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季節の移ろいに年の流れが重なる。
店の奥にある小さな事務机の椅子に坐り、早見庄造はぼんやりと店内を見ていた。左側の棚には、日本酒と焼酎が並び、右側には洋酒棚とビールの保冷庫がある。中央の棚には、雑多な商品が置いてある。酒のつまみ、インスタントラーメン、お菓子。醤油、みりん、味噌や塩もある。まるで近頃増えてきたコンビニの一角を覗いている気がする。コンクリートの通路には、客は誰もいない。三十年前の店の面影は何処にもない。あのころは店の奥の小さなカウンターに、安い酒を求めて常連が集まったものだ。
机に両肘をおき、両手の甲に顎をのせ、目を細めると、彼らの愚痴や溜息や沈黙が蘇ってくる。
一升瓶を抱えてコップに盛り上がるまで酒をいれる。客は口で酒を迎えにいく。少し啜り、コップを引きよせ、受皿に零れた酒を丁寧に戻す。
長居する客がいると妻の出番だ。
「えらいすんまへんなあ」そう言って煤けたはり紙を指差す。そこには庄三の下手な字で、
「立呑は10分以内でお願いしマス」とある。
人の気配に目を開けると、店の前に置いてある酒の自動販売機にサラリーマン風の男が小銭を入れているのが見えた。しゃがんで酒のカップを取り出す。馴れた手つきでアルミの蓋を外すと一気に流しこんだ。昼間から彼のような男を見るのは稀ではない。三十年前の人々と異質なのか、同質なのか庄三には分からない。只、彼は、「毎度」の言葉もかけられない処にいる。
彼だけではない。庄三を取り巻く全ての人や物が、庄三から遠ざかって行くような気がする。
七十年間の歳月が掌の一握りの空気のように思える。季節が移ろうように自分は七十才の老人になった。
