静かの海

この海は水もなく風も吹かない。あるのは静謐。だが太陽から借りた光で輝き、文字が躍る。

平等とみなす

2010-08-02 20:56:15 | 日記
 
 (1)
 ジェファーソンは独立宣言で、「これらの真理は自明である」と断定せずに「これらの真理を自明のものとみなす」と書いた。「2×2=4」などという数式とは関係ない(ブログ「『2×2=4』の真実」参照)。
 彼の人生観の一端を独立宣言の草稿に見ることが出来る。独立宣言はイギリス国王弾劾という性格も強くもっているが、ジェファーソンは草稿にこう書いた。

 「彼ら<アフリカ原住民のこと>をとらえ、この半球<アメリカ大陸のこと>へ連行して奴隷にし、あるいは当地への移送中にみじめな死にいたらしめた。この海賊的な行為、不信心な権力の汚辱にみちた行為が・・・国王の戦争行為なのである」
 ここにある「不信心な」というその意味にも論議の余地はあるが今は触れない。
 もう一か所。イギリス国王が「あらゆる年齢、性別、〔生活〕条件の見境なく皆殺しにするという戦法で知られている無慈悲なインディアンの野蛮人が、われらの辺境の住民に襲いかかるようにしくんだ」

 はじめの黒人奴隷に関する文章は、他の起草委員や大陸会議によって削除された。だがインディアンに関する箇所は生かされ、今日も独立宣言文中に見ることができる。
 ジェファーソンが奴隷制度に批判的であったことは知られている。彼は自分の実生活とどう折り合いをつけていたのだろうか。また彼のインディアン観はどうみてもいただけない。

 (2)
福沢諭吉はなぜ「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で済ませないで「と云えり」を付け加えたのか。

 ジェファーソンのいう「万人は平等につくられている」を東洋風に表現すれば「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」となる。そのつづきの「と云えり」とはジェファーソンの「みなす」にあたるのか? この諭吉の言葉が「ジェファーソンの起草にかかる『アメリカ独立宣言』などを念頭におきながら、それらを自家薬籠中のものにし、自分自身の文を綴ったとするのが定説である」(佐々木力『学問論』)とのこと。なるほど、そこまで自家薬籠中にしたとは恐れ入る。

福沢諭吉が一貫して清国人や朝鮮人など隣国の東洋人を劣等民族視し、侮蔑していたことは彼の作品を読めばわかる。諭吉の直接の責任ではないが、後、中国の一部、朝鮮全土が日本の植民地や領土になる。朝鮮は労働力の供給地となり、強制連行された人を含め何十万という人たちが日本の炭鉱や建設現場、大工場などで奴隷のような拙劣な条件で働かされ、また戦場に駆り出された。
 アジアの他民族を蔑視し見下すその思想は、やがて「八紘一宇」「大東亜共栄圏」というアジア支配の思想にまで発展していく。

 ホーチミンはヴェトナム民主共和国独立宣言(1945年)でこう述べた。
 「『すべての人間は平等に造られ、造物主によって一定の奪いがたい権利を付与され、その中に、生命、自由及び幸福追求が含まれる』。この不滅の言葉は、1776年のアメリカ合衆国独立宣言からの引用である・・・」
 ヴェトナムは長い間フランスの植民地であった。この宣言はそのフランス支配を「人道と正義の理想とは正反対であった」と弾劾しているが、さらにこう重ねている。「真実は、われわれ人民はその独立をフランス人の手ではなく、日本人の手から奪いかえしたということである」と。
 ホーチミンは、ジェファーソンが言った「みなす」という言葉を削除して引用した。ハンナ・アレントが不要とした言葉である。

 ジェファーソンや諭吉が、歯に挟まったというか、煙幕を張ったような発言しか出来なかった。それは彼ら自身の個性・人格の問題もあるが、その時代・社会の背景が影響しているのだろう。ホーチミンには失うものは何もなかった。

 (3)
 アメリカでは今なお白人と黒人の人種対立が話題にのぼる。先日(7月23日)の新聞(毎日)によると、列車内でうつぶせ状態の黒人を白人警官が背中から発砲した事件で、当初の殺人罪から過失致死傷に変わったことに抗議する人たちと支持する人たちの間に人種対立の争いが激化しているという。
 また、これは黒人の問題ではないが、同日の新聞(朝日)には、アメリカで、アルカイダ系幹部とみなされる人たちにCIAの係官が水責めの拷問が行っていたとのこと。鼻と口を布で蔽い水を浴びせ、気絶寸前に追い込んで尋問していたという。私はすぐ、江戸時代の「石抱き」の拷問を思い出した。三角形にとがった材木の上に正座させ腿の上に一枚二枚と石の板を載せていく。これは封建時代の話。
 21世紀のアメリカ、この水責めで驚くのは、それは妥当だとする識者の見解、ブッシュ政権の顧問だった人物が『水責めは有効な尋問法だ』という新著を出したということ。
 私がこの駄文を投稿しようと思いついたのは、この二つの記事がきっかけである。

 合衆国の黒人奴隷のことに関して言えば、独立革命のころの奴隷の状態、南北戦争・奴隷解放令の頃の状態、その後の急速な産業資本の発展の時代の解放奴隷の状態、今日の高度資本主義時代の黒人を含む非白人たちの状態、それぞれ歴史的発展段階によって制約され特徴づけられている。

 今日の人種問題は、たんに皮膚の色や民族の風俗・習慣・宗教などの違いからくるものではない。巨大な、グローバル化した資本、「帝国」とも呼ばれるようになった地球規模の政治・経済・軍事機構がもたらしているものである。それを克服するには世界的な、人間主義にもとづく連帯が必要なのだろう。それでもやはり、「万人の平等」には「みなす」とか「と云えり」という言葉を貼り付けなければいけないのかもしれない。
 つまり、差別が必要な人たち、それによって利益を得る人たちにとっては、何らかの差別を常につくりだしていく必要があるのだ。何を差別の基準とするか、それは時代や場所によって異なる。そして、美しい言葉でもって「差別はない」と飾りつけ、あるいは、他国を差別国家だと非難することによって、自国の差別を隠蔽する努力をする。

 
 (4)
 近代市民社会の成立、近代民主主義の発展に果たした自然法思想や社会契約説などの役割はきわめて大きい。アメリカの独立宣言、フランスの人及び市民の権利宣言、ヴェトナムの独立宣言、大韓民国憲法、日本国憲法・・・みんなそうである。
 だが、自然法思想に対する批判も強い。神がかり的、観念的で科学的根拠がない、法は実定法でなければならない・・・。批判はいくらでも出来る。そして、そういう考えのもとに、日本国憲法前文にもられた天賦人権説などを批判し、憲法改定を主張する憲法学者もいる。
 たしかにダントレーヴのいうように(『自然法』)、近代自然法思想は、古代や中世(ヨーロッパの)の自然法思想とは異なったものとして発生してきた。アメリカ革命及びフランス革命の前夜ですでに、自然法の理論は自然権の理論に転化していたと考えられる。それは日本国憲法にも色濃く反映されている。憲法25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。
 残念ながら、国民すべてに健康で文化的な生活を保障する義務を負った主体については明示されていない。一義的には、憲法の性格上、それは国家や自治体などを指しているのだろうが、国や自治体はそれを義務とは感じていないようである。まるで他人事なのだ。憲法の規定はプログラム規定だとか何とかいって国家権力はすましている。