中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

紅楼夢 第一回 (その6)

2009年11月03日 | 紅楼夢
 最後のところ、やや長いので2回に分けます。不幸のどん底の甄士隠は、きちがい坊主と再会し、そこで浮世のむなしさを詩に詠みます。

 可巧這日拄了拐杖掙挫到街前散散心時,忽見那辺来了一个跛足道人,瘋癲落脱,麻屣鶉衣,口内念着几句言詞,道是:

 [訳]ちょうどこの日、杖をついて、なんとか我慢して通りまで出て気晴らしをしていた時、ふとあちらの方からびっこをひいた道士がやって来るのが見えた。気が狂って常軌を逸しており、草履にぼろぼろの服で、口の中でぶつぶつとことばを念じており、それが言うには:

● 拄 zhu3 (杖を)つく
● 拐杖 guai3zhang4 杖
● 掙挫 zheng4cuo4 =扎掙 zha1zheng どうにか我慢する。無理してこらえる
● 散心 san4xin1 気晴らしをする
● 瘋癲 feng1dian1 気が狂う
● 屣 xi3 靴
● 鶉衣 chun2yi1 ぼろぼろの服

  世人都暁神仙好,惟有功名忘不了!
  古今将相在何方?荒塚一堆草没了.
  世人都暁神仙好,只有金銀忘不了!
  終朝只恨聚無多,及到多時眼閉了.
  世人都暁神仙好,只有姣妻忘不了!
  君生日日説恩情,君死又随人去了.
  世人都暁神仙好,只有儿孫忘不了!
  痴心父母古来多,孝順儿孫誰見了?

 [訳]世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ功名を忘れることができない。
   古今の将軍や宰相はどこにいるのか。荒れた塚には一群の草も生えていない。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ金銀を忘れることができない。
   一日中貯めた金が多くないことに文句を言うが、そのうち目を閉じ死んでしまう。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ美しい妻を忘れられない。
   君が生きていれば毎日恩愛の情を言うが、君が死ねば別の人に付いて行ってしまう。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ子や孫を忘れられない。
   子をいちずに思う父母は古来多いが、親孝行な子や孫を誰か見たことがあるか。
   
● 神仙 shen2xian1 仙人。なんの苦労も気がかりもなく悠々自適の生活をする人
● 塚 zhong3 塚。墓
● 終朝 zhong1zhao1 終日。一日中
● 姣 jiao1 みめうるわしい。美しい
● 恩情 en1qing2 慈しみ。恩愛の情
● 痴心 chi1xin1 いちずに思う心
● 孝順 xiao4shun4 親孝行をする

 士隠聴了,便迎上来道:“你満口説些什麼?只聴見些‘好’‘了’‘好’‘了’”.那道人笑道:“你若果聴見‘好’‘了’二字,還算你明白.可知世上万般,好便是了,了便是好.若不了,便不好,若要好,須是了.我這歌儿,便名《好了歌》”士隠本是有宿慧的,一聞此言,心中早已徹悟.因笑道:“且住!待我将你這《好了歌》解注出来何如?”道人笑道:“你解,你解。”士隠乃説道:

[訳]士隠はそれを聞くと、道士を出迎えて言った。「あなたが大きな声で言われていたのは何ですか。「好(よろしい)」「了(わかった)」「好」「了」しか聞こえなかったのですが。」その道士は言った。「あなたが「好」「了」の二字しか聞こえなかったのなら、あなたは理解されていると言える。世の中のあらゆる事が、良ければわかり、わかれば良い。もしわからなければ、良くなく、良くしないといけないなら、わからないといけない。私のこの歌は、《好了歌》という名です。」士隠は元々賢い人なので、このことを一度聞くと、十分理解した。そこで笑って言った。「待ってください。私があなたの《好了歌》を解釈してみたいのですが、如何でしょう?」道士は笑って言った。「どうか解釈してください。」士隠がそこで言うには:

● 満口 man3kou3 自信あふれる口調。大きな声
● 万般 wan4ban1 ありとあらゆる物事。万事
● 宿慧 su4hui4 もともと(平素から)聡明である
● 徹悟 che4wu4 十分理解する
● 且住 qie3zhu4 待ってください

 陋室空堂,当年笏満床,衰草枯楊,曾為歌舞場.蛛絲儿結満雕梁,緑紗今又糊在蓬窓上.説什麼脂正濃,粉正香,如何両鬢又成霜?昨日黄土隴頭送白骨,今宵紅灯帳底卧鴛鴦.金満箱,銀満箱,展眼乞丐人皆謗.正嘆他人命不長,那知自己帰来喪!訓有方,保不定日后作強梁.択膏粱,誰承望流落在煙花巷!因嫌紗帽小,致使鎖枷杠,昨怜破襖寒,今嫌紫蟒長:乱烘烘你方唱罷我登場,反認他郷是故郷.甚荒唐,到頭来都是為他人作嫁衣裳!

[訳]狭い空室だが、かつては字の書かれた笏(しゃく)が床一面になっていた。枯れた草や楊も、かつては歌舞場であった。蜘蛛の巣が彫刻をした梁中にかかっている。緑の薄衣が掛かっていたのに、今はヨモギが窓に張り付いている。紅(べに)が濃いとか白粉(おしろい)が匂うとか言っていたが、両方の鬢に白いものが混じるのを如何しよう。昨日は西域の黄土高原の隴山から死んだ兵士の白骨が送られてきたが、今宵は赤い提灯の帳の下で鴛鴦(おしどり)が寝ている。金の詰まった箱、銀の詰まった箱、見渡すと乞食が皆文句を言っている。他人の命が短いことを嘆いていると、自分が帰ってきて葬式に出されている。いくら教育しても、将来、強盗にならないとは限らない。金持ちの婿を選んでも、誰が遊郭に流れ落ちて女郎になり果てようと思うだろうか。役人になって、絹の帽子が小さいのを嫌っていた者が、罪に落ち手枷足枷をつけられている。昨日は破れた上着で寒さをあわれんでいたのが、今は紫の礼服の裾の長さを嫌がっている。むちゃくちゃにおまえが歌い終われば私が登場し、他人の郷のことだと思っていたことが、実は自分の故郷のことだと認めざるを得ない。実に荒唐無稽だが、ぎりぎりのところまでいくと、他人のために嫁入り衣装を作っているのだ。

● 陋室 lou4shi4 狭い部屋
● 笏 hu4 笏(しゃく)。大臣が朝見のとき右手に持つ細長い板。言上すべきことを裏に書いて備忘とした
● 謗 bang4 そしる。悪口を言う
● 方 fang1 方法。手段。処方箋
● 日后 ri4hou4 後日。将来
● 強梁 qiang2liang2 強暴である。横暴である
● 膏粱 gao1liang2 肥えた肉と上等な米。ごちそう。金持ち
● 承望 cheng2wang4 予想する(否定の形で用い、意外な感じを表す)
● 流落 liu2luo4 流れて(没落して)~へ行きつく
● 煙花巷 yan1hua1xiang4 花柳の巷。遊里
● 紗帽 sha1mao4 昔の文官のかぶった帽子の一種、官職のたとえ。
● 致使 zhi4shi3 ~の結果になる
● 鎖枷 jia1suo3 首かせと鎖(罪に落ち鎖につながれる)
● 扛 gang1 両手で重い物を差し上げる。物を担ぐ
● 蟒 mang3 “蟒袍”大臣が着た礼服。金色のウワバミの模様が刺繍してある
● 乱烘烘 luan4hong1hong1 “乱哄哄”:がやがや騒ぎたてる
● 到頭 dao4tou2 ぎりぎりのところまでいく。極限に達する

 那瘋跛道人聴了,拍掌笑道:“解得切,解得切!”士隠便説一声“走罷!”将道人肩上(衤荅) (衤連)搶了過来背着,竟不回家,同了瘋道人飄飄而去.当下烘動街坊,衆人当作一件新聞伝説.封氏聞得此信,哭個死去活来,只得与父親商議,遣人各処訪尋,那討音信?無奈何,少不得依靠着他父母度日.幸而身辺還有両個旧日的丫鬟伏侍,主仆三人,日夜作些針線発売,帮着父親用度.那封粛雖然日日抱怨,也無可奈何了.

[訳]あの気の狂ったびっこの道士は聞いていたが、手を叩いて笑って言った。「そのとおり、そのとおり。」士隠はそこで一声かけた。「行きましょう。」道士の肩に掛けた袋をひったくって背負い、ついに家に帰らず、きちがい道士といっしょに飄々と行ってしまった。すぐさまそれは隣近所で話題になり、人々は事件伝聞と見做した。封氏はこの知らせを聞くと泣き崩れ、父親と相談し、人を遣って尋ね歩いたが、どこに音信があるだろうか。仕方なく、父母に頼って暮らした。幸いにも身辺にはふたりの昔からの召使が仕え、主人と召使の三人で日夜針仕事をして商売をし、父親の出費を助けた。かの封粛は毎日文句を言ったが、どうしようもなかった。

● 切 qie4 ぴったりする。適合する。合う
● (衤荅) (衤連) da1lian  財布の一種。二つ折りにして帯にぶらさげ、大きいものは肩に振り分ける。両端がそれぞれ袋になっている
● 当下 dang1xia4 すぐさま
● 烘動 hong1dong4 “轟動”沸き立たせる。センセーションを巻き起こす
● 街坊 jie1fang2 隣近所
● 死去活来si3qu4hui2lai2 気絶したり生き返ったりする。極度に悲しんだり苦しんだりする 哭個死去活来:“哭得死去活来” 身も世もなく泣く
● 討 tao3 求める
● 少不得 shao3bude2 なくてはならない。欠くことのできない
● 度日 du4ri4 暮らす。貧しい暮らしを指していうことが多い
● 伏侍 fu2shi “服侍”:仕える
● 針線 zhen1xian 針仕事。裁縫
● 用度 yong4du4 出費

 這日,那甄家大丫鬟在門前買線,忽聴街上喝道之声,衆人都説新太爺到任.丫鬟于是隠在門内看時,只見軍牢快手,一対一対的過去,俄而大轎抬着一個烏帽猩袍的官府過去.丫鬟倒発了個怔,自思這官好面善,倒象在那里見過的.于是進入房中,也就丟過不在心上.至晩間,正待歇息之時,忽聴一片声打的門響,許多人乱嚷,説:“本府太爺差人来伝人問話。”封粛聴了,嚇得目瞪口呆,不知有何禍事,且聴下回分解

[訳]この日、かの甄家の年上の召使が門の前で糸を買っていると、突然、街で先払いの声を聞き、人々は皆、新しい知事がお着きになったと言った。召使が門の内に隠れて見てみると、軍隊と警察が一組一組と通り過ぎていき、俄かに大きな駕籠に担がれて黒の帽子、緋色の官服の役人が通って行った。召使はびっくりしてぼおっとなった。この役人は顔に見覚えがあり、どこかで見たことがある。その後、部屋に入ると、そのことはすっかり忘れてしまった。夜になって、寝ようとしていた時、突然門を叩く音が聞こえ、たくさんの人が叫んで言うには、「当地の知事の使いの者がお尋ねしたいことをお伝えに参りました。」封粛はそれを聞くと、びっくりして呆然となった。どんな事件が起こったかは、次回にご説明いたします。

● 喝道 he4dao4 大官の外出の際に先払いをする
● 太爺 tai4ye2 知事
● 軍牢快手 jun1lao2kuai4shou3 軍隊や警察
● 対 dui (量詞)二つでひと組のものを数える
● 俄而 e2er2 にわかに
● 烏帽猩袍 wu1mao4xing1pao2 黒の帽子、緋色の官服
● 官府 guan1fu3 役人
● 発怔 fa1zheng4 ぼんやりする
● 面善 mian4shan4 顔に見覚えがある
● 丟 diu1 ほったらかす。忘れる
● 歇息 xie1xi 寝る
● 片 pian4 (量詞)状況、音声、話声、気持ちなど。ある範囲や程度を示す。数詞は一に限る
● 乱嚷 luan4rang3 やたらにわめく
● 差人 chai1ren2 “差事”:使い
● 伝人 chuan2ren 人に伝える
● 目瞪口呆 mu4deng1kou3dai1 呆然とする

 これにて、紅楼夢第一回は終わりです。紅楼夢のすごいところは、甄士隠や賈雨村、士隠の娘の英蓮、更には召使の女と、いわば脇役の人間模様もしっかり描かれていることで、その細かい描写は、第二回以降で出てきます。この後も、第二回以降、お付き合いいただければと思います。

 尚、「好了歌」を士隠が解釈するくだりで、「訓有方,保不定日后作強梁.択膏粱,誰承望流落在煙花巷」の部分、上田さんに訳の間違いをご指摘いただき、修正しました。ありがとうございました。

紅楼夢 第一回 (その5)

2009年11月03日 | 紅楼夢

 さて、第一回も終盤に入り、賈雨村は出世の糸口をつかみ、甄士隠は不幸のどん底に突き落とされます。

 士隠聴了,大叫:“妙哉!吾毎謂兄必非久居人下者,今所吟之句,飛騰之兆已見,不日可接履于云霄之上矣.可賀,可賀!”乃親斟一斗為賀.雨村因干過,嘆道:“非晩生酒后狂言,若論時尚之学,晩生也或可去充数沽名,只是目今行囊路費一概無措,神京路遠,非頼売字撰文即能到者。”士隠不待説完,便道:“兄何不早言.愚毎有此心,但毎遇兄時,兄并未談及,愚故未敢唐突.今既及此,愚雖不才,‘義利’二字却還識得.且喜明歳正当大比,兄宜作速入都,春闈一戦,方不負兄之所学也.其盤費余事,弟自代為処置,亦不枉兄之謬識矣!”当下即命小童進去,速封五十両白銀,并両套冬衣.又云:“十九日乃黄道之期,兄可即買舟西上,待雄飛高挙,明冬再晤,豈非大快之事耶!”雨村收了銀衣,不過略謝一語,并不介意,仍是吃酒談笑.那天已交了三更,二人方散.

[訳]士隠はそれを聞くと、大声で叫んだ。「すばらしい。私はいつも、あなたはこんな所に長く居られる人ではないと言っていましたが、今吟じられた句には飛翔の兆しが見てとれ、近いうちに踵を接して雲の上に上がって行かれましょう。いやめでたい、めでたい。」そして自ら一斗の酒を注ぎお祝いをした。雨村はそれを飲み干し、嘆いて言った。「酒の上での暴言ではないのですが、今流行りの学問を論じるのであれば、私も或いは員数合わせに名を連ねることもできるかもしれません。ただ、今のところ旅装を整えたり旅費の一切が準備できておらず、都への道は遠く、売字撰文に頼る者が到底できることではありません。」士隠は話が終わるのを待って、言った。「兄上、どうしてもっと早く言ってくれなかたのですか。愚弟はそのつもりがありましたが、いつも兄上に会っても、兄上が切り出されないので、愚弟の方からは敢えて失礼になることは申しませんでした。今ここに及びましては、愚弟は不才といえども、「義理」の二文字は知っております。しかも喜ばしいことに来年はちょうど会試の年に当たっており、兄上は速やかに都へ入られ、試験を受けられてこそ、兄上が学んで来られたことに申し訳が立ちましょう。旅費その他のことは、愚弟が代わって対処しますので、それで兄上と誤って知り合いになったことも無駄にならずにすみましょう。」すぐに小僧に命じて、五十両の銀子を包ませ、また冬の着物も二着用意させ、言った。「十九日は黄道の日に当たっていますから、兄上はすぐに船を雇って西に向かってください。雄飛高挙を期待しています。来年の冬にまたお目にかかれれば、すばらしいではありませんか。」雨村は銀子と衣料を受け取ると、簡単にお礼を言っただけで、別段気にするふうでもなく、酒を飲んだり談笑したりしていたが、その日も三更(夜中の12時頃)になり、二人は別れた。

● 不日 bu4ri4 ちかいうち
● 接履 jiellv3 =接踵 jie1zhong1 踵を接する。次々と
● 云霄 xun2xiao1 空
● 晩生 wan3sheng1 (先輩、または1世代上の人に対する自称)私
● 充数 chong1shu4 員数をそろえる
● 沽 gu1 売る (沽名釣誉:売名行為をする)「充数掛名」とするテキストもある。
● 行囊 xing2nang2 旅行用の袋
● 撰文 zhuan4wen2 文章を書く
● 唐突 tang2tu1 軽率な言動で失礼になる
● 大比 da4bi3 科挙の会試。各省の挙人(郷試の合格者)が3年ごとに首都で受けた。
● 春闈 chun1wei2 科挙の会試。春試とも言う。春に行われたことから。闈wei2とは、科挙の試験場のこと。
● 盤費 pan2fei4 旅費
● 枉 wang3 むだになる
● 謬識 miu4shi2 誤って知りあいになる
● 黄道 huang2dao4 黄道吉日:民間の信仰で、万事順調にいくとされる日。日本の大安吉日に当たる。「黄道日」ともいう。
● 晤 wu4 会う


 士隠送雨村去后,回房一覚,直至紅日三竿方醒.因思昨夜之事,意欲再写両封薦書与雨村帯至神都,使雨村投謁個仕宦之家為寄足之地.因使人過去請時,那家人去了回来説:“和尚説,賈爺今日五鼓已進京去了,也曾留下話与和尚転達老爺,説‘読書人不在黄道道,総以事理為要,不及面辞了.’”士隠聴了,也只得罷了.

[訳]士隠は雨村を見送ってから、部屋に戻って寝た。そして日が真上に来る頃にようやく目覚めた。昨晩の事があったので、さらに二通の推薦状を書いて雨村に都へ持たせ、雨村がお役人にお目通りし、寄宿できるようにしたいと思った。それで家の者に呼びに行かせると、その者が帰って来て言うには、「和尚様が言われるには、賈様は本日五鼓(朝8時頃)にはもう都に向かわれたとのことで、また和尚様に旦那さまへお伝えくださいと言われたことは、「読書人には黄道も道もなく、常に事の道理を以てすることが肝要と存じ、ご挨拶には伺いません」とのことでございました。」士隠はそう聞くと、どうすることもできなかった。

● 三竿 san1gan1 竿三本分の高さ
● 謁 ye4 目上の人、地位の高い人にお目にかかる
● 事理 shi4li3 事の道理

 真是閑処光陰易過,倏忽又是元霄佳節矣.士隠命家人霍啓抱了英蓮去看社火花灯,半夜中,霍啓因要小解,便将英蓮放在一家門檻上坐着.待他小解完了来抱時,那有英蓮的踪影?急得霍啓直尋了半夜,至天明不見,那霍啓也就不敢回来見主人,便逃往他郷去了.

[訳]誠に閑居していると光陰矢のごとしで、たちまち元霄の佳節となった。士隠は召使の霍啓に命じて英蓮を抱いて、出し物や提灯を見に行かせた。夜半に霍啓が小便に行きたくなり、英蓮を一軒の家の敷居の上に座らせ、小用を終えて帰って来ると、どこにも英蓮の影も形も無くなっていた。慌てた霍啓は夜中のあいだ尋ね歩いたが、あたりが明るくなっても見つからず、かの霍啓は戻って主人に会うこともできず、故郷に逃げ帰ってしまった。

● 倏忽 shu1hu1 たちまち
● 元霄 yuan2xiao1 旧暦の1月15日
● 社火 she4huo3 祭りのとき民衆が集団的に行う娯楽演芸
● 花灯 hua1deng1 飾りをつけた燈籠。ランタン
● 小解 xiao3jie3 小便をする
● 門檻 men2kan3 (門や入口の)敷居

 那士隠夫婦,見女儿一夜不帰,便知有些不妥,再使几人去尋找,回来皆云連音響皆無.夫妻二人,半世只生此女,一旦失落,豈不思想,因此昼夜啼哭,几乎不曾尋死.看看的一月,士隠先就得了一病,当時封氏孺人也因思女構疾,日日請医療治.

[訳]かの士隠夫婦は、娘が一晩中戻って来ていないことを知ると、何かよくないことが起こったと知り、もう一度何人かを尋ねに行かせたが、帰って来ても皆何の知らせも無いと言うばかりだった。夫妻は半生でこの娘しか産んでいないので、一旦それをなくすと、そのことばかり考え、昼も夜も泣き続け、危うく自殺するところであった。ひと月みてみると、士隠が先に病気になり、すぐに夫人の封氏も病気になり、毎日医者に来てもらい治療した。

● 不妥 bu4tuo3 適当でない。よくない
● 半世 ban4shi4 半生
● 失落 shi1luo4 なくす。紛失する
● 啼哭 ti2ku1 声を出して泣く
● 構疾 gou4ji2 病気になる

 不想這日三月十五,葫芦廟中炸供,那些和尚不加小心,致使油鍋火逸,便焼着窓紙.此方人家多用竹籬木壁者,大抵也因劫数,于是接二連三,牽五挂四,将一条街焼得如火焰山一般.彼時雖有軍民来救,那火已成了勢,如何救得下?直焼了一夜,方漸漸的熄去,也不知焼了几家.只可怜甄家在隔壁,早已焼成一片瓦礫場了.只有他夫婦并几个家人的性命不曾傷了.急得士隠惟跌足長嘆而已.只得与妻子商議,且到田庄上去安身.偏値近年水旱不收,鼠盗蜂起,無非搶田奪地,鼠窃狗偸,民不安生,因此官兵剿捕,難以安身.士隠只得将田庄都折変了,便携了妻子与両個丫鬟投他岳丈家去.

[訳]思いがけず、この3月15日、ひょうたん廟ではお供えの菓子を油で揚げていて、和尚たちが注意を怠ったため、てんぷら鍋に火がつき、窓の紙を焼き、この地方の人家は多く竹垣や木の壁を用いており、おそらく劫(ごう)の数により、次々と燃え広がり、ひと筋の街路が火焰山のように燃えあがった。この時、軍民が救助に来たが、火に勢いがあり、どうして救い出せようか。一晩中燃え続いて、ようやく火は消えたが、何軒の家が焼けたかわからなかった。気の毒なことに甄家は隣であるので、とっくに焼けて瓦礫の山となってしまった。ただ夫婦と何人かの召使の命は損なわれることもなかった。慌てた士隠が地団太を踏み長嘆するばかりであった。仕方なく妻と相談し、田舎の荘園へ行って身を落ち着けることにした。折悪しく近年は干ばつで収穫ができず、盗賊が蜂起し、田や土地を奪い、こそどろが出て、民心が安定せず、官兵が討伐するも、身を安んじることができず、士隠は仕方なく田畑を売り払い、妻と二人の召使を連れて舅の家に身を寄せた。

● 劫数 jie2shu4 劫(ごう)の数
● 接二連三 =牽五挂四 次々と
● 瓦礫 wa3li4 がれき
● 跌足 die1zu2 地団太を踏む、足を踏み鳴らす
● 田庄 tian2zhuang1 官僚、地主が農村で所有していた田畑、荘園
● 安身 an1shen1 身を寄せる。身を置く
● 値 zhi2 ~に当たる。~にぶつかる
● 水旱不收 shui3han4bu4shou1 旱魃で収穫ができない
● 鼠窃狗偸 shu3qie4gou3tou1 こそどろ
● 剿捕 jiao3bu3 討伐して捕まえる
● 折変 zhe2bian4 売り払う
● 岳丈 yue4zhang4 岳父。妻の父。しゅうと

 他岳丈名喚封粛,本貫大如州人氏,雖是務農,家中都還殷実.今見女婿這等狼狽而来,心中便有些不楽.幸而士隠還有折変田地的銀子未曾用完,拿出来托他随分就価薄置些須房地,為后日衣食之計.那封粛便半哄半賺,些須与他些薄田朽屋.士隠乃読書之人,不慣生理稼穡等事,勉強支持了一二年,越覚窮了下去.封粛毎見面時,便説些現成話,且人前人后又怨他們不善過活,只一味好吃懶作等語.士隠知投人不着,心中未免悔恨,再兼上年驚嚇,急忿怨痛,已有積傷,暮年之人,貧病交攻,竟漸漸的露出那下世的光景来.

[訳]彼の岳父の名は封粛といい、本籍は大如州の人である。農業を生業にしているが、家は豊かであった。今、娘婿らが狼狽して来たのを見て、心中おもしろくなかった。幸いにも、士隠が田畑を売った金がまだ使いきっておらず、それを出してきて彼に託して必要な家や土地を適当に値をつけて買い、これからの暮らしに備えようとした。かの封粛は半ばだまして半ば儲けて、彼に痩せた田んぼとぼろ家を与えた。士隠は読書人で、商売や農業に慣れておらず、なんとか一二年は持ち堪えたが、益々生活に困るようになった。封粛は面と向かっては、あたりさわりのないことを言っているが、彼のいないところでは彼らは暮らし向きも立てられない、食いしん坊の怠け者だと非難した。士隠は舅が信頼できないとわかり、心の中でひどく悔やんだが、前年の事件の恐怖、怒りや悲しみで、既に十分傷ついており、人生の晩年を迎え、貧困と病に交互に攻められ、次第にこの世を去る光景が脳裡をよぎるようになってきた。

● 殷実 yin1shi2 富んでいる。豊である
● 置 zhi4 買う。買い入れる
● 薄田 bo2tian2 やせた田畑
● 稼穡 jia4se4 広く農事を指す
● 現成話 xian4cheng2hua4 部外者の無責任な発言
● 好吃懶作 hao3chi1lan3zuo4 食いしん坊の怠け者
● 上年 shang4nian2 去年
● 驚嚇 jing1xia4 怖がってびくびくする
● 急忿 ji2fen4 いらだち怒る
● 怨痛 yuan4tong4 恨み悲しむ
● 暮年 mu4nian4 晩年
● 下世 xia4shi4 この世を去る

 このように、不幸のどん底に落とされた甄士隠は厭世的になりますが、ここでまた、あのきちがい坊主と再会します。そのくだりは、次回でご紹介します。