一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(123) ―『紀文大尽舞』

2007-02-17 06:20:31 | Book Review
戯作者志願の江戸町娘お夢は、突然に隠居した豪商紀伊国屋文左衛門の「勃興と遊蕩、そして没落を描いた一代記ものをものにしよう」と、彼に「密着取材」するのですが、彼の行動には謎めいたものが多く、ついには命まで狙われることになります。

はたして、紀伊国屋文左衛門の実像はどのようなもので、本当は何をしようとしたのでしょうか。

というのが、主なストーリーです。

ここまでのご紹介だと、従来の能天気な米村作品と同じだと思われる方もいらっしゃるでしょう(かつて『エレキ源内 殺しからくり』を取り上げました)。けれども、主人公が若い行動的な娘である点は同じなのですが(たとえば、大名の姫君を描いた『おんみつ蜜姫』、茶屋の看板娘を主人公にした『錦絵双花伝』など)、この作品は短調の旋律が基に流れている、という点で、かなり様相を異にしています。
また、紀文の背景にある「陰謀」が、大がかりでリアルな点も、米村作品としては異色なところ。

その点は、実際の作品に当って確認していただくこととして、ここでは、本作に、広い意味での「メタ・フィクション」性があることを指摘したい。

これは、主人公が「戯作者志願」であることとも関連しているのですが、後半部分、何のために皆がお夢の戯作『紀文大尽舞』を読みたがるのか、という謎にも密接なつながりが出てきます(ちなみに、『紀文大尽舞』とは本書のタイトルであると同時に、お夢の戯作の題名でもあります)。

著者の意見が、かなり反映していると思われる、お夢の戯作論を引いておきましょう。
「戯作ってのはな、この書物を読んで生業(なりわい)の得にしようだの、少しは利口になるかもしれない、なんて思うようなセコい野郎のためにあるじゃないんだ。てめえで本を買える金持ちには金勘定の合間の暇潰し、貸本屋で借りる貧乏人には世知辛い現実(うつつ)を逃れて束の間の極楽で遊ぶための手軽な楽しみ、どんな暮らし、いかなる身分にあろうとも、読めば別の世界で遊べる妙法楽、読み終えるまでは蓮の花の上で肘枕をしている心持ちなれる、楽しい玩具なんだ。立身出世に目が眩んだ野暮天野郎のお役に立てるためにあるもんじゃねえ。」
同感であります。

このような「メタ・フィクション」性とストーリーを絡み合わせたところが、本書のお手柄、と言っておきましょう。

米村圭伍
『紀文大尽舞』
新潮社
定価:1,890 円 (税込)
ISBN978-4104304042