王持八幡宮(おうじはちまんぐう)。
場所:瀬戸内市邑久町上笠加2。県道69号線(西大寺備前線)沿いにある老人保健施設「邑久ナーシングホーム」の北側、峨城山の西端が県道に接しているところに登り口があり、狭い道だが自動車でも行ける。駐車スペースあり。
邑久町は八幡宮が多いところで、岡山県神社庁加盟の神社をみても、20社中10社が「八幡宮」である。また、「八幡宮」とは号していないが、古社「豊原北島神社」も祭神は八幡神である(元は地主神の豊原北島神だったのが、中世の神仏混淆のなかで八幡神に変わったのだと思うが。)。全国でも八幡宮は1~2万社あるとも言われるので、多いのは不思議ではないが、備前国では特に瀬戸内海沿岸に多いようだ。因みに、吉備中央町では38社中、「八幡宮(八幡神社)」は4社しかない。
さて、「王持八幡宮」は延文5年(1360年)の創建とされ、もちろん古社「稲都神社」とは関係はないが、通称名がおもしろいのと、社殿の背後に磐座があるというので、行ってみた。
佐藤光範著「古代祭祀跡 吉備の「磐座」」によれば、磐座というのは、「英霊塔」の台座のことらしい(写真下)。「王持八幡宮」の社殿の背後というよりは、「峨城山創造の森」公園の西端にある。日光がよく当たる、気持ちの良い場所だが、これは公園化によるものらしく、「邑久町遺跡地図」(平成13年3月)によれば、この「磐座」周辺は弥生時代?の散布地だが、「公園造成により破壊されている。」と記されている。なお、同書によれば、「王持八幡宮」の本殿のある辺りは円墳のようである。
岡山県神社庁のHP:http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=12020
写真上:王持八幡宮の鳥居
写真下:磐座?
場所:瀬戸内市邑久町上笠加2。県道69号線(西大寺備前線)沿いにある老人保健施設「邑久ナーシングホーム」の北側、峨城山の西端が県道に接しているところに登り口があり、狭い道だが自動車でも行ける。駐車スペースあり。
邑久町は八幡宮が多いところで、岡山県神社庁加盟の神社をみても、20社中10社が「八幡宮」である。また、「八幡宮」とは号していないが、古社「豊原北島神社」も祭神は八幡神である(元は地主神の豊原北島神だったのが、中世の神仏混淆のなかで八幡神に変わったのだと思うが。)。全国でも八幡宮は1~2万社あるとも言われるので、多いのは不思議ではないが、備前国では特に瀬戸内海沿岸に多いようだ。因みに、吉備中央町では38社中、「八幡宮(八幡神社)」は4社しかない。
さて、「王持八幡宮」は延文5年(1360年)の創建とされ、もちろん古社「稲都神社」とは関係はないが、通称名がおもしろいのと、社殿の背後に磐座があるというので、行ってみた。
佐藤光範著「古代祭祀跡 吉備の「磐座」」によれば、磐座というのは、「英霊塔」の台座のことらしい(写真下)。「王持八幡宮」の社殿の背後というよりは、「峨城山創造の森」公園の西端にある。日光がよく当たる、気持ちの良い場所だが、これは公園化によるものらしく、「邑久町遺跡地図」(平成13年3月)によれば、この「磐座」周辺は弥生時代?の散布地だが、「公園造成により破壊されている。」と記されている。なお、同書によれば、「王持八幡宮」の本殿のある辺りは円墳のようである。
岡山県神社庁のHP:http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=12020
写真上:王持八幡宮の鳥居
写真下:磐座?