Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 13

2019-07-10 11:22:51 | 日記

 こんな事があってから、2日ほど家にこもっていた私だった。お陰で家での大人の話を耳にする機会が多くあった。祖母や父は外出が多くなり、共に家を出たり入ったりしていたが、あちらの家も、何々さんも素麺だそうだ。宗旨替えしたそうだ。等々口にしていた。ご近所にも素麺が増えたなぁとか、親戚にも遂に素麺が出たか等、食事の献立に素麺の家が増えて来た事に私は恐々としていた。

 『ああ、遂にあの嫌な素麺の時期が来たのだ!』

食べたくない。昨年は家族の言うままに美味しいねと言い、無理やりに素麺を頬張って見せていた私だが、内心は嫌々で泣きの涙に濡れていた。晩夏には嫌々口に運ぶ素麺の汁で、私の胸元もぐっしょり濡れていた。それを見た父は、汁を滴らせるのは未熟な箸運びのせい、咀嚼の発達が悪いせいだと言って笑っていたが、父と共に笑う私の目には涙さえ浮かんでいたものだ。

 よし、私は奮起した。今年は前以てこの素麺についての自分の嗜好の意思表示をするのだと決めた。

「お父さん、私は素麺が嫌いなの。」

えっと父は驚いた。お前素麺は大好きだっただろう。否違う、大嫌いなの。えー、そんな事無かろう、昨年あんなに喜んで食べていたじゃないか、等々。父子で言い争っていたが、

「それより、何で今頃、昨年の素麺の事を言い出したんだ。」

変な奴だなぁと言われる。私は昨年から嫌だったが言い出せなかった事、今年は自分も少しは成長したからはっきり好き嫌いを言っておきたかった事をきっぱりと言った。

「私、素麺は大嫌いなの。もう食べない。」

こうきっぱりと言って口を閉じた。

 父も黙っていたが、特に機嫌を損ねた感じは無く、ほうほうという感じになると、母さんに入って置くよと言って新聞に手を伸ばし私に背を向けた。その新聞に目を落とした父の丸い背に向かって

「お父さん、飴が何とか、素麺冷素麺って何の飴?。」

こう私が問いかけると、父の背はひょんと伸びて、父は顔だけを私に振り向けた。「素麺はいいけど、あめの話はするな。」と言う。

「まだお前に言っても分からないと思っていたから。」

そう言って父は家は仏教だ。他の皆も昔は仏教だったが、最近というか、段々と外国の、仏教では無い宗教に入る者が増えて来てな。と、宗教についてやその当時の人々の信仰の変遷について話し出した。

 「お父さんの子供時代にもそう言う者はいたが、1人か2人、3人もいたかなぁ…。」

と、父は視線を上に向けて記憶を辿っていたが、まぁ、今では信仰の自由ははっきり憲法で認められているからなぁ。こちらでは何とも言えはしないさと言った。その後も私はよく分からなかった事を父にあれこれと質問し、父もなるべく砕いた話で仏や神様の事、神棚の神様の事迄話してくれた。「三者三様ならぬ三信三様さ。」等と言って、自分でうまいなぁと言って笑った。

「今は何でも自由さ、お前も自由に生きると言い。」

そうにこやかに言って再び私に背を向け新聞を読みだした。彼はさも自分は進歩的で理解ある父であるという自負を持ったらしく、彼の様子ははっきりと朗らかで陽気になり、子供の前で見事に悦に入っていた。