*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。36回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
----------------
**『死の淵を見た男』著書の紹介
第13章 1号機、爆発
「海水注入を中止しろ」 P219~
爆発以後の線量増加など危険を冒しての作業によって、やっと海水注入が始まった直後、緊対室の吉田の前に置いてある固定電話から聞きなれた声が響いてきた。
「おまえ、海水注入はどうした?」
電話の主は、官邸に詰めている東電の武黒一郎フェローである。東大工学部を出て原子力を歩んだ武黒は吉田の8歳年上の64歳で、この時、副社長待遇のフェローとして官邸に詰めていた。
東電のなかの狭い原子力部門の技術者同士である。武黒は後輩の吉田を「おまえ」と呼ぶほど近い関係にある。
武黒は、単刀直入にいきなりそう聞いてきた。
「やってますよ」
吉田は平然と答えた。
「えっ、本当か」
と、武黒。
「もう入れてますから」
吉田がそう答えると武黒は慌てた。
「おい、もうやってんのか」
「どうかしたんですか」
「それはまずい、それ」
「どういうことですか」
「とにかく止めろ」
「なんでですか。入れ始めたのに、止められませんよ」
吉田は武黒の”命令”に反発した。しかし、次の武黒の言葉はさすがに吉田を驚かせた。
「おまえ、うるせえ。官邸が、グジグジ言ってんだよ!」
「なに言ってんですか!」
すさまじいやりとりになった。だが、そこで電話はぷつんと切れた。
(・・・)
吉田は、現場のトップとして、次々と新たな手立てを打たなければならなかった。6基の原子炉を抱える福島第一原発の所長として、それぞれを制御している責任者である。
だが、本店とテレビ会議でやりあっている途中、あるいは、現場で部下たちに指示を与えているさなかに、鑑定からの電話が入ってきたのである。しかも、それが、
「官邸がもう、グジグジ言ってんだよ!」
というレベルのお粗末な話である。なんで”素人”の理不屈な要求が直接、現場の最前線で戦っている自分のところに飛んでくるのか。吉田は、そのことが腹立たしくてならなかった。
直後に本店から、吉田に海水注入中止命令が下った。官邸の意向が本店に伝えられたに違いない。しかし、吉田は、直前に先回りしてその「対策」を打っていた。
「本店から海水注入の中止の命令が来るかもしれない。その時は、本店に(テレビ会議で)聞こえるように海水注入の中止命令を俺が出す。しかし、それを聞き入れる必要はないからな。おまえたちは、そのまま海水注入をつづけろ。いいな」
テレビ会議の途中、吉田は、わざわざマイクに入らないようにして担当者にそういい含めていたのである。
海水注入しか方法がないことがなぜわからないのか、と吉田は思った。
「シンプルに考えれば、膨大な熱量をとりのぞくには、もう、”海”を使うしかないわけですよ。しかし、海を使うって言ったって、海の水を冷却用に使うRHRという残留熱除去系というシステムが期待できなくなっているわけです。淡水なんかそんな大量にありませんので、最終的には海水を入れて冷やすしかないというのが、もう最終結論ですよね。とにかく冷やすしかないんだから、それはあたりまえのことなんです。こっちの頭はとっくにその方向に行ってましたけど、しかし、それを中止しろ、というんですからね」
(「海水注入を中止しろ」は、次回に続く)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/4/4(月)22:00に投稿予定です。