルテシア東京そのものを舞台とした新発想のシリーズが生まれるニュアンスが残るところがおもしろいと感じている。本書は書き下ろしにより、2022年4月に単行本が刊行された。

 勿論、登場するのは警視庁捜査一課の刑事新田浩介警部。今や新田は係長として一係を率いて、入江悠斗殺害事件を捜査していた。事件捜査から3週間後に、新田は稲垣管理官に捜査資料持参で警視庁本部の会議室に来るよう指示を受けた。会議室には、同様に係長の本宮警部と梓警部が来ていた。梓警部は能勢警部補を同行させていた。本宮と梓もまた殺害事件の捜査に取り組んでいた。
 捜査一課長の尾崎と管理官の稲垣が入ってきて、開口一番、3人の係長が各々捜査している殺害事件に何等かの繋がりがある可能性が出て来たという。そのため、今後の捜査の方向性を決めたいという。どの被害者も正面からナイフで刺されていた。3つとも細身のナイフだが微妙に違うものだった。犯人が自分の使いやすいサイズや形で同じタイプを選んだという可能性は考えられた。この3週間の間に3人が刺殺されたのだ。尾崎課長は3つの事件が関連している可能性を念頭にまずは各係の事件捜査を進めてくれと言う。特にこの3事件の各被害者は過去に事件を起こしているので、彼らが加害者となった事件の折の被害者遺族を徹底的に調べるように指示した。
 稲垣管理官、本宮警部、梓警部、能勢警部補がこの後主な登場人物になっていく。

 新田が捜査する入江悠斗により暴行を受け植物人間となって1年後に死亡した大学生の母親神谷良美は被害者の遺族である。入江悠斗が刺殺された日の神谷良美には明確なアリバイがあるという事実は確認されていた。だが、新田の部下が神谷良美の行動を尾行していた。新田は、神谷良美がホテル・コルテシア東京にチェックインしたと、スマートフォンに連絡を受けた。

 午後4時20分。急遽、稲垣管理官と本宮、梓、能勢、新田は会議室に集合する。
 新田がメモを板書した。
事件の被害者 現在の被害者が過去に起こした事件と被害者   過去の被害者の遺族
入江悠斗 傷害罪(少年院送致)   神谷文和(1年後に死亡)  神谷良美(母親)
高坂義広 強盗殺人事件(懲役18年)   森元俊恵(殺害)     森元雅司(長男)
村山慎二 リベンジポルノ(徴三猶五) 前島唯花(自殺)      前島隆明(父親)

 部下から連絡を受けた新田は、神谷良美をきっかけにして、森元雅司と前島隆明もともに、ホテル・コルテシア東京に本日から二泊の予約を入れていることを確認した。被害者遺族が3人揃って同じホテルに泊まる予定・・・・。
 被害者遺族3人は共犯の関係にあるのか? ホテルに集まる目的は何か?
 交換殺人の可能性が提起される。
 新田は、ホテルでの第4の殺人事件の可能性を思いつく。梓は、被害者の会あるいは被害者遺族の会といった交流サイト等がきっかけとなることを想定して、サイバー犯罪の専門家の協力を得ることを提起する。

 午後6時半。新田は稲垣とともに、ホテル・コルテシア東京の総支配人藤木、宿泊部長久我と面談し、協力を依頼する。「事件は必ず防ぎます。過去二度のケースと同様、未遂に終わらせます。自分が約束します」(p42)と新田は頼み込んだ。
 稲垣は、新田にフロントクラークに扮装して現場監視と捜査をやれと指示する。藤木はその考えに有無を言わせぬ形で同意した。新田がホテル・コルテシア東京の現場での捜査責任者となることに・・・・。
 被害者遺族のチェックインはクリスマス・イヴの前日。それからの二泊が決着をつける場となる。3事件の犯人を確定し、第4の殺人事件の可能性を未然に防止するという困難な秘密裡の捜査が、ホテル・コルテシア東京を舞台に始まって行く。タイムリミットのあるゲームの始まりである。

 このストーリーが読者を引き付ける要素がいくつもある。いくつかポイントを列挙してみよう。
1. 今までと同様に、ホテルへの宿泊客はそれぞれがマスカレードを被っているという前提に立って、捜査・チェックをする。本名での宿泊者。偽名での宿泊者。人様々。

2.ホテルの従業員は変化している。過去の事件を経験していない管理者やスタッフが居る。総支配人藤木は奇策を採る。アメリカに移りコルテシア・ロサンゼルスに勤めている山岸尚美を急遽呼び戻したのだ。過去2回の事件を体験している山岸尚美の協力は、新田にとっても大きな実務戦力になる。
 このシリーズを読み継いできた読者には、彼女の機転が大きな楽しみとなる。

3.ストーリーの冒頭で新田の捜査する入江悠斗殺害事件の事実が明らかになる。ストーリーの進展の中に、3つの事件の被害者が起こしていた事件の内容が、被害者遺族の情報とともに、一層明らかになっていく。被害者遺族のことを知らねば、先の予測も建てられない。知ったからといって、第4の殺人事件の可能性とどう結びつくのか・・・未知数である。それは逆に読者に取っては楽しみとなる。

4.刑事達は、ホテルの従業員に扮装したり、客の振りをしてホテル内に張り込み、監視捜査をする。当面は、被害者遺族の3人-神谷良美、森元雅司、前島隆明-が、ホテル内でどのような行動をとるのか。どのように接触するのかの監視行動から始まって行く。
 この監視が実を結ぶことになるのか・・・・。

5.ホテル・コルテシア東京で起こった過去の事件を知らない梓警部は、新田と藤木の間で共有されてきたホテル内での捜査活動についてのルールを無視する行動に踏み込む。それが、この捜査にどういう影響を及ぼすか・・・・・。読者者には興味津々の一要素となる。
 稲垣管理官は独自の立場で、梓の提案に黙認するような形の合意をする。
 新田は刑事としていわば、板挟みの立場に追い込まれる。

6.梓警部の指示を受けた能勢警部補は専らインターネットからのサイバー情報の収集と分析、そのデータの伝達を担っていく。明らかになった交流サイト情報について、新田を含め捜査陣に報告に来て、コミュニケーションを深めていく。
 インターネットのブログから収集された情報が重要な要素となっていく。

7.思わぬ攪乱要素が発生する。三輪葉月(ミワハヅキ)という宿泊客がチェックインしてくる。三輪葉月のチェックイン手続きは山岸尚美が行う。だが、三輪葉月はフロント内の側に立つ新田に気づいたのだ。予期せぬハプニング!
 三輪葉月は、新田と大学の同期だったのだ。刑法各論とか法社会学で一緒に講義を受けた同期だった。三輪は検察官になった。新田が警察官になったことを彼女は知っていた。山岸がホテルのスタッフには転職組が多いと説明した。三輪は釈然としないものの一旦は引き下がった。三輪葉月の登場が新田にとっては、コインの両面の要素を持つ存在になっていく。おもしろい構想といえる。

8.当然のことながら、チェックイン段階で、どこが怪しげな客が現れてくる。事件との関係性は全く不明だが、気になる客はチェックせざるを得ない。そこから思わぬ繋がりが発見できる可能性も。ホテル・コルテシア東京を舞台としての捜査の難しいところ・・・・。

 大凡の要素に触れた。他にもあるが、それはまあ本書を読み進めて楽しんでいただきたい。

 このストーリー、当初の刑事達の予測通りには進展しない。そこが実におもしろいと言える。
 
 この読後印象をまとめるに辺り、スキャン読みしていて、はたと気づいた箇所があった。このストーリーを読み進めた時は、ほとんど意識せずに字面を読んでいたなと再認識した箇所である。
 「入江悠斗のスマートフォンは、様々な情報を提供してくれる。・・・・その位置情報によれば、入江悠斗は毎週土曜日の夕方になると奇妙な行動を取っていたようだ。アパートを出ると、約二時間、延々と町中を歩き回っているのだ。どこかの店に入るわけでもない。ただひたすら歩き、自宅に戻っている。時間経過を考えるとジョギングではない。ウォーキングにしてもペースが遅いのではないか。すると散歩か。二十四歳の若者が、土曜日に二時間も散歩するだろうか。
 コースは、ある程度決まっているが、いつも全く同じというわけではない。よく似たコースだが微妙に違っていたり、最初からまるっきり別の方向へ進んだりもする。
 この習慣は、少なくとも去年の秋にスマートフォンを買い換えて以降、ほぼ毎週続いている。出かけない日は、調べてみたら雨だった」(p12-13)

 本書が総決算になる意味という意味は、エンディングの山岸尚美の一言の意味にある。
 「ようこそ、ホテル・コルテシア東京へ」

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<東野圭吾>作品の読後印象記一覧 最終版
                    2022年12月現在 35冊


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