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神が宿るところ

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平戸館跡(茨城県水戸市)

2025-06-07 23:32:53 | 史跡・文化財

平戸館跡(ひらとやかたあと)。(伝)平貞盛居館跡。
場所:茨城県水戸市平戸町1979(「吉田神社」の住所)。国道51号線の「島田町北」交差点から東に約230mで左折(北へ)、約50m。駐車場有り。途中から未舗装の狭い道路になるので、注意。
「平戸館跡」は中世城館跡とされる場所で、平貞盛の居館跡とする伝承がある。平貞盛と言えば、平安時代中期の武将で、常陸平氏の祖である平国香(良望)の嫡男である。「平将門の乱」は最初、平氏一族の私闘によって始まり、承平5年(935年)、国香は将門によって討たれた。このとき、貞盛は京に出仕していたが、直ちに国香の本拠地・常陸国真壁郡の「石田館」(現・茨城県筑西市東石田?。「(伝)平国香の墓」(2024年3月30日記事)参照)に戻った。「石田館」は焼き討ちされていたので、その後、貞盛がどこを本拠にしたか不明だが、常陸国司の三等官で常陸国衙の在地官人を支配した「常陸大掾」職を国香から引き継いだとされるので、「常陸国府」に近い場所に居館があったかもしれない(現・茨城家石岡市の「外城遺跡」(2023年11月25日記事)は「茨城郡家」跡に比定されているが、国香の居館だったとの伝承がある。)。あるいは、「常陸国風土記」那賀郡の条に「平津の駅家の西、1~2里のところに大櫛という岡がある。」(現代語訳)という記述があって、「大櫛の岡」が国史跡「大串貝塚」(2018年7月14日記事)であり、「平津駅家」は現・水戸市平戸町付近にあったとされている(通説。「平戸」は「平津」の遺称地と考えられるし、方向は「大串貝塚」の南東方向だが、距離は1~1.5kmほどである(古代の1里は約533m)。)。よって、現・平戸町には「平津駅家」に関連する官衙施設を管理する城館があったかもしれない。その城館の主が貞盛だったかどうかは不明だが、軍記物語「将門記」によれば、天慶3年(940年)正月、勝勢の将門は5千の兵を動員して貞盛らを探したが見つからず、「吉田郡蒜間之江」で貞盛の妻と源扶の妻を捕らえたに止まったという。「吉田郡」というのは、8世紀以降、古代東北地方の蝦夷鎮圧が進むと、東征伝説のある日本武尊=常陸国三宮「吉田神社」(2018年3月10日記事)の権威が高まり、10世紀に「吉田神社」の神領として那賀郡から独立したとされる。そして、「蒜間之江」は現在の涸沼で、「日沼」とも書き、「ひぬまうら」、「ひろうら(広浦)」などともいったらしい。狭沼(さぬま)の反対で、広沼の転訛とみられる。現・平戸町の南側には涸沼川が流れており、かつては川幅ももっと広かっただろうから、このあたりも涸沼の岸辺とも考えられる。ということで、将門の本拠地である現・茨城県南西部から離れた「平戸館」に貞盛の妻らが隠れ住んでいたのかもしれない。
ただし、現・平戸町は大規模な耕地整理のため現在では出土物がほとんどなく、「平戸館跡」の南側の広い範囲が「大道端遺跡」として弥生・古墳時代の集落跡とされているが、奈良・平安時代以降の遺跡としては何も残っていないようである。その中で、現・平戸「吉田神社」の一画だけ、土塁や堀のような地形が残っているが、古代の官衙跡(「平津駅家」跡?)や中世城館跡としては如何にも狭く、実際どうだったのか不明なのが残念である。中世城館としては、常陸大掾氏の庶流・平戸氏の屋敷跡と伝えられており、室町時代の応永年間(1394~1428年)には平戸甚五郎久幹、安土桃山時代の天正年間(1573~1592年)には平戸弾正通国という武将の居館だったといわれている。


写真1:「吉田神社」を南東から見る。中世城館としては、こちらが二郭(外郭)で、更に南側に一郭(主郭)があったらしいとされる。なお、右側(東側)の水路は、耕地整理時に造られたもののようである。


写真2:鳥居と社号標(「村社 吉田神社」)


写真3:鳥居前の「平戸館跡」石碑(水戸市教育委員会建立)。


写真4:拝殿。社殿は東向き。


写真5:本殿。祭神:日本武尊。創立不詳、初め「今宮八幡宮」だったが、元禄9年(1696年)、「吉田神社」に改めた(水戸藩の「八幡改め」によるものかと思われる。)。明治15年、村社に列格。


写真6:境内社「鴨川稲荷神社」。本社北側の涸堀のようなところの先にある。


写真7:「鴨川稲荷神社」手前の堀跡?


写真8:境内北東の土塁? 手前も堀のようになっている。


写真9:土塁?の外には池跡のような場所がある。


写真10:境内の西側。こちらにも堀?


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