
『教場』(2013年刊)、『教場2』(2016年刊)、『教場0 刑事指導官・風間公親』(2017年)、『教場X 刑事指導官・風間公親』(2021年刊)と読み進め、『教場X』を読んだ後で、本書が刊行されていたことを知った。本書は、「STORY BOX」(2018年8月号~2019年11月号、3ヵ月間隔)に連載された後、2019年12月に単行本となった。2020年12月に文庫化されている。表紙は単行本、文庫本ともに同じようだ。
先行して読んだ上記の4冊がそれぞれ短編連作集であることに対して、本書はこのシリーズ初の長編小説である。第102期短期課程(期間6ヵ月間)の学生37人を風間公親が担当する。これがタイトルの風間教場である。
いずれ読むつもりの『新・教場』も少し調べてみると短編連作集である。
なぜ、本書だけが長編なのか? 少し不思議に思いつつ読み進めてすぐに、なるほどと気づいた。それは今春の異動で県警交通部の参事官から警察学校校長になった久光成延(しげのぶ)が重要な方針を打ち出したことによる。久光は落伍者ゼロの教場を作るという目標を風間に課したのである。「一週間の仮入校の間に辞めていく者はそれでいい。ただし正式に入学式を終えた直後からは一人も許さん。いいな。もし一人でも学生が辞めることになったら、どうなるか分かるか」(p12)。教場の責任者となる風間も辞めてもらうと久光は宣言した。落伍者が出た場合は校長の権限を発揮して、風間を警察学校から他の職場へ人事異動させるという意味だろう。そして、「今期のきみは、学生たちを篩にかける鬼教官である必要はないはずだ。その反対だよ。」(p12)と言う。風間は「辞めたいと望む学生を辞めさせない鬼教官でいろ」という課題を与えられたものと解釈した。
つまり、短編の形式ではこの目標を扱うのにはちょっと適さないだろう。学生37人を総体として描いて行くことが前提となるから。短編的要素をベースにしても、それらを巧妙に織り込んで行き、学生37人を常に捉えていくことが背景となる。
これがスタートライン!! 今までとは視点が逆転する。さて、どのような展開になることか・・・・読者は関心を抱かざるを得ない。
ストーリーの構成として織り込まれて行く興味深いところをご紹介しておこう。
1.『教場』において第98期短期課程の学生として登場した宮坂定が登場する。彼は現在K署の地域課に勤務している。風間は宮坂に第102期の学生たちの最初の1週間、仮入校期間中に学生たちの「世話係」として手伝うように手配していた。
その宮坂が第102期生の卒業直前にも、再び重要な役割を担う立場になっていく。その役割を果たすプロセスで、彼は風間のある変化に気づく。
2.平優羽子(たいらゆうこ)は『教場0』に登場した。過去にD署から風間道場に入門し、風間の指導を受けた刑事である。彼女は風間が右眼を失う現場に立ち合う経験をしていた。その優羽子が自らの希望で、警察学校に異動してきていた。
優羽子はこの第102期短期課程<風間教場>の助教の役割を果たす。風間のサポートとして活躍する。『教場0』で刑事平優羽子を知る読者には一層興味深いことと思う。
3.第101期短期課程<風間教場>の学生だった紀野理人(まさと)はK署地域課所属で交番勤務だった。三丁目の交差点の信号機故障の折に交通整理に従事しているのを平優羽子は出勤の途中で目撃していた。その紀野が死亡した通知が掲示板で伝えられる。それはある事象に関わる重要な背景要因だった。その通知は、ある事象の解明にあたり風間の推理に繋がっていく。
4.第102期の学生37人は、仮入校期間に脱落することなく、正式に入校式を終えた。37人全てが一通りこのストーリーに現れるわけではない。ここに登場して来る学生は、脱落するかも知れない要注意人物とその周辺の学生に焦点が当たっていく。今までなら、それらが個別の短編作品となっていただろう。だが、ここでは風間教場から脱落者を出さないために対処すべき対象要素となる。相互に絡み合う人間関係を総合的とらえた上で、どのように風間が対処するかが、このストーリーの読ませどころとなっていく。
ここで浮上してくる学生について、ネタばれにならない範囲内で少し触れておこう。
漆原透介:仮入校の受付締切時間ぎりぎりに駆け込んでくる。教場への入室もぎりぎり
という行動をとった。最初から問題行動が目立った。
兼村昇英:風間との面談で、兼村は将来警察で広報をやりたいという。マスメディアの
記者という仕事に関心を抱いている。
伊佐木陶子:警察一家の一人娘。父と叔父が県警幹部。ある時点から成績が低迷する。
比嘉太偉智:大学時代に柔道界で活躍した猛者。直情径行型。女子に甘えたがる傾向
「注意報告」に友人のこととして、恋愛のことについて平助教に相談相手
になってほしい旨、実名入りで提出してきた。茶道クラブに所属。
杣利希斗:警察一家の子。母親が警察組織の幹部。掴みどころがない学生。
鋭い観察力を発揮する。心に屈託を抱く。茶道クラブに所属。
「注意報告書」から、助教の優羽子は、さきがけ第三寮の倉庫からの紛失品を列挙し報告した内容と、女子学生中何人かの喫煙行為の可能性を示唆する内容の2件を気にする。
このストーリーはこれら要注意人物たちと風間が人間関係を深めていく。また、授業中にさりげえなく情報収集に繋がる話や実習のさせ方をしていく。その上で問題事象を回避する道を鮮やかに拓いていく。そのプロセスが読ませどころとなる。
5.”警察一家”の学生の入校は、常に一定割合ある。これがどういう意味合いと影響をもつか。この点が織り込まれている。この要素が与える影響の側面が描かれる。
6.今回は、風間教場で、風間は今までより多く教授科目を担当することになる。このストーリーでは、風間が学生に教授する場面が頻繁に出て来る。その講義内容は読者にとっても、有益な副産物になる。例えば他の学生の身長を予測させる。その予測値の持つ意味。
風間は、「地域警察」「拳銃操法」、国語。勿論、ホームルームを担当する。学生のクラブ活動にも目配りする。一人の教官がこれだけの科目を兼任するのは異例中の異例という。そんな状況に風間は投げ込まれることになる。
これはある意味で長編としてのストーリー内容の幅と奥行きを広げる上で大きくプラスに作用していると思う。
7.風間は教場で気づいたことがあれば「注意報告」を提出するように課題を与えた。
学生たちが提出する「注意報告」は風間にとって学生と警察学校内のことについての重要な情報源となっていく。風間にとり脱落者を出さないための推理と対処法を考える材料となる。
8.校長の久松は、独自の情報網を確立しているのか、風間教場の様子を良く把握している。時折、風間に己の意見、助言を示唆的に語る機会を持つようになる。
風間がその示唆にどう対処していくかも興味深い。
9.久光校長は、風間に「学生だけでなく助教を育てることも教官の仕事だからな」とさらに課題を与えた。これもまた、それ以降のストーリーの展開の伏線が敷かれたことになる。当たり前のことじゃないかとさらりと読み進めたが・・・・。後で意図が理解できた。
このストーリーの最後の一行が重要な意味を秘めている。
私には意想外の一行、エンディングだった。
だが、それが逆にこの風間教場の余韻を深めることになっている。
ご一読ありがとうございます。
先行して読んだ上記の4冊がそれぞれ短編連作集であることに対して、本書はこのシリーズ初の長編小説である。第102期短期課程(期間6ヵ月間)の学生37人を風間公親が担当する。これがタイトルの風間教場である。
いずれ読むつもりの『新・教場』も少し調べてみると短編連作集である。
なぜ、本書だけが長編なのか? 少し不思議に思いつつ読み進めてすぐに、なるほどと気づいた。それは今春の異動で県警交通部の参事官から警察学校校長になった久光成延(しげのぶ)が重要な方針を打ち出したことによる。久光は落伍者ゼロの教場を作るという目標を風間に課したのである。「一週間の仮入校の間に辞めていく者はそれでいい。ただし正式に入学式を終えた直後からは一人も許さん。いいな。もし一人でも学生が辞めることになったら、どうなるか分かるか」(p12)。教場の責任者となる風間も辞めてもらうと久光は宣言した。落伍者が出た場合は校長の権限を発揮して、風間を警察学校から他の職場へ人事異動させるという意味だろう。そして、「今期のきみは、学生たちを篩にかける鬼教官である必要はないはずだ。その反対だよ。」(p12)と言う。風間は「辞めたいと望む学生を辞めさせない鬼教官でいろ」という課題を与えられたものと解釈した。
つまり、短編の形式ではこの目標を扱うのにはちょっと適さないだろう。学生37人を総体として描いて行くことが前提となるから。短編的要素をベースにしても、それらを巧妙に織り込んで行き、学生37人を常に捉えていくことが背景となる。
これがスタートライン!! 今までとは視点が逆転する。さて、どのような展開になることか・・・・読者は関心を抱かざるを得ない。
ストーリーの構成として織り込まれて行く興味深いところをご紹介しておこう。
1.『教場』において第98期短期課程の学生として登場した宮坂定が登場する。彼は現在K署の地域課に勤務している。風間は宮坂に第102期の学生たちの最初の1週間、仮入校期間中に学生たちの「世話係」として手伝うように手配していた。
その宮坂が第102期生の卒業直前にも、再び重要な役割を担う立場になっていく。その役割を果たすプロセスで、彼は風間のある変化に気づく。
2.平優羽子(たいらゆうこ)は『教場0』に登場した。過去にD署から風間道場に入門し、風間の指導を受けた刑事である。彼女は風間が右眼を失う現場に立ち合う経験をしていた。その優羽子が自らの希望で、警察学校に異動してきていた。
優羽子はこの第102期短期課程<風間教場>の助教の役割を果たす。風間のサポートとして活躍する。『教場0』で刑事平優羽子を知る読者には一層興味深いことと思う。
3.第101期短期課程<風間教場>の学生だった紀野理人(まさと)はK署地域課所属で交番勤務だった。三丁目の交差点の信号機故障の折に交通整理に従事しているのを平優羽子は出勤の途中で目撃していた。その紀野が死亡した通知が掲示板で伝えられる。それはある事象に関わる重要な背景要因だった。その通知は、ある事象の解明にあたり風間の推理に繋がっていく。
4.第102期の学生37人は、仮入校期間に脱落することなく、正式に入校式を終えた。37人全てが一通りこのストーリーに現れるわけではない。ここに登場して来る学生は、脱落するかも知れない要注意人物とその周辺の学生に焦点が当たっていく。今までなら、それらが個別の短編作品となっていただろう。だが、ここでは風間教場から脱落者を出さないために対処すべき対象要素となる。相互に絡み合う人間関係を総合的とらえた上で、どのように風間が対処するかが、このストーリーの読ませどころとなっていく。
ここで浮上してくる学生について、ネタばれにならない範囲内で少し触れておこう。
漆原透介:仮入校の受付締切時間ぎりぎりに駆け込んでくる。教場への入室もぎりぎり
という行動をとった。最初から問題行動が目立った。
兼村昇英:風間との面談で、兼村は将来警察で広報をやりたいという。マスメディアの
記者という仕事に関心を抱いている。
伊佐木陶子:警察一家の一人娘。父と叔父が県警幹部。ある時点から成績が低迷する。
比嘉太偉智:大学時代に柔道界で活躍した猛者。直情径行型。女子に甘えたがる傾向
「注意報告」に友人のこととして、恋愛のことについて平助教に相談相手
になってほしい旨、実名入りで提出してきた。茶道クラブに所属。
杣利希斗:警察一家の子。母親が警察組織の幹部。掴みどころがない学生。
鋭い観察力を発揮する。心に屈託を抱く。茶道クラブに所属。
「注意報告書」から、助教の優羽子は、さきがけ第三寮の倉庫からの紛失品を列挙し報告した内容と、女子学生中何人かの喫煙行為の可能性を示唆する内容の2件を気にする。
このストーリーはこれら要注意人物たちと風間が人間関係を深めていく。また、授業中にさりげえなく情報収集に繋がる話や実習のさせ方をしていく。その上で問題事象を回避する道を鮮やかに拓いていく。そのプロセスが読ませどころとなる。
5.”警察一家”の学生の入校は、常に一定割合ある。これがどういう意味合いと影響をもつか。この点が織り込まれている。この要素が与える影響の側面が描かれる。
6.今回は、風間教場で、風間は今までより多く教授科目を担当することになる。このストーリーでは、風間が学生に教授する場面が頻繁に出て来る。その講義内容は読者にとっても、有益な副産物になる。例えば他の学生の身長を予測させる。その予測値の持つ意味。
風間は、「地域警察」「拳銃操法」、国語。勿論、ホームルームを担当する。学生のクラブ活動にも目配りする。一人の教官がこれだけの科目を兼任するのは異例中の異例という。そんな状況に風間は投げ込まれることになる。
これはある意味で長編としてのストーリー内容の幅と奥行きを広げる上で大きくプラスに作用していると思う。
7.風間は教場で気づいたことがあれば「注意報告」を提出するように課題を与えた。
学生たちが提出する「注意報告」は風間にとって学生と警察学校内のことについての重要な情報源となっていく。風間にとり脱落者を出さないための推理と対処法を考える材料となる。
8.校長の久松は、独自の情報網を確立しているのか、風間教場の様子を良く把握している。時折、風間に己の意見、助言を示唆的に語る機会を持つようになる。
風間がその示唆にどう対処していくかも興味深い。
9.久光校長は、風間に「学生だけでなく助教を育てることも教官の仕事だからな」とさらに課題を与えた。これもまた、それ以降のストーリーの展開の伏線が敷かれたことになる。当たり前のことじゃないかとさらりと読み進めたが・・・・。後で意図が理解できた。
このストーリーの最後の一行が重要な意味を秘めている。
私には意想外の一行、エンディングだった。
だが、それが逆にこの風間教場の余韻を深めることになっている。
ご一読ありがとうございます。