のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

加藤いづみさん、Tシャツを汚してごめんなさい。でもこれが愛用するということ。

2016年05月22日 20時59分53秒 | Weblog
昨日、平成28年5月21日(土)
加藤いづみ 25th Anniversary Concert 『あの日、私の歌が生まれた』
(Vo. 加藤いづみ Gt. 高橋研 Gt. 狩野良昭 Pf. 佐藤史朗 Ba. 榎本高 Dr. 田中徹)
東京 Mt.RAINIER HOLL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
開場 16:15 / 開演 17:00

行ってきました。
ほんとうに楽しかった。
笑顔を見て、うれし涙とたくさんのありがとうを感じて。
幸せな気持ちで帰宅しました。

そして・・・
いつもの日常が戻ってきました。
留守中父のお世話をお願いしていた姉の情報によると、最後のシモのお世話は午後6時過ぎ。
私の昨夜の帰宅が午後10時半ごろ。
いつ「決壊」してもおかしくない時間である。
さりとて午後11時は今の私の生活サイクルでは深夜だからなあ。
諦めて、いつものように徘徊センサーをオンにして床に入った。

逆に不気味。
鳴ることはなかった。
私が寝たのは遅かったけれどいつも通りの時間に目が醒める不思議。
もう染み付いてしまったのだろうな。
朝食準備、父は声掛けにも起きない。
うーん・・・
最後の交換から半日以上経過。
もはや怖くて布団に手を入れて「状態」を確認する気にもなれない。

起きたのは9時半を過ぎてから。
そりゃ凄いことになっていましたよ。
「大きいほう」は出ていなかった。
ラッキー!そう考えましょ!
防水シーツ貫通、布団にも「被害」
買った当初はまさに完璧に布団を守ってくれて、心強い存在だった防水シーツにも経年劣化がある。
買い換えなくちゃ。

諸諸のシモのお世話とそれに伴う決して楽しいとは言えない「作業」の数々。
それはまだしも機嫌がすこぶる悪い。
久々の「言葉責め」も受けたけれど。
たいせつな部分がグッショリ。
目覚めてそんな状態だったらそれも無理はないな。

朝ご飯が終わるといつものように父はまた布団へGo!
さて私の生活、自分の時間だ。
が・・・
暑い・・・
真夏のクソ暑さに比べたら気温はそんなに高いわけではない。
網戸にして扇風機を回せば室温は29度くらい。

個人的に暑さで体調を崩す、その一番深刻な時期は今ごろ。
ほんとうに暑くなってしまえば、身体は慣れてくる。
暑くなり始め、それほど気温は高くないが身体がまだ対応できない。

ここ数年、この時期の対応を誤っている。
心の病の薬を30年ぶりに止められて初めての夏。
ここもちゃんと今までの人生から学ばないとな。
心がけたこと。
やりたいこと、やっておいたほうがいいこと。
満載の日曜日であったけれど。
何もしないで可能な限り横になって過ごす。
身体を休めて、暑さに慣らすことに集中する。
濡れタオル、窓全開、扇風機、こまめな水分補給。
ただし冷房だけは入れない。
それが身体と心を慣らして、夏、本格的な暑さに備えるための効果的な準備段階での最良の過ごし方。
室温が30度を大きく超えたら冷房なしでは身体を壊すから遠慮なくスイッチオンでも、この時期この気温で頼り始めてしまうとあとで苦しい思いをする。
学んだことは活かさないとね。

お風呂は沸かしておいた。
起きた父がいつでも入れるように。
お昼過ぎ、案の定起きた父が入ると言ってきた。
「あの状態」だったのだからオシモを中心に気持ちが悪いのは当然。
先読みの勝利です。

そして「その危機」はやってきた。
すこぶる元気な表情、動きもいい、油断しました。
お風呂から上がった父。
椅子に座った途端に全身の力が抜けて目がうつろになった。
ヤバイ、これはほんとうにヤバイ状態だ。
それくらいのことはわかる。
本気で救急車を呼ぶことを考えた。

母のときの体験が生きた。
パニクっていたけれど、最低限の冷静適切な対処をして。
オムツを穿いて貰うときに「大きいほう」もかなり出続けている状態だったけれど。
優先順位は心得ていた。
今やるべきはシモの衛生確保ではなく一刻も早く休んで貰うことだ。

布団の横でずっと待機。
脈拍正常、息も落ち着き、顔色も正常に戻った。
油断はできない。
今日は夜も添い寝かな。
そこまで覚悟はしたけれど。

三時間経過。
父は極めて元気そうに起きて「食べる」と言う。
時間はまだ早いが、一般的に夕食を食べる時間にこだわる場合ではない。
食べられるとき、食べたいときに食べて貰って、さっさと休んで貰わなくちゃ。
一緒に夕食、まだ陽がさんさんの時間だ。
食べ終わればソッコーでまた「寝る」になる。
ここではさすがにこだわらざるを得ない。
さっきのオシモ、あの状態、このまままた半日・・・
父のためにも私のためにも想像したくない世界だよねえ。

お世話開始。
心も含めて、いろんな意味での準備は万端。
使い捨て手袋で一番臭いの残りやすい両手を完全防備。
そして服装・・・
昨日コンサート会場で買ったばかりの加藤いづみさんのアルバムTシャツを着ていた。
少し考えて。
それは着替えないことにした。

予想通りたいせつなTシャツには「汚れ」が付いた。
この場面での「汚れ」の意味、わかりますよね。
後悔はなかった。
一般的なファン道としては間違いなのかもしれないけれど。
私にとってはこれがたいせつなTシャツの「正しい汚し方」であった。
サインしてもらった色紙とかだったら別の話だけれど。
額に入れて飾るTシャツでは意味がない。
着てこそ価値が出る。
自分が生活していく上での汗にまみれ、汚れる。
それでも洗濯して何度も着る。
結果、ぼろぼろになるのは早くなってしまうだろうけれど。
それがたいせつなものを「活かす」「自分のものにする」「愛用する」
そういうものだと思うようになったよ。

まあこんなブログ、ご本人は見ていないでしょうけれど。
万が一ご覧になったとしても、この話で気分を害することはないだろう。
私の感覚が正しければ、加藤いづみさん、ご本人はそういう方のような気がしています。

さりとて、思い入れのあるアルバムのロゴの入ったTシャツを本来付くべきものでないもので汚してしまったのは事実です。
いづみさんに対しても、心からのごめんなさい。
こんな人間がファンの一人、気分を害される可能性が少しでもあるならもっとごめんなさいなのでありました。

【今日の写真】
ってなわけでTシャツの汚れた部分を隠して記念撮影。
この汚れを隠さず撮ってWebで公開。
する勇気はない、しない常識はある。(苦笑)

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