＊『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。３１回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。（本文より）
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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＊＊『死の淵を見た男』著書の紹介
第５章 緊迫のテレビ会議
吉田が発した怒声 P９６～
「ヨウ素はどうするんだ！ はっきりしてくれっ」
免震重要棟の緊対室に座る吉田の怒声が響いた。その声は、テレビ会議の画面を通じて、およそ２５０キロ離れた東京・内幸町の東電本店に居並ぶ幹部たちを驚かせた。
地震発生以来、１０時間が過ぎ、現場の「線量増加」という現象が、幹部たちを”焦り”の中に包み込んでいた。
放射線量が上がるというのは、言いかえれば原子炉から放射能が漏れているということだ。このまま上がり続ければ、原子炉建屋に近づくこともできなくなる。そうなれば、もはや原子炉は制御不能だ。
その前に、なんとか事態収束の道筋をつけなければならない。
吉田は、日頃から歯に衣着せぬ言動で知られている。体も大きく、酒も強く、部下たちと盃を交わす昔タイプのビジネスマンだ。そのうえ技術者だけに、理論や理念に忠実で、上司にも一歩も引かない。
テレビ会議で、本店にずけずけ物を言うのは、吉田の真骨頂だ。その吉田が最初に”爆発”したのは、日付が変わって１２日となった夜中のことである。
「吉田さんにしては、我慢してるな」
事故発生以来、声を荒げることなく冷静に対応している画像の向こうの吉田の姿を、日頃の吉田を知る東電本店の人間は「意外に」見ていた。だが、その吉田が事故以来、初めて”怒声”を発したのである。吉田が、いよいよ”本領”を発揮しはじめたことになる。
「こっちでは、４０歳未満には飲ませるけど、それ以外は飲ませないとか言ってるが、それでいいんですか？」
テレビ会議で本店に向かって吉田はそう質問した。しかし、本店からは曖昧な答えしか返ってこなかった。
「おい、はっきりしてくれ！」
立て続けに吉田がそう発言すると、本店の担当者たちが凍りついたのである。放射線量が刻一刻と高くなる中、吉田は部下たちをその現場に生かさなければならない立場にある。
ヨウ素剤とは、原子力災害が起こった時の放射線障害の予防薬である。
その用法は、原子力安全委員会によって、定められている。そこには、「安定ヨウ素剤の服用は、４０歳未満の者を対象とする」と書かれている。これに基づき、福島第一原発ではこの時、
「若い人は一錠飲みなさい。４０歳以上の者は飲まなくてもいい」
という指示がなされていた。これに吉田が疑問を呈したのである。
吉田は、即時の判断を必要としていた。
「１１日の夜から放射線量が上がってきて、現場に行く人間にヨウ素剤を飲ませることになりました。で、うちの放管（放射線管理）に聞くと、そのように言ったので、なぜ４０歳以上の者は飲まなくていいのか、と私が聞いたわけです。しかし、非常にあいまいだったので、”それは、誰に聞いたんだ？”と私がさらに聞いたんです。すると、”本店がそう言っている”と。さらには、”安全委員会の指針でもそうなっている”と言うわけです。しかし、放射線量が上がっている時に、現場に行く人間に飲む人と飲まない人がいる、というのはおかしいと思ったんですよ」
たしかに４０歳という「線引き」の根拠が希薄だった。
「みんなが同じように行ってるんですから、私としては”それはねえだろう”と思ったんです。一方で、ヨウ素剤というのは副作用として甲状腺異常があとで起こる可能性もありますから、私が”そこをはっきりしてくれ”と言ったわけです。しかし、本店の担当の部門がなかなかはっきりしない。実は、その時に、安全委員会と揉めていたらしいんだが、そのために、はっきりと”こうしろ”とは言わないんです。しかし、こっちは、今すぐ放射能まみれの現場に人間を出さなきゃならない。それなのに曖昧なまま時間が過ぎていた。それで私が厳しい口調になったわけです」
本店にしてみれば、原子力安全委員会からの返事が来ないうちは、ことが安全に関するだけに勝手には返答できない。原子力安全委員会の意向と関係なく返事をすると、厄介なことになる、という判断があったに違いない。そこが吉田には、優柔不断と映ったのである。
結局、ヨウ素剤は、４０歳未満は全員、４０歳以上は、本人の意思を確認の上服用させることになるが、この出来事は、現場を預かる吉田と本店との最初の「温度差」を表すものになる。
（次回は、第１３章 １号機、爆発「衝撃と共に・・・」）
※続き『死の淵を見た男』～吉田昌郎と福島第一原発の５００日～は、
2016/3/24(木)22:00に投稿予定です。
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