この講演はおそらく1960年代の前半に行われたものと思います。これを読んでいて感じることは、老舎が当時の、文革初期の文学界、演劇界の、思想ばかり追い求め、質の低下を良しとする風潮に対する警鐘が込められているような気がします。
特に、当時の演劇界を支配していた人物(お分かりですね?)を批判する意味が含まれているのではないかと思います。 こうした発言が、その後、文革期の老舎への迫害につながり、最後は自殺せざるを得なくなったのでしょうか。
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■ 明白了作文要前呼后応,脉絡相通,才不厭修改,不怕刪減。狠心地修改、刪減,正是為叫部分服従全体。假若有那麼一句,単独地看起来非常精美,而対全段并没有什麼好処,我們就該刪掉它,切莫心疼。我自己是有這個狠心的。倒是有時候因朋友的勧阻,而耳軟起来,把刪去的又添上,費不少的事叫上下貫串,結果還是不大妥当。与其這様,還不如干脆刪去!
・刪減 shan1jian3 削減する
・狠心 hen3xin1 思い切って。心を鬼にして。
・切莫 qie4mo4 くれぐれも……してはいけない。
・倒是 dao4shi [副詞]人の態度に不満を感じた時のじれったさや、問い詰める気持ちを表す。いったい……ではないか?
・勧阻 quan4zu3 忠告してやめさせる。制止する。
・耳軟 er3ruan3 他人の言うことを信じる。“耳軟心活”という成語があり、「他人の言葉を軽々しく信じて、定見がない」という意味。
・費事 fei4shi4 手間がかかる。手間をかける。
□ 文を作る時に、前後が呼応し、脈絡が互いに通じていないといけないことが分かると、修正が厭でなくなり、文を削るのを恐れなくなります。心を鬼にして修正し削除することは、正に部分を全体に服従させる為なのです。もしある文句が、単独で見るとたいへん美しくても、その段落全体で見ると何らメリットが無いなら、私たちはそれを削除しなければならず、くれぐれもそのことを気に病んではなりません。私自身はそうした思い切りを持っています。いったい、時に友人の忠告を受け、それを素直に信じて、削ったものをまた付け足して、時間をかけて前後のつながりをもたせたところで、結果としてやはり不適切なのです。こんなことをするくらいなら、きっぱり削除してしまった方がましです。
■ 我并非在這里推銷旧体詩、鼓詞,或相声。我是想説明一個問題:語言練習不専仗着写劇本或某一種文体,而是需要全面学習。在写戯写小説之外,還須練基本功,詩詞歌賦都拿得起来。郭老、田漢老的散文好,詩歌好,所以戯劇台詞也好。他們的基本功結実,所以在語言文字上無往不利。相反的,某劇作家或小説家,既富生活経験,又有創作天才,可是缺乏語言的基本功,他的作品便只能在内容上充実,而在表達上缺少文藝性,不能情文并茂,使人愛不釈手。代秀的文学作品必須是内容既充実,語言又精美,缺一不可。缺乏基本功的,理応設法補課。
・基本功 ji1ben3gong1 基本的な技能。ある種の仕事に従事するのに必ず修得しなければならない基本的な知識と技能。
・拿得起来 na2de qi3lai2 原意は持ち上げることができる。そこから転じて、担当することができる。……ができる。
・無往不利 wu2wang3 bu4li4 [成語]どこでもうまくいく。順調にいかないところはない。
・情文并茂 qing2wen2 bing4mao4 [成語]文章の中身、スタイル、レトリック(修辞表現)が共に素晴らしいこと。
・愛不釈手 ai4 bu4 shi4shou3 [成語]大切にしていて、手放すに忍びない。愛読書や愛玩する品物について言う。
・理応 li3ying1 当然……すべきである。
□ 私は別にここで旧体詩や鼓詞、或いは相声のセールスをしているのではありません。私は一つの問題を説明したいのです。それは、言葉の練習は専ら芝居の脚本やある種の文体を書くことに頼っているのではなく、全面的な学習が必要だということです。芝居を書いたり小説を書く以外に、基本的な技能を学ばねばならず、詩、詞、歌、賦が皆できなければなりません。郭(沫若)老や田漢老は散文も上手いし、詩歌も上手いので、芝居の台詞も素晴らしい。彼らの基本技能はしっかりしているので、言葉や文字の上では何をやっても素晴らしい。その反対に、ある劇作家や小説家は、生活経験が豊富で、創作の才能もあるのですが、言葉の基本技能が欠けているので、その作品は内容の上では充実していても、表現上の文芸性が欠けていて、「文章の中身も表現も素晴らしくて、手放すに忍びない」と思わせるものがありません。優秀な文学作品は、内容が充実しているだけでなく、言葉も美しくなければならず、どちらが一方欠けてもいけません。基本技能が欠けているなら、当然それを補う勉強をするべきです。
■ 説到這里,我必須鄭重声明:我不提倡専考究語言,而允許言之無物。
・鄭重 zheng4zhong4 厳かに。厳粛に。真面目に。
・考究 kao3jiu1 研究する
・言之無物 yan2zhi1 wu2wu4 [成語]文章や言葉の中身が空っぽであること。
□ ここまでお話しして、私は厳粛にこう声明を出さねばなりません。私は専ら言語を研究するよう提唱するものではないが、言葉の中身が空っぽであるのを認めると。
■ 我們須従両方面来看問題:一方面是,近几年来,我們似乎有些不大重視文学語言的偏向,力求思想正確,而默認語言可以差不多就行。這不大妥当。高深的思想与精辟的語言応当是互為表里,相得益彰的。假若我們把関漢卿与曹雪芹的語言都扔掉,我們還怎麼去了解他們呢?在文学作品里,思想内容与語言是血之与肉,分割不開的。没有高度的語言藝術,表達不出高深的思想。
・精辟 jing1pi4 見識や理論が深く、透徹している。
・互為表里 hu4 wei2 biao3li3 互いに補完する。“表里”は表と裏。“表里不一”(言行と考えが一致しない)という言い方をする。
・相得益彰 xiang1de2 yi4zhang1 [成語]互いに補完し合うことで、結果がいっそう良くなる、より大きな効果が得られること。
・関漢卿 guan1 han4qing1 元代の劇作家であり、古代の代表的な戯曲作家。「元曲四大家」の筆頭。先出の現代の劇作家、田漢がちょうど1958年初演で話劇《関漢卿》を発表したところであったので、この名が出たものと思う。
・曹雪芹 cao2 xue3qin2 清代の小説家で、現代の白話文学に大きな影響を与えた《紅楼夢》の作者。
□ 私たちは両面から問題を見なければなりません。一面では、ここ数年、私たちは文学で使う言葉をあまり重視しない傾向があるようで、思想の正確さを追い求め、言葉はそこそこであれば良いと黙認しています。これはあまり適切ではありません。高邁な思想と秀逸な言葉は、互いに補完し合い、そこから、より大きな効果が得られるものです。もし私たちが関漢卿や曹雪芹の言葉を捨て去ったら、私たちはどうやって彼らを理解するのでしょうか。文学作品の中で、思想内容と言葉は血の肉との関わりで、切り離すことはできません。高度な言語芸術が無ければ、高邁な思想は表現できないのです。
■ 在另一方面,過于偏重語言,以至専以語言支持作品,也是不対的。我自己就往往犯這個毛病,特別是在写喜劇的時候。這是因為我的生活経験貧乏,不能不求救于語言,而作品勢必軽飄飄的,有時候不過是游戯文章而已。不錯,写写游戯文章,乃至于編写灯謎与詩鐘,也是一種語言練習;不過,把喜劇的分量減軽到只有筆墨,全無内容,便是個很大的偏差。我応当在新的生活方面去補課。軽視語言,正如軽視思想内容,都是不対的。
・勢必 shi4bi4 [副詞]いきおい……するにちがいない。きっと……となるにきまっている。
・軽飄飄 qing1piao1piao1 ふわりと浮き漂うさま。(動作が)軽やかで素早いさま。
・灯謎 deng1mi2 元宵節に、飾り提灯になぞなぞを書いたものを吊り下げておき、答えを当てさせる遊び。
・詩鐘 shi1zhong1 昔、文人が集まり題を決めて詩を作るのに、銅銭を紐で吊るし、下に銅の盆を置き、線香で紐を炙って、紐が切れて銅銭が盆に落ちて音が鳴るまでの間に書きあげて、それで出来た詩の優劣をつける遊び。
・筆墨 bi3mo4 文字や文章。[用例]我們的激動心情難以用~来形容。(私たちの感激は筆舌に尽くしがたい)把無関緊要的話刪去,不要浪費~。(文が冗長にならないよう、よけいな文句は削ったらいい)
・偏差 pian1cha1 誤差、ずれの意味から派生し、過ち、まちがいの意味にも使う。
□ もう一つの面では、言葉に偏重し過ぎて、専ら言葉で作品を支えるのも、正しくありません。私自身もしばしばこの過ちを犯します。特に喜劇を書く時に。これは私の生活の経験が乏しいがために、言葉に助けを求めざるを得なく、そうすると作品はいきおい、軽やかに舞うようになりますが、時にこれは言葉の遊びに過ぎなくなります。そう、言葉遊びの文を書いたり、“灯謎”や“詩鐘”を本にまとめるのも、一種の言葉の練習です。けれども、喜劇の分量が削られていき、文字や文だけになってしまい、全く中身が無くなってしまうのは、たいへん大きな過ちです。私は新しい生活の中で勉強し直さないといけません。言葉を軽視するのは、正に思想の内容を軽視するようなもので、どちらも間違っています。
■ 這様交代清楚,我才敢往下説,而不至于心中老藏着個小鬼了。
・交代 jiao1dai4 説明する。釈明する。
・不至于 bu4zhi4yu2 ……までには至らない。……するようなことなない。
・心中藏着個小鬼 “鬼”は悪巧みやうしろめたいこと、の意味。[例]心里有鬼(心中やましいところがある)。
□ このようにはっきり説明してはじめて、私は続きを話すことができますし、心の中にいつもうしろめたさを持っているということがなくなります。
■ 我没有写出過出色的小説,但是我写過小説。這対于我創造(請原諒我的言過其実!)戯劇中的人物大有幇助。従写小説的経験中,我得到両条有用的辧法:第一是作者的眼睛要老盯ding1住書中人物,不因事而忘了人;事無大小,都是為人物服務的。第二是到了適当的地方必須叫人物開口説話;対話是人物性格最有力的説明書。
・言過其実 yan2 guo4 qi2shi2 [成語]話が誇大で、実際とかけ離れている。大げさに言う。
・盯 ding1 見つめる。凝視する。
□ 私は素晴らしい小説を書いたことはありませんが、小説は書いたことがあります。このことは、私が芝居の中の人物を創造する(言葉が大げさになるのを許してください)上で、大きな助けになりました。小説を書いた経験から、私は二つの役に立つ方法を習得しました。第一に、作者の眼はいつも話の中の人物を見つめていなければならず、何かの出来事のせいで人のことを忘れてはなりません。事の大小にかかわらず、全てが人物のためにあるのです。第二に、適当なところに来たら、人物に口を開いて話をさせなければなりません。対話は、人物の性格の最も有力な説明書です。
■ 我把這両条辧法運用到劇本写作中来。当然,小説与劇本有不同之処:在小説中,介紹人物較比方便,可以従服装、面貌、職業、階級各方面描写。戯劇無此方便。假若小説中人物可以逐漸渲染烘托,戯劇中的人物就一出来已経打扮停妥,五官俱全,用不着再介紹。我們的任務是要看住他。這一点却与写小説相同,従始至終,不許人物離開我們的眼睛,包括着他不在台上的時候。能够gou4緊緊地盯ding1住人物,我們便不会受情節的引誘,而忘了主持情節的人。故事重情節,小説与戯劇既要故事,更重人物。
・渲染 xuan4ran3 大げさに表現する。誇張する。“渲”、“渲染”というのは、本来は中国画の輪郭をぼかす表現技法のことをいう。
・烘托 hong1tuo1 際立たせる。引き立たせる。これも本来の意味は中国画の画法で、水墨や淡い色彩で輪郭の外側を塗りつけ、画像を引き立たせること。
・停妥 ting2tuo1 処理や処置がうまくいく。手落ちなく片付く。[用例]料理~(万事遺漏なく処置する)
・五官 wu3guan1 目、耳、鼻、口、皮膚の五官。或いは、目鼻立ちや顔立ちのこと。
・情節 qing2jie2 小説や芝居の筋、プロット。
・引誘 yin3you4 誘惑。
□ 私はこの二つの方法を芝居の脚本を書くのに使っています。もちろん、小説と芝居には異なったところがあります。小説では、人物を紹介するのがわりと便利で、服装、容貌、職業、階級などから描写することができます。芝居はこんなに便利ではありません。小説の中の人物であれば、次第に誇張し際立たせることができるのに対し、芝居の中の人物は、登場するやその身なりはうまく処置され、その姿は完璧で、改めて紹介する必要もありません。私たちの仕事はその人物を見つめることなのです。この点についてはしかし小説を書く場合も同じで、始めから終わりまで、人物が私たちの視覚から離れることは許されず、それはその人物が舞台にいない時も含まれます。人物をしっかり見つめていることができれば、私たちは話の筋の誘惑を受けることなく、話の筋をつかさどる人のことを忘れることができます。物語は話の筋を重んじますが、小説や芝居では物語性が必要なだけでなく、人物がより重要なのです。
■ 前面提到,在小説中,応在適当的時机利用対話,掲示人物性格。這是作者一辺叙述,一辺加上人物的対話,双管斉下,容易叫好。劇本通体是対話,没有作者插口的地方。這就比写小説多些困難了。假若小説家須老盯ding1住人物,使人物的性格越来越鮮明,劇作者則須在人物頭一次開口,便顕出他的性格来。這很不容易。劇作者必須知道他的人物的全部生活,才能三言五語便使人物站立起来,聞其声,知其人。不錯,小説家在動筆之前也頂好是已知人物的全貌,但是,既是小説,作者総可以従容叙述,前面没写足,后面可再補充。戯劇的既較短,而且要在短短的表演時間内看出人物的発展,故不能不在人物一露面便性格鮮明,以便給他留有発展的余地。假若一個人物出現了好大半天還没有確定不移的性格,他可怎麼発展変化呢?有的人物須隠藏起真面貌,説假話。這很不易写。我們似乎応当適時地給他机会,叫他説出廬山真面目来,否則很容易始終被情節所駆使,而看不清他是何許人也。在以情節見勝的劇本里,往往有此毛病。
・双管斉下 shuang1guan3 qi2xia4 [成語]絵を描く時に2本の絵筆を同時に使うことから転じて、両方から同時に同じ作業を進めること。ある目的に達するために二つの面から同時に活動を進めること。
・三言五語 “三言両語”と同じ。二言三言、わずかな言葉という意味。
・頂好 ding3hao3 ……がいちばんである。……に越したことはない。副詞として文頭に用い、話し手が最良と考える選択、或いは最も望ましいと考えることを表す。
・従容 cong2rong2 落ち着き払って。ゆったりと。
・篇幅 pian1fu 書籍などのページ数。枚数。文章の長さ。
・廬山真面目 lu2shan1 zhen1 mian4mu4 [成語]複雑な事物の真相。“廬山真面”とも言う。[出典]宋・蘇軾《題西林壁》の詩:横看成嶺側成峰,遠近高低各不同。“不識廬山真面目,只縁身在此山中。”(廬山の本当の姿が分からないのは、自分がその山の中にいるからだ)より。
・駆使 qu1shi3 駆り立てる。
・何許 he2xu3 どこ。いずこ。/~人(どこの人、どういう人)
□ 前に言いましたように、小説では、適当なタイミングで対話を利用し、人物の性格を示さねばなりません。これは作者が叙述をしながら、人物の対話を加えるわけで、同時に事が進められるので、容易にうまくやることができます。芝居は全体が対話ですから、作者が口をはさむ場所がありません。このことは小説を書くのに比べずっと困難です。小説家が人物をずっと見つめていれば、人物の性格はますます鮮明になっていきますが、劇作家は人物が最初に口を開くや、その人物の性格を顕わさなければなりません。これはたいへん困難なことです。劇作家はその人物の生活の全てを知っていなければならず、そうしてはじめて、わずかな言葉で人物を立ち上げ、その声を聞けば、それが誰であるか分かるようになります。そう、小説家はペンを走らせる前に、既にその人物の全貌を知っているに越したことがありませんが、小説であれば、作者は常にゆったりと叙述し、前で言い足りなかったことは、後でまた付け足すことができます。芝居の文章は比較的短く、しかも短い上演時間内に人物の成長が見てとれなければなりませんから、人物が登場するや、その性格を鮮明にせざるを得ず、それによってその人物が成長する余地を残してやらねばなりません。もし一人の人物が登場してからしばらくしても、性格がはっきりしなかったら、この人物はどうやって成長、変化していくのでしょうか。ある人物は本当の姿を隠す必要があり、嘘を言います。これはたいへん書き辛い。私たちはおそらく、適当なタイミングで彼に機会を与えてやり、彼に事の真相を語らせねばならないでしょう。さもなければ、始めから終わりまで話の筋に駆り立てられて、彼がいったいどんな人物なのか分からぬままで終わりがちです。話の筋が勝った芝居では、しばしばこうした欠点が見られます。
【出典】老舎《出口成章》上海・復旦大学出版社 2004年7月
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