羽州ぼろ鳶組シリーズ第2弾。不審火即ち火付けが連続して発生する。火付けの規模は小規模なものが続いていく。その先で大きな規模の火付けに発展していく。その一連の火災に、不思議な共通点があった。
この第2弾は、平成29年(2017)年7月に書下ろし文庫として刊行された。
今回、始まりの設定がまず興味深い。明和の大火(1772年)の後、霜月(11月)に改元があった。安永2年(1773)年弥生(3月)10日、白金で火の不始末による火災が起こった。新庄藩火消、通称羽州ぼろ鳶組は、勿論すぐさま火事現場に駆けつけた。この時、頭取並の鳥越新之助が指揮を執る。読者としてその想定をしていなかったので、読み始めて、なぜ?と意表をつかれた。火事場での指揮に不慣れな新之助の描写がおもしろい。
それはなぜか。新庄藩江戸家老北条六右衛門が急遽帰国する必要があり、それに火消方頭取松永源吾が深雪を伴い安永2年の年初から同行した。源吾は国元の防災状況の調査と道標を示すという使命を担った。また、加持星十郎は暦に関する事で山路連貝軒に随行し京都に出かけていた。源吾と肝胆相照らす仲となっていた火付盗賊改方の長谷川平蔵宣雄が、改元の時点から京都西町奉行に栄転していた。長谷川平蔵に請われて星十郎は京都で長谷川の手助けをすることにもなる。そんな次第で、源吾の不在中新之助が筆頭となる。
新之助にとっては、武家火消の頭取並として力量を問われ、火消として修羅場に立つことになる。一方で、これは新之助の覚悟と成長の機会になる。彼は一歩逞しくなる。
新之助は彦弥、寅次郎と会議を開き、最近起こった火災の分析をする。寅次郎は11日前に湯島天神下町が火付けだったこととその火消の経緯に不審感を抱いていた。
老中田沼意次により、府下の火消は防火の観点も考慮し復興の手伝いを命じられていた。新庄藩火消もまた、町へ繰り出していたが、銀座の南端、丸屋町あたりの火事に気づく。勿論、火事現場に駆けつける。そこで不審な状況に気づく。未だ太鼓も半鐘もなっていない。この不審点がストーリーの背景となっていく。
このシリーズを読み始めて、江戸時代の火消の制度・仕組みが少しずつわかるようになってきた。今回焦点となっている火消の規則がある。
「火消には独自の規則がある。まずは士分の火消が太鼓を打ち、それを聞いた後でないと町火消は半鐘を鳴らすことは出来ない。さらに同じ士分でも、最も火元に近い大名家が初めに太鼓を打つ決まりとなっていた」(p25)
太鼓が鳴らなければ、半鐘を鳴らせない。半鐘を鳴らせないと、火消の活動ができないという馬鹿げた縛りとなっていたという。
勿論、方角火消桜田組、新庄藩火消もまた、この規則に縛られている立場である。火事現場に駆けつけた火消たちは皆、この規則に縛られている。
さて、羽州ぼろ鳶組、どうするか? 新之助、どのように指揮を執る?
3日後、弥生16日の黄昏時、麹町三丁目の空き家で出火。
この時には、もう一つの仕組み、奉書の存在が描き込まれる。「奉書とは幕府からの命令書であり、これがないと元来は管轄外での活動は許されない」(p44) というもの。方角火消はその例外になるという扱いのようだが、「それでも奉書が出れば、地先での無用な揉め事を回避できる」という次第。「他の方角火消は、これが出ない限り、わざわざ骨を折る真似はしないのが普通で、どこにでも向かう新庄藩の方が例外といえた」(p45)
火消のシステムが少しずつわかってくると、このシリーズの読者としておもしろさが一層加わってくる。
第1作では、大火が扱われた。火付け側は、かなりの高度な技術と知識を駆使し、己の恨みをぶつけようとする元花火師が加担していた。火付けの一団の背後には、政治的野心を持つ黒幕が潜んでいた。
この第2作では、小規模の火付けが連続的に引き起こされていく。火付け側の技術と知識はレベルが下がるが、逆に江戸火消が縛られている規則や仕組みを逆手にとって、それを悪用する戦術に出て来たのだ。この背後にも黒幕の存在がうかがえる。
麹町三丁目の火事現場に新之助以下、ぼろ鳶組は出張っている。そこに国元新庄から戻ったばかりの源吾と深雪が駆けつけてきた。新之助はいわばほっとする。
源吾の即断と指示から、状況の展開がおもしろくなっていく。
源吾が馘になった松平家のある飯田町で火災が発生した。松平家は太鼓をならさない。だが、町火消の万組が魁けの鐘を鳴らした。万組の頭・魁武蔵が意識的に先打ちを行ったのだ。松平家が太鼓を鳴らさないことから、源吾は松平家に踏み込む。それを端緒にして火付け側のやり口を源吾は把握するようになっていく。源吾は京に居る長谷川平蔵に連絡をとり、彼を仲介にして田沼意次の力を借りようと動く。星十郎の戻りも促す。
火付け側の魔手は、江戸一番の大名火消加賀鳶を率いる大音勘九郎を罠に掛ける。一方で羽州ボロ鳶組の動きをも阻止せんと図る。大音勘九郎の娘・お琳を攫う。他方、ボロ鳶組の彦弥を慕うお七もまた攫われてしまう。加賀鳶とぼろ鳶組の火事場出動を妨害しようとする行動を顕わにしてきた。
勿論、源吾は二人の娘の探索に乗りだす。この顛末が一つの読ませどころになる。
加賀鳶とぼろ鳶組に妨害の手を打てたと判断する火付け側は、深川木場の材木商い名胡屋に火付けをした。火の手は本所方面へ北上していく。だが、本所、深川界隈の火消は全く出ていない。皆、我身がかわいい・・・・そんな行動をとる。
大音勘九郎は娘を犠牲にしても加賀鳶の誇りと職務を優先せんと決意し、加賀鳶の一部を率いて出向いていく。源吾はこの火事場出動にある策略を企てた。この策略がおもしろい。源吾の本領が発揮されていく。
源吾の判断力と行動力、新之助の記憶力と剣技、星十郎の分析力と知略、彦弥と寅次郎の特技などが相乗効果を生み出していく。
この大火にどのように源吾や勘九郎が果敢に挑んでいくのか。少数であっても、業火を前に、命を張って駆けつける火消群もいた。協力者もいる。命を張った男たちの団結と行動が始まって行く。この山場に読者が引きこまれていくのは必定となる。
序でに、本所深川界隈には、定火消、大名火消、町火消、方角火消が揃っていることを本書で知った。ここは町火消であるいろは四十八組の管轄外の地域で、本所深川専門の町火消が1,280人もいるという。さらに、所々火消が本所の二箇所にいる。飛火防組合もいるという。
江戸には、複雑怪奇な火消構造が形成されていたようだ。
この第2作、最後の最後に、深雪が源吾にビッグ・ニュースを伝える。
それともう一つ、羽州ぼろ鳶組に新たな戦力が加わることになる。
エンターテインメント性も十分に盛り込んでいる。大音勘九郎の娘お琳の心意気がおもしろい。また、「海だの、陸だの関係ねえ。人が人を救うのに理屈がいるか! 男が男を恃むのに訳がいるか!」(p319) と叫んだ鳳丸の船頭の櫂五郎と源吾が最後に交わす会話がさりげなく書かれている。だが、その会話をよく読むととってもおもしろい内容になっている。
第3作がどう進展していくかを期待しよう。
ご一読ありがとうございます。
補遺
江戸の火消 :「東京消防庁」
へらひん組がなかった「いろは四十八組」 :「東京消防庁」
大名火消 :「コトバンク」
火消 :ウィキペディア
纏 :ウィキペディア
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『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『塞王の楯』 集英社
この第2弾は、平成29年(2017)年7月に書下ろし文庫として刊行された。
今回、始まりの設定がまず興味深い。明和の大火(1772年)の後、霜月(11月)に改元があった。安永2年(1773)年弥生(3月)10日、白金で火の不始末による火災が起こった。新庄藩火消、通称羽州ぼろ鳶組は、勿論すぐさま火事現場に駆けつけた。この時、頭取並の鳥越新之助が指揮を執る。読者としてその想定をしていなかったので、読み始めて、なぜ?と意表をつかれた。火事場での指揮に不慣れな新之助の描写がおもしろい。
それはなぜか。新庄藩江戸家老北条六右衛門が急遽帰国する必要があり、それに火消方頭取松永源吾が深雪を伴い安永2年の年初から同行した。源吾は国元の防災状況の調査と道標を示すという使命を担った。また、加持星十郎は暦に関する事で山路連貝軒に随行し京都に出かけていた。源吾と肝胆相照らす仲となっていた火付盗賊改方の長谷川平蔵宣雄が、改元の時点から京都西町奉行に栄転していた。長谷川平蔵に請われて星十郎は京都で長谷川の手助けをすることにもなる。そんな次第で、源吾の不在中新之助が筆頭となる。
新之助にとっては、武家火消の頭取並として力量を問われ、火消として修羅場に立つことになる。一方で、これは新之助の覚悟と成長の機会になる。彼は一歩逞しくなる。
新之助は彦弥、寅次郎と会議を開き、最近起こった火災の分析をする。寅次郎は11日前に湯島天神下町が火付けだったこととその火消の経緯に不審感を抱いていた。
老中田沼意次により、府下の火消は防火の観点も考慮し復興の手伝いを命じられていた。新庄藩火消もまた、町へ繰り出していたが、銀座の南端、丸屋町あたりの火事に気づく。勿論、火事現場に駆けつける。そこで不審な状況に気づく。未だ太鼓も半鐘もなっていない。この不審点がストーリーの背景となっていく。
このシリーズを読み始めて、江戸時代の火消の制度・仕組みが少しずつわかるようになってきた。今回焦点となっている火消の規則がある。
「火消には独自の規則がある。まずは士分の火消が太鼓を打ち、それを聞いた後でないと町火消は半鐘を鳴らすことは出来ない。さらに同じ士分でも、最も火元に近い大名家が初めに太鼓を打つ決まりとなっていた」(p25)
太鼓が鳴らなければ、半鐘を鳴らせない。半鐘を鳴らせないと、火消の活動ができないという馬鹿げた縛りとなっていたという。
勿論、方角火消桜田組、新庄藩火消もまた、この規則に縛られている立場である。火事現場に駆けつけた火消たちは皆、この規則に縛られている。
さて、羽州ぼろ鳶組、どうするか? 新之助、どのように指揮を執る?
3日後、弥生16日の黄昏時、麹町三丁目の空き家で出火。
この時には、もう一つの仕組み、奉書の存在が描き込まれる。「奉書とは幕府からの命令書であり、これがないと元来は管轄外での活動は許されない」(p44) というもの。方角火消はその例外になるという扱いのようだが、「それでも奉書が出れば、地先での無用な揉め事を回避できる」という次第。「他の方角火消は、これが出ない限り、わざわざ骨を折る真似はしないのが普通で、どこにでも向かう新庄藩の方が例外といえた」(p45)
火消のシステムが少しずつわかってくると、このシリーズの読者としておもしろさが一層加わってくる。
第1作では、大火が扱われた。火付け側は、かなりの高度な技術と知識を駆使し、己の恨みをぶつけようとする元花火師が加担していた。火付けの一団の背後には、政治的野心を持つ黒幕が潜んでいた。
この第2作では、小規模の火付けが連続的に引き起こされていく。火付け側の技術と知識はレベルが下がるが、逆に江戸火消が縛られている規則や仕組みを逆手にとって、それを悪用する戦術に出て来たのだ。この背後にも黒幕の存在がうかがえる。
麹町三丁目の火事現場に新之助以下、ぼろ鳶組は出張っている。そこに国元新庄から戻ったばかりの源吾と深雪が駆けつけてきた。新之助はいわばほっとする。
源吾の即断と指示から、状況の展開がおもしろくなっていく。
源吾が馘になった松平家のある飯田町で火災が発生した。松平家は太鼓をならさない。だが、町火消の万組が魁けの鐘を鳴らした。万組の頭・魁武蔵が意識的に先打ちを行ったのだ。松平家が太鼓を鳴らさないことから、源吾は松平家に踏み込む。それを端緒にして火付け側のやり口を源吾は把握するようになっていく。源吾は京に居る長谷川平蔵に連絡をとり、彼を仲介にして田沼意次の力を借りようと動く。星十郎の戻りも促す。
火付け側の魔手は、江戸一番の大名火消加賀鳶を率いる大音勘九郎を罠に掛ける。一方で羽州ボロ鳶組の動きをも阻止せんと図る。大音勘九郎の娘・お琳を攫う。他方、ボロ鳶組の彦弥を慕うお七もまた攫われてしまう。加賀鳶とぼろ鳶組の火事場出動を妨害しようとする行動を顕わにしてきた。
勿論、源吾は二人の娘の探索に乗りだす。この顛末が一つの読ませどころになる。
加賀鳶とぼろ鳶組に妨害の手を打てたと判断する火付け側は、深川木場の材木商い名胡屋に火付けをした。火の手は本所方面へ北上していく。だが、本所、深川界隈の火消は全く出ていない。皆、我身がかわいい・・・・そんな行動をとる。
大音勘九郎は娘を犠牲にしても加賀鳶の誇りと職務を優先せんと決意し、加賀鳶の一部を率いて出向いていく。源吾はこの火事場出動にある策略を企てた。この策略がおもしろい。源吾の本領が発揮されていく。
源吾の判断力と行動力、新之助の記憶力と剣技、星十郎の分析力と知略、彦弥と寅次郎の特技などが相乗効果を生み出していく。
この大火にどのように源吾や勘九郎が果敢に挑んでいくのか。少数であっても、業火を前に、命を張って駆けつける火消群もいた。協力者もいる。命を張った男たちの団結と行動が始まって行く。この山場に読者が引きこまれていくのは必定となる。
序でに、本所深川界隈には、定火消、大名火消、町火消、方角火消が揃っていることを本書で知った。ここは町火消であるいろは四十八組の管轄外の地域で、本所深川専門の町火消が1,280人もいるという。さらに、所々火消が本所の二箇所にいる。飛火防組合もいるという。
江戸には、複雑怪奇な火消構造が形成されていたようだ。
この第2作、最後の最後に、深雪が源吾にビッグ・ニュースを伝える。
それともう一つ、羽州ぼろ鳶組に新たな戦力が加わることになる。
エンターテインメント性も十分に盛り込んでいる。大音勘九郎の娘お琳の心意気がおもしろい。また、「海だの、陸だの関係ねえ。人が人を救うのに理屈がいるか! 男が男を恃むのに訳がいるか!」(p319) と叫んだ鳳丸の船頭の櫂五郎と源吾が最後に交わす会話がさりげなく書かれている。だが、その会話をよく読むととってもおもしろい内容になっている。
第3作がどう進展していくかを期待しよう。
ご一読ありがとうございます。
補遺
江戸の火消 :「東京消防庁」
へらひん組がなかった「いろは四十八組」 :「東京消防庁」
大名火消 :「コトバンク」
火消 :ウィキペディア
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『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『塞王の楯』 集英社