Wake Up !

一人のヒーラーさんとの出会いから、私の世界が変わっていきました。

長生きもつらい

2021-08-29 17:08:28 | 日々のつぶやき

 お盆前からの長雨がやみ うって変わっての蒸し暑さに逆戻りしたものの 夜明けとともに シャンシャンシャン、ジージージーと蝉の大合唱だったのが、静かになってきている。暑くても夕方ツクツクボウシが泣き出した。

 今 私は今年95歳の母と二人暮らしである。

2年前の主治医の知識不足で出された薬の副作用にもめげず だいぶん健康を取り戻していたが、さすがにこの年齢となるとあちこち不調が出てきた。昨年11月の下旬より左目の動脈硬化によりほとんど視力が無くなった。

「これはどんな眼鏡をかけても矯正出来ない」と松山の医者に言われ、慣れるしかないのであるが本人はルチンの豊富な桑茶を飲んだりしているがあまり改善の様子は見られない。

おまけに健脚自慢であったのが、すり足になってしまいこの1か月半に2度転倒した。

1度目はたたみの上で頭を打ったが、擦り傷とこぶができただけであり、冷やしたものの数日すると、内出血が下りてきて目の周りが青くなりボクサーのようになった。

2度目の1週間前の土曜日は廊下で転倒し、頭、背中、腰を酷く打ち付け起き上がれず、幸いまだ治療時間内であったので近くの接骨院に連れて行ったが、転び方が良かったので打撲で済んだ。

しかし、私と違って怪我の少ない母は痛みをこらえる事が出来ず、駄々っ子の幼児のように四六時中湿布の張替えやっ注文が多く起こされて、元々睡眠不足がちであるのに丸2日間寝ることができなかった。そのせいであるかどうかわからないが、左ひざに水が溜まり腫れて熱を持ち私の方が参ってきた。

おまけに 以前から再々あったことだが、食事を作っていると自分は何が食べたいからそれはいらない…。と言って手を付けず、作っては捨てるの繰り返しでストレスになってしまった。

今、朝はスムージーにしているが突然いらないと言われ、以前は1週間分の甘酒を造って冷凍していたら、いらない。スムージーを作れと言い放つ。

どちらにしても材料を構えているうえ、甘酒は半日掛かりでつくっているのであるからいい迷惑である。

義理の関係であれば、そう言えないであろうと思うが、娘には遠慮がない。

依然、退職して母親と同居をされた友人のお姉さんと話したとき、二人で暮らすのに取り決めをしたという話を聞いていた。同居を始めた途端、お母さんは気が緩んだせいか痴呆になり、半日時間がずれ、食事も食べさせても1時間かかったと言われた。もし 施設へ入れたならば、この人は食べないと言って早く亡くなったと思うといわれ、6年間しっかりお世話をされたお姉さんは未練も何もなかった。

遅ればせながら、このような状態であれば食事を作ることはしない。自分で出来ることは自分でというと、キツイと怒る。

しかも、痛みに耐えかね接骨院の先生には

「死んだ方がまし」と言って悪態をつき、数日間は最悪だった。

造血剤で胃の弱い母に座薬を勧めてもらったことからだいぶん 母は落ち着きを戻してきた。

周りを見れば、同級生は痴呆とつんぼで電話をしても話にならない。近所のお友達はあの世か施設に入って誰もいなくなっている。もう話し相手は世代の違う人間しかいなくなっていた。

誰と話しても芯から話はかみ合いにくく、本や新聞を読むのも目がみえにくくしんどそうである。

おとぎ話の浦島太郎は亀を助けたのになぜ玉手箱でおじいさんになったのかわからなかったが、それが乙姫様の優しさだったと今わかる。


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