恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

薀蓄好きな人種の気持ち

2006年09月10日 | 恐懼とか
昨日の神輿の疲れが体に残るものの、本日も部活です。
幸い午後からの練習なので、しっかりと睡眠は取れましたが、
やはり肩の痛みとふくらはぎの痛みがなかなか取れません。
ああいう重労働はぜひとも今後は翌日が休みの時にしてほしいものですが。

そういや昨日の神輿の時に、見るからに薀蓄好きそうなおじさんに捕まりました。
こっちが黙っててもさまざまな知識を披露してくれるのですが、
そんな中で私に「わっしょい」の語源を知ってるか?と聞いてきたんです。
この話は確か大学の朝鮮語の授業のときになんとなく聞いたことがあり、
それをそのまま「韓国語のワッソ(来た)が語源という説がありますよね」
と私が返答すると、どうもそのおじさんもその薀蓄を話したかったらしく、
半分驚いたように、かつ半分残念そうにそれを認めました。

答えてしまった後で私は少々後悔しました。
こういうときは知らないふりをして喋らせてあげればよかった、と。
なまじ私もそういった薀蓄が好きなので、
そういった人種の方々の気持ちはわかるわけです。
つまり、自分の知識をひけらかして悦に浸る人種だ、と。
それが相手の知っている知識だったとわかるとちょっと寂しいんですね。
それを聞いて相手が「へぇ」というのが快感なわけですから。
その後おじさんは「これを答えたのはあんたで3人目だよ」といって、
私たちの前を後にしていきました。
その背中には少なからず哀愁が漂っていたような。

こういうときは相手に良い思いをさせてあげるというのが大事で、
時には知っていても知らないふりをすることが大事だと思いました。
嘘も方便、というやつでしょうか。これも社会勉強ですな。

恐懼再拝。
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