嘗て、日本相撲協会の内部において、
当時の北の湖理事長(元横綱…)と審判部
長とのあいだで横綱推薦基準・条件を
めぐって「齟齬」が表面化していた。
理事長は、準優勝とか優勝とか━殊に、
「連覇に準ずる」成績が曖昧模糊として、
具体的“数字”を推薦ライン━最低線が13
勝ならば、準優勝でも第3位だってOKと
解釈されていた━と、思える。いや、解釈
の“幅”を狭めるならば、2場所連続13勝以
上の場合、準優勝じゃぁなくったってOK
と云う感じではなかったか。
ところが、当時の審判部の陣容が誰だっ
たか失念したが、横審の内規をほぼ尊重す
る姿勢だった。「準ずる成績」がいくらでも
「拡大解釈」できるので、横綱の“安売り”に
なってしまうのだ。
北の湖説は、「相撲内容」よりも「数字
至上主義」に陥りやすいのが難点・問題だ。
大関以下ならば、相対的な星の優劣で
査定しても宜しい。
横綱力士には、「絶対的強味」が要求
されなければ、その“格あげ”━「権威向上」
は不可能なのである。
当時の北の湖理事長(元横綱…)と審判部
長とのあいだで横綱推薦基準・条件を
めぐって「齟齬」が表面化していた。
理事長は、準優勝とか優勝とか━殊に、
「連覇に準ずる」成績が曖昧模糊として、
具体的“数字”を推薦ライン━最低線が13
勝ならば、準優勝でも第3位だってOKと
解釈されていた━と、思える。いや、解釈
の“幅”を狭めるならば、2場所連続13勝以
上の場合、準優勝じゃぁなくったってOK
と云う感じではなかったか。
ところが、当時の審判部の陣容が誰だっ
たか失念したが、横審の内規をほぼ尊重す
る姿勢だった。「準ずる成績」がいくらでも
「拡大解釈」できるので、横綱の“安売り”に
なってしまうのだ。
北の湖説は、「相撲内容」よりも「数字
至上主義」に陥りやすいのが難点・問題だ。
大関以下ならば、相対的な星の優劣で
査定しても宜しい。
横綱力士には、「絶対的強味」が要求
されなければ、その“格あげ”━「権威向上」
は不可能なのである。