遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『若冲の花』  辻 惟雄 編    朝日新聞出版

2024-03-03 21:47:34 | アート関連
 鴨川の東岸沿いは川端通。鴨川に架かる御池大橋とその北の二条大橋との中間位に、東西方向に仁王門通が通っている。信行寺は、この仁王門通と東大路通との交差点の北西角に位置する。仁王門通をそのまま東に進めば、岡崎公園のエリアに至る。京都国立近代美術館や京都市京セラ美術館へ行く時には、この仁王門通を歩み、信行寺の側を通り過ぎることを何十年と繰り返してきている。普段は非公開のお寺なので、この寺の本堂外陣の天井が、伊藤若冲筆「花卉図 天井画」で飾られていることを知らなかった。かなり前だが、当寺の特別公開の報道を新聞で読み、この天井画の存在を知った。当時、残念ながら拝観する機会を逸した。その後に本書が出版されていることを知った。本書は2016年9月に第1刷が刊行されている。購入後部分読みしていただけで、『奇想の系譜』を読み終えた勢いで、やっと通読した。

 本書は、信行寺に現存する「花卉図 天井画」を主軸にしながら、伊藤若冲の描いた「花」が現存する計3ヵ所をとりあげている。
 信行寺の外陣格天井には、総数168枚の板絵が嵌め込まれている。若冲の款記1枚、花167枚である。格天井の1マスは38cm角で、その中に約33cmの円相に花が描かれ、周囲は群青色に塗り潰されているようだ。図版では周辺が黒色に見える花卉図天井画である。

 あとの2ヵ所は、滋賀県大津市にある義仲寺と讃岐の金比羅さんで知られる香川県琴平町の金刀比羅宮である。
 義仲寺境内には、松尾芭蕉をまつる「翁堂」があり、その天井に若冲筆「花卉図」が板絵として格子天井に嵌め込まれている。翁堂は「無名庵」とも称されている。義仲寺を以前に探訪したことがあり、この翁堂の天井を見上げてはいた。本書を読み知ったことは、信行寺の花卉図とこの翁堂の花卉図は、その形式からしてルーツが同じと推定されていることだ。。
 ならば、そのルーツはどこか。もとは、若冲が最晩年に、伏見・深草の石峰寺観音堂の天井画として描いたものだという。理由は不詳だが、この観音堂自体は安政6年(1859)以前に破却されたようである。花卉図天井画は古美術商を経由して、現在の地で天井画として保存されてきたことになる。
 金刀比羅宮の奥書院に若冲が49歳の時に障壁画を描いたという。だが、現在はその中の「百花図」だけが現存するそうだ。若冲が障壁画を完成させた80年後、損傷が激しくなったことにより、天保15年(1844)に岸岱(ガンタイ)により描き直されたという。つまり、若冲筆「百花図」が現存する。

 本書は縦25.8cm、横18.4cmというサイズなので、信行寺の花卉図が比較的大きい図版で掲載されていて、間近に図を眺める上で見やすい。天井画を見上げるよりも、図の細部を具体的に鮮明に、時間を気にせず眺めることができるのがメリットだろう。実物を簡単には見られないので、代替手段として便利である。
 本書では花卉図に描かれた花々が全て新たに同定され、主な花について花卉図の掲載と解説が載せてある。見開きで花卉図と実際の花の写真との対比ページも載っている。
 信行寺の花167枚が同定された後の分類結果をご紹介しておこう。
牡丹30枚、菊(家菊)15枚、梅10枚、朝顔6枚、百合6枚、杜若4枚、水仙4枚、蓮4枚、藤4枚(?とされるものも含む)だそうである。
 
 本書の表紙に記された副題「85年の人生、画家は何処に辿り着いたか」という問いかけも興味深い。

 本書の解説文の目次構成をご紹介すれば、本書の全体イメージが少しできるかもしれない。以下の構成になっている。

 無限の個性をあらわにして紡ぎ出された胸中の花々      美術史家 辻惟雄
 格天井の花々を「同定」する         植物分類学 理学博士 光田重幸
 若冲が描いた江戸中期の「花」        植物分類学 理学博士 光田重幸
 描かれた花に見る江戸中期の栽培植物     植物分類学 理学博士 光田重幸
 本堂と一体化した格天井の花々は仏の心を宿し、浄土へと誘います。
                            信行寺住職 本多孝昭
 義仲寺翁堂「天井画」                       岡田秀之
 「応挙」と「若冲」                        岡田秀之
 特別インタビュー 
   歴代別当の書斎だった奥書院を美しく彩った京の絵師、若冲の花の絵
                         金刀比羅宮権宮司 琴陵泰裕
 整然と配置された濃密な花の世界 (付記:若冲筆「百花図」関連)  岡田秀之
 絢爛たる花々とともに庶民の野菜まで描かれている(付記:若冲筆「百花図」関連)
                       植物分類学 理学博士 光田重幸
著者名の記された文以外に本書の編集部によるものと推測するセクションとして、
 人物で綴る「若冲の時代」 /  伊藤若冲の生涯   が併載されている。
なお、岡田秀之さんの最後の文には、プロフィールが付記されていて、本書の発刊時点ではMIHO MUSEUM 学芸員であることがわかる。

 冒頭の辻惟雄さんの一文には、若冲の花々について、「心象デザイン」「心象スケッチ」と評されていること。「若冲の花は、生きとし生けるものは皆成仏するという『草木国土悉皆成仏』の仏教思想で描かれたので、本草学者が描く植物画とは一線を画しています」「現代の植物学者が識別できるほど、若冲が植物の特徴をとらえて描いていたということは、大きな発見でした」(p19)と語っていること。またアニミズムの視点で若冲を論じられていること。この点をご紹介しておきたい。若冲自身と彼の描法について学ぶ上で役立つ一文と思う。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
信行寺   :「京都」
[京都 美の鑑賞歩き]第7回~信行寺本堂の天井に描かれた伊藤若冲の傑作が初公開!
                             :「サライ」
天才絵師 伊藤若冲の“最晩年の傑作”を貸切で鑑賞!:「そうだ京都行こう」
義仲寺   :「滋賀・びわ湖」
「義仲寺」の観光・見どころ:木曽義仲・松尾芭蕉に触れる場所 :「BIWAKO HOTEL」
義仲寺境内 :「文化遺産オンライン」
金刀比羅宮  ホームページ
  「お待たせ!こんぴらさんの若冲展」 20234.8~6.11 終了
金刀比羅宮奥書院  :「文化遺産オンライン」
第49話 岸岱筆 柳・白鷺図 菖蒲・群蝶図 :「金刀比羅宮美の世界」
岸岱    :ウィキペディア

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『奇想の系譜 又兵衛--国芳』  辻 惟雄  ちくま学芸文庫
『愛のぬけがら』 エドヴァルト・ムンク著  原田マハ 翻訳  幻冬舎
「遊心逍遙記」に掲載した<アート>関連の本の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 34冊

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『奇想の系譜 又兵衛--国... | トップ | 『レンブラントをとり返せ ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

アート関連」カテゴリの最新記事