遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『迷路のはじまり ラストライン3』   堂場瞬一   文春文庫

2024-03-26 17:12:37 | 堂場瞬一
 ラストライン第3弾。文庫書き下ろしとして、2020年3月に刊行された。
 このストーリー、羽田空港国際線ターミナルから岩倉剛の恋人赤沢実里がニューヨークへ旅立つ場面から始まる。所属する劇団の方から回ってきた話で、オーディションを受ける為に出かけるのだ。少なくとも3ヶ月は離ればなれになる。このシリーズでは初めて、岩倉の私生活の側面描写で変化が現れる。基層として流れるストーリーがどのように変わるか。シリーズを読み継ぐ読者としては、岩倉の心理面に及ぼす変化が気になるところ。この側面がどのように織り込まれていくかが楽しみとなる。

 午前2時に電話がかかり、岩倉は殺人事件の連絡を受ける。場所は梅屋敷。被害者は駅からの帰宅途中、背後から頭部を一撃された。所持品の免許証から現場近くに住む島岡剛太、28歳と判る。午前9時、南太田署に特捜本部が設置される。岩倉は警視庁捜査一課の中堅刑事、田澤とコンビを組むことになる。アパートの大家からの聞き込みで、島岡が石山製作所大森工場を辞めたという情報を得た。石山製作所大森工場の総務課長からの聞き込み捜査により島岡は勤務態度不良で解雇となっていたことがわかる。
 目黒中央署にも特捜本部が設置されていた。被害者は藤原美沙、32歳、東大卒。あるシンクタンクに勤務する会社員だが、若手の経済評論家としてテレビ番組にもよく出演し、かなり知られる存在になっていた。金曜から会社に出社せず、週明けも無断欠勤のため、会社の同僚が家を訪ねて、自室で殺されているところを発見したのだった。
 岩倉は田澤とともに、島岡周辺の関係者への聞き込みを広げていく。島岡がギャンブル好きであり、多額の借金を抱えていたことが判ってくる。さらに女性関係にもルーズだったことが明らかになってくる。調査を進める中で、藤原美沙の名前が浮上してくることに・・・・。
 殺人事件の被害者となった島岡と藤原美沙がどこでどのようにつながるのか。

 島岡と藤原美沙がつき合っていたという事実を捜査会議で報告した後、南大田署刑事課長の柏木の指示を受け、岩倉は目黒中央署刑事課長・田島にこのことを直接伝える。
 その結果、藤原美沙の自宅で採取された指紋の中に島岡剛太の指紋と一部合致するものが発見された。
 捜査会議は、島岡が藤原美沙を殺害した可能性でざわつく。岩倉は短絡する危険姓を指摘する。会議の雰囲気に水をさすことになる。
 このストーリー、この後これまでの捜査展開と異なる展開になって行く。なぜか。

 極めて異例なことだがと前置きして、南大田署の特捜本部と目黒中央署の特捜本部が協力して捜査を進めるという方針に転換されたのだ。この時点で、岩倉は柏木刑事課長の指示により特捜本部から外され、通常業務として発生する事件の捜査に戻されてしまう。
 そこで、岩倉は特捜本部の事件に一切関与するなと命じられたわけではないと勝手に解釈し、通常業務としての事件捜査に従事しながら、特捜本部の事件に関わる捜査を独自に開始していく。勿論、特捜本部の捜査の進展状況がわからなければ独自捜査も無駄になるかも知れない。密かに両捜査本部内の刑事とコンタクトをとり、情報交換できる工作をする。捜査一課の田澤と岩倉が捜査一課にいた当時の後輩にあたる大岡である。大岡は藤原美沙の事件に関わってきていた。岩倉は自分の入手した情報をこの二人に伝え、特捜本部に情報が伝わるようにしていく。イレギュラーに行動する岩倉の捜査そのものと、特捜本部との関わり方が、このストーリーの読ませどころとなっていく。
 岩倉の独自捜査が、ある局面では特捜本部の捜査の一歩先を進んでいくという面白さといえよう。いわば突破口を岩倉が切り開き、田澤と大岡を介して、特捜本部の人海戦術に密かにリンクできるようにしていくことである。
 単独で一歩先を進む岩倉の捜査は、岩倉を危地に立たせることにもなる。岩倉が追跡捜査の過程で拉致される羽目に!! だがその禍が転じて特捜本部に返り咲く契機にもなる。柏木課長の鼻を明かす結果にもなる。
 
 本作第3弾の面白さを幾つか挙げてみよう。
1.事件捜査の途中から、岩倉が単独捜査を始めて行くという展開になること。
 その背後に、柏木課長の思惑が絡んでいる局面が織り込まれている。柏木と岩倉との間には警察官人生における価値観の差が根っ子にあるのだ。
2.両特捜本部が担当する事件は、岩倉の活躍もあり、犯人を逮捕でき一応の決着がつく。
 一方、その背景に謎の組織が存在することが判明する。だが、その実態はおぼろげに把握できたに留まった。岩倉が接触しえた頂点の人物が静岡県伊東の海岸で遺体で見つかった。トカゲの尻尾切りの如くに・・・・。つまり、この組織の解明は本書のタイトル「迷路のはじまり」を意味しているというエンディングとなる。
 その組織とは何か。このストーリーの読ませどころの先にこの組織がある。第4弾以降への期待が湧く。
3.ストーリーの底流にこれまでは岩倉と実里との私生活が織り交ぜられてきた。今回は、岩倉の娘千夏が登場する回数が増えることに置き換わる。父と娘の関係に焦点があたっていく。千夏は大学進学の進路を選択する岐路に来ている時期でもある。さらに、千夏が父親の危地を救う一助を果たすことになる。どのように? それは読んでのお楽しみ。
4.この第3弾で、南大田署の刑事課長が交代した。新しい課長が柏木で、岩倉より年次が一年上。岩倉は「柏木はやたらと張り切るタイプで、かなり鬱陶しい」(p17)と感じるタイプ。それは逆に読者にとって、岩倉がどう対応するかという面白味につながる。
 一方、第4弾以降、今度は岩倉自身が他署に異動しての物語となっていくのかという期待感にもつらなる。
5.岩倉が、本部の”エージェント”と見做している川嶋刑事が要所要所で登場してくる。 川嶋の存在が、このシリーズの中でどのような位置づけなのか、それがいつも興味を引き立てるところがおもしろい。
6.岩倉の視点からストーリーの中で次の二人に言及させているところがおもしろい。
   失踪人捜査課第一分室室長高城賢吾   p224
   鳴沢了  p339
 この言及の面白さは、鳴沢了と高城賢吾の各シリーズを読んでいる人には、ニヤリとさせるところになるだろう。このあたりの言及は著者の遊び心か。

 本作は、第4弾への期待を抱かせる。本作の末尾の文を引用しておこう。
「川嶋のように距離を置くことで、安閑としているわけにはいかない。先回りしてカバーするのも、最終防御線としての自分の役割なのだ。」

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
                  2022年12月現在 26冊
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