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一人のヒーラーさんとの出会いから、私の世界が変わっていきました。

四国病

2012-09-09 21:01:39 | 日々のつぶやき

 

むくげの花の数もだんだん減ってきて、今朝は1輪の花も咲かなくなった。替わりに真夏は元気が無かったのにデュランタの花がまた、沢山咲きだした。植物に季節の移り変わりを教えられる。

昼間は暑くとも季節はもう秋なんだなと感じる。

上の花は何と言う名前か知らない。

唯一沢山咲いている蔓紫の花は咲いても、午前中だけで散ってしまうのでいけるには適さないので 近くの道の駅に仏壇のシキビを買いに行った時に目に付いて買って来た。

先日通夜の席で隣り合わせた大阪の義理の叔父が歩き遍路?をしている話をし始めた。

後、香川一国を残すのみになっているが、暑さの厳しい間は休み涼しくなってから又、再開すると言う。

何故、?マークが付くかと言えば、叔父の足では札所間の距離が遠ければ、1日の間にたどり着けず、乗り合いバスを利用するそうである。

先日私達が行った足摺でもよくお遍路さんを見かけた事が有ったが、叔父に話すと、

「あそこは遠いねん、バスをつこうたわ。ちょっと贅沢して、のあるホテルに泊まったけど、高かったな。ほら、食事も良かったけどな。」と話し始め、

「徳島、高知、愛媛と周って来て、だんだんお遍路さんに関心も薄れてきてお接待も少なくなってくるんや。」

よく分からないが、札所番号が若い程、お遍路さんも多いからではなかろうかと思うが…

遍路道と言って県道や国道ではない昔からの道がある。その道を忠実に歩いたのかと聞けば、

「徳島から高知への道、室戸とか、足摺の山道は寂しいて気味悪るうてよう歩かん。そこで捻挫でもしてみい、何時人が来るか分からんのに。」と、当たり前のようにしゃあしゃあと言う。

「衣装ケースなどを台車に積んで歩いている人を見かけるけど。」と、聞くと、

「あの人らはな、お大師さんと一緒にその後足跡を周ってるんや。札所着いても、ただ拝むだけで、御朱印とか、納経帳とかは関係ないんや。ただ、歩くだけでそのままお迎えを待つ人もある。後ろでドサッと言う音がして振り返ると、70歳台の女の人が倒れてそのまま救急車で運ばれた事があったな。その晩遍路宿で亡くなられたらしい事を聞いたな。」

どうも国道を台車を押して歩いているお遍路さん達とはちょっと違うような気がする。

愛媛の四国山地の村で次の札所に着く事が出来ず、予約した宿は近くに行っても分からず、前で道路工事をしている人に聞くと、

「え!あんたあそこに泊まるんか?止めといたほうがええで、」と言われたが、他に宿もなく泊まったが、えらく汚かったそうでそんな宿は他には無かったと言う。

其処の出身の旦那さんを持つユキちゃんに言うと、「宿屋なんかあったかしら?」と、言うくらいである。交通の便が良くなり、田舎の旅館やホテルはなかなか客が無い。

で周る遍路さんの多くなった今、ちょっと無理しても観光地まで走って宿に泊まったり、バス会社の日帰りツアーを利用して行ったりするので札所近くのビジネスホテルなどでも少ないと聞く。

「それがな、88ヶ所周って帰ってからな、数ヶ月経つと、また行きとうなるんや。『四国病』と、言うやと」と、笑いながら叔父は言った。

私の住んでいる町に札所は無いが、30年位前に母が二度周った。と、言っても、マイクロバスで10人ほどで周っただけであるが、それでも、私や妹によく近くの札所まで連れて行くようせがんだ。

ある時、お寺の駐車場に軽のライトバンに畳を敷きつめ、小さなプロパンガスで料理をされているお爺さんがあった。少し話してみると、お風呂は近くの銭湯へ行くと言われた。

今ならば、道の駅も沢山出来て、食事やお風呂も多くて便利だろうと思うが、歩きながら、叔父は何を考えているのだろう、聞くのを忘れてしまった。

 


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