遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』   今村翔吾   祥伝社文庫

2024-03-17 18:14:07 | 今村翔吾
 本書が現時点では羽州ぼろ鳶組シリーズ、文庫の最新刊。「幕間」という言葉が付いているように、このシリーズの本流からは少し外れている。本流は、前回ご紹介の『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』上・下巻で一区切りを迎えたようである。
 その後に本書が令和4年(2023)3月に文庫版で刊行された。

 本書はこれまでの書き下ろしの文庫と異なる。異なる点が2つある。
 1.本書に3つの短編が収録されていること。
 2.これら作品が『小説NON』(2022年1月号~4月号)に掲載された後に加筆修正されて、文庫刊行となっていること。

 さらに興味深いのは「幕間」という言葉が「羽州ぼろ鳶組」の後に付記されていることである。『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』の場合は、時を遡り、シリーズ以前の始まりを描き加えることで、『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』というシリーズ最長の長編を生み出した。それは松永源吾の火消人生において、憧れるシンボル的存在、伊神甚兵衛と訣別し、そのシンボルを乗り越えて行かねばならぬ立ち位置に己が居るということになった。これまでのシリーズの一区切りともいえる。
 その後にこの『羽州ぼろ鳶組 幕間』が刊行された。幕間は、芝居用語。「芝居で、劇が一段落ついて幕をおろしている間。芝居の休憩時間」(『新明解国語辞典』三省堂)ということだから、この語句をタイトルの一部に冠するということは、羽州ぼろ鳶組シリーズを、今後何等かの形で第二ステージに進展させる構想があることを期待させる。『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』の「あとがき」で著者がそれらしきことに触れていた。
 読者としては、そうあってほしい。

 さて、この『幕間』のご紹介に移る。
 本書は火消ワールドとして捉え直した立場から生み出されたエピソード集といえる。羽州ぼろ鳶組・新庄藩火消頭取、松永源吾と関係の深い火消仲間の方に焦点が移る。個別の火消の人生に光を当てて行く。松永源吾は、ここに取り上げられた火消たちにとって、彼らの内心に居場所を占める存在になる。ひとり一人の火消が主役となり、そこに源吾との接点がなにがしか織り込まれていく。今まで脇役として登場してきた火消がここでは主役となる。火消物語という火消ワールドへのステップアップと捉えてよいのかもしれない。
 『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』に、源吾の思いとして、
「市井の人々はいつしか火消を英雄のように祭り上げるようになった。しかし彼らが見ているのは火事場での姿だけ。その火消にもそれぞれの人生があり、背負っているものがあることを知らない。己が火消になってようやく解ったことである」(p214)
という一節があった。
 それぞれの火消の人生、その一端がここに具体化されている。
 つまり、火消物語短編連作集である。羽州ぼろ鳶組シリーズからのスピンアウト短編シリーズと言ってもよい。江戸火消は数が多い。この『幕間』がシリーズ化してもおかしくない気がする。

 簡略に3つの短編の内容と読後印象に触れておきたい。

<第一話 流転蜂(ルテンホウ)>
 遠島・八丈島送りとなる流人が主人公。島送りの船上の点描から始まる。流人の久平に名を尋ねられたもう一人の流人は留吉と答える。彼は元武士だが、仮名を名乗り、八丈島に着いた後もその名で通す。この短編の興味深いところは、留吉の正体が最終ステージで明らかになるストーリー構成の面白さにある。
 八丈島に流人となった罪人が島でどのような生活を送り、島人とはどのような関係を築いていくことになるのか。この側面がストーリーの背景として織り込まれていくので、読者としては、八丈島送りの流人生活のイメージと知識がこの時代小説の副産物となる。
 留吉は「村割流人」として八丈島南東の中ノ郷村に割り当てられ、そこでの生活が始まる。村名主は流人証文で本名を知ってはいるが、本人の希望通り留吉の仮名を認める。留吉は流人生活に慣れていく。そして、刑期を終えても島に留まり漁師生活を続ける角五郎との人間関係を深めていき、彼から漁法を学ぶ。留吉は徐々に角五郎の過去を知ることに。
 一方で、三根村での失火を契機に、島に新たに火消組が編成されることになる。流人と島民の合同組織。元火消の流人がリーダーになり、火消訓練から始める。留吉は参加しない。
 山火事が発生し、それが中ノ郷村に飛び火する形に進展する。角五郎と漁に出ていた留吉は火事場に向かうことになる。村を守り、子供の救助のために、己の正体を明かす。
 この短編のエンディングが実に意味深長である。火消ワールドの大きな展開につながる伏線が敷かれた思いが残る。

<第二話 恋大蛇>
 この短編が本書のタイトルになっている。文庫のカバーに使われた火消の後姿。その判別箇所は、腰紐に吊した瓢簞。そう、野条弾馬(ノジョウダンマ)が主人公である。表紙の右上、猫を抱く女は、緒方屋の一人娘、紗代。弾馬の異名は「蟒蛇(ウワバミ)」。蟒蛇とは大蛇(オロチ)のこと。この短編、弾馬と紗代の恋の物語。弾馬のプロフィールが明らかになっていく。
 時は安永2年(1773)文月(7月)から始まる。当時の淀城と淀藩がどのような状況にあったかという点が時代知識として、読者には副産物となる。
 おもしろいのは、安永3年秋、弾馬が淀城での教練中に、松永源吾の妻、深雪から厚みのある封書を受け取る。弾馬が源吾を介して深雪に依頼した料理のレシピが到着したのだ。松永家での源吾と深雪の語り合う一場面が彷彿となってくる。こんな形でつながるのか・・・・と。勿論、弾馬は緒方屋を訪れ、紗代に深雪の文を手渡す。
 火消は何時命を落とすかもしれない。そうなれば残された者は嘆き苦しむことに。その思いから弾馬は紗代の思いに気付きながら、紗代を思い切ろうと試みる・・・・。
 当番月である神無月(10月)、小火が立て続けに起こる。弾馬が紗代に己の決意を告げ、緒方屋を飛び出した後、淀藩京屋敷戻る途中、蛸薬師御幸町が火元の火事に気づく。勿論、弾馬は直に火事場に駆けつけていく。が、瓢簞を緒方屋に置き忘れたことに気づく。さて、弾馬どうする・・・・。この火事が弾馬の生き方を変えることになる。
 この短編のエンディングも興味深い。大坂火消を兼ねる律也が椿屋として、緒方屋を訪れる。緒方屋は1年間、火消を借りることにしたという。この時、律也は弾馬に、老中田沼意次が、江戸火消と江戸以外の諸国火消を紅白二組にして「技比べ」をさせ、研鑽の場作りの準備を進めていると告げる。弾馬はすぐさま反応する。この終わり方、ここにもシリーズ続編の構想の広がりを期待させるではないか。
 
<第三話 三羽鳶>
 安永3年(1774)師走(12月)町火消め組の頭、銀治はいつもの通り管轄内を夜回りしていた。管轄内の二葉町の火事に気づく。火元は空き家。め組が消口を取り、午前4時過ぎに鎮火させた。火元の空き家跡を火事場見廻の柴田と銀治が検分すると、五人の骸が肩を寄せ合うように並び、消し炭の如くに黒変していた。五人の中に女が二人いると銀治は判じた。逃げようとした様子がない。銀治は心中ではないかと推理した。だが、その五つの屍に何かがおかしいと銀治の経験が告げている。銀治は、今日一日、現場をこのままにしておくことを柴田に願い出る。け組の燐丞に屍の検分をしてもらうためである。柴田は了解した。燐丞は医者を兼ねている。燐丞は、屍の内、男一人は武士、二人の女の内一人は子を宿していた等、検分結果を柴田と銀治に告げた。
 焼け跡からの帰路、銀治はこの件を追うと燐丞に告げる。子を宿していた女に銀治は心当たりがあったのだ。燐丞は銀治に多分、尾(ツ)けられていると告げる。そして、闇が深いようですと語り、この件の探索に加担するという。さらに、私たちの世代で最も荒事が得意な人に、力をかして貰おうと即断する。
 いくつかの火事が発生する中で同種の事件がついに再発・・・・・。
 事件解決後に読売の文五郎が、この事件の顛末を読売に書く。その末尾に記す。
「まさしく銀波の世代といえり。江戸火消に隙間なく、ますます天晴(アッパレ)なり」(p293)と。
 松永源吾、大音勘九郎ら「黄金」の世代は評判だった。その次の世代に、「銀波」の世代という名がついた。これが黄金の世代を頂点にした新たな火消ワールドの始まりにつながるのではないか。

 この『幕間』は、『羽州ぼろ鳶組』第二ステージが引き続いていく期待を抱かせる。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『襲大鳳 羽州ぼろ鳶組』 上・下   祥伝社文庫
『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』 祥伝社文庫
『双風神 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『塞王の楯』   集英社

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする