いつもココロに太陽を!

~ Me Hana O Ka La I Ka Pu'uwai ~

春のワルツ<5話>

2006-11-03 | 韓国ドラマ
だんだん、主人公のチェハ(ソ・ドヨン)のチワワ顔が見慣れてきました!

今回はソウルに渡ってからのチェハとフィリップ(ダニエル・ヘニー)のウニョン探しがメインです。

ウニョンは手術が成功し、ある家の長女として養子に迎えられたよう。
やっとウニョンを見つけたチェハなのに、
普通にオンマがいて弟がいる彼女をウニョンじゃないと思ってしまったのか・・・

あんなに追いかけてやっとみつけたのに、真相も確かめないで去るなんて。
一言聞けば済むことなのに
「疑わしきはまず聞く」がモットーの私には考えられない!

一方のダニエル・ヘニーですが、サムスンの時の超正統派二枚目から
今回はちょっと母性をくすぐる表情を出します。
少しコミカルなダニエルもやっぱり素敵。
あんなハンサム、何やっても素敵だわよ。
でも素敵すぎてねぇ・・・

どうやら一番の鍵はチェハの父が握っていそう。
スホ→チェハへと変貌させ、ウニョンが死んだと嘘をついたのか・・・?

ま!あわてずじっくり見ていくことにしましょう。
今回はそんなに泣かない内容でした。

おばあちゃんの家

2006-11-03 | 映画
ずっと観たかった映画。
韓国映画の「おばあちゃんの家」。
なんとも温かい映画だった。

少年サンウ(推定8歳)は母親の職探しの間の2ヶ月間、
山奥のド田舎にある実家のおばあちゃんの家に預けられてしまう。
この少年は「悲しき恋歌」でクォン・サンウの少年時代を演じた子だよね?

このおばあちゃんちが確かに強烈!
わらぶきの今にも壊れそうな家、畳も変色し、家の中には虫もたくさん同居している。
トイレはもちろん外!
私の母方の田舎がそうだったため、私の幼少期の記憶もいやがおうにも蘇る。

サンウは、腰の90度に曲がった口のきけないおばあちゃんに、一切心を開かず、
持参したゲームボーイで黙々と遊ぶ。
食事を出されても、おばあちゃんの作ったおかずには手をつけず、
自分で持参したSPAMの缶詰をおかずにご飯を食べる。
おやつもおばあちゃんの古風なお菓子(和菓子のような)ではなく、チョコレートとCOLA。

まあ無理もない。ソウル生まれの都会の男の子に、そんなものじゃ通じないよ。
もちろん、黙々と孫の世話を焼くおばあちゃんには温かいものを感じるが、
サンウの気持ちもよくわかる。

私とて、夏休み、母の田舎に行くと、最初の頃は牛を見たり鶏の卵をとったり、
それなりに遊ぶけど、後半はもう帰りたくて仕方なかった。
夜トイレに行くのも怖いし、部屋の中をクモが歩くし・・・。
そんな中私の母だけは、やはり実家だもの、生き生きとしていたっけ。
子供の私にはまだ文句の言える母もいたし、
仕事から帰れば町に連れて行ってくれるお姉さん(いとこ)もいた。
でもサンウはおばあちゃんと2人きり。それもすごい山奥でだ。

やがてゲームボーイの電池が切れる。
おばあちゃんのかんざしを盗んで山を下り、電池を買いに行くのだけど、
豆電池、ちょっとやそっとじゃ売ってない。
かんざしが盗品なこともばれてしまう。

文明と隔絶されたサンウは持ってきたクレヨンやガンダムのようなおもちゃで遊ぶが、それさえも退屈してしまう。

サンウの横で針仕事をするおばあちゃんは、黙ってサンウに針と糸を渡す。
「糸を通せ」というのだ。
「バカじゃないの?」とおばあちゃんを馬鹿にしながらも
言われた時だけ雑誌の手を休め、糸を通すサンウ。
ここらへんから心が通じ合うのかと思いきや、やっぱりそんな簡単にはいかない。

けれど、サンウはおばあちゃんなしでは食事をすることもトイレに行くこともできないのは事実だ。

ある日おばあちゃんはサンウに「何が食べたいか」と聞く。
「ケンタッキーチキン!」と答えたサンウ。

おばあちゃんは手作り野菜を持って山を下り、生きた鶏を持って帰る。
コケー!
結局、鶏はまるごと茹でられた「ゆでどり」になった。
(参鶏湯(サムゲタン)だと思えば大人なら嬉しいだろうが、サンウにはフライじゃないチキンなんてチキンじゃない!)
「こんなもんいらない!」と怒るサンウ。
”ごめんね”と胸をなでるジェスチャーをするおばあちゃん。

その夜、おばあちゃんが熱を出す。
サンウは息を確かめ、タオルを頭に乗せて、彼なりに介抱するのだ。
おっ!そろそろ来たか・・・?

ある日サンウはおばあちゃんと一緒に町へ行く。
朝市のようなところで、おばあちゃんがかぼちゃを売ってお金を得ていることを知る。
お金を得るのは本当に大変なことなんだ・・・。
町には電池も売っていたが、サンウはそれを買わない。

そのお金でジャジャ麺を食べさせてもらうサンウ。
おばあちゃんは黙ってみているだけ・・・

ここらへんから私の涙腺はもうだめだった。

私の母も、自分は食べなくても子供には食べさせてくれるような人だった。
親の無償の愛って本当に強い。
田舎のおばあちゃんだって、いつも帰るときにお小遣いをくれたっけ。

チョコパイを食べたいサンウのために、おばあちゃんは菓子屋へ行く。
そこの店番のおばあちゃんとの会話。
「私は歩けないからあんたがまた来ておくれ。お互い死ぬ前にまた会おう」
2人のおばあちゃん、会話はなくとも心が通じ合っている。
なんて緩やかに時間の流れている村なんだろう・・・

4つもらったチョコパイも当然自分のものとしてしまうサンウ。
サンウだけをバスに乗せ、おばあちゃんはバス代をケチって歩いて帰るのだ。
バス停で、心配そうにおばあちゃんを待つサンウ。

サンウには村の友達ができる。
女の子だ。
その子の家へおめかしして出かけ、帰り道牛に追われて転んでしまう。
ひざは血まみれだ。
心細く半ベソかきながらトボトボ帰ると、おばあちゃんが黙って待っていてくれた。
おばあちゃんの顔を見ると号泣してしまうサンウ。

あー、私もハラハラと涙が出た。
まさしく誰にでも原風景にあるものじゃないのかな?
迷子になった時、親に会うまでは気丈にしているのに、会ったら大泣きしてしまったこと。
親はいつも温かく笑っていた。

やがてサンウとおばあちゃんに別れの時が来る。
サンウの母親が迎えに来るのだ。

おばあちゃんに字の書き方を教える。
「会いたい」「体が痛い」この2つ。
「なんでこんなのも書けないの?パボ(バカ)!」というサンウ。
結局「おばあちゃんの体が痛い時は何も書かないでいいから手紙を出して。僕が飛んでくるよ」というサンウ。
サンウごとき飛んできたところで何にもならないけど、その心遣いが可愛いじゃないか。
もちろん都会の子に戻れば山奥での出来事なんて遠くなってしまうのだけれど、
サンウの2ヶ月は彼にとってすごく貴重な時間だったはずだ。

大事にしていた宝物のガンダムカードをおばあちゃんにプレゼントし、
チョコパイも分けてあげられるようにもなった。

走り去るバス・・・
小さくなる腰の曲がったおばあちゃん。
必死で手を振るサンウ。

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「お年寄りは大事にしよう」などといくら教えても経験にかなうものはない。
なぜ相手はこんなにか弱いのか、こんなに衰えているのかは
若い時には理解できないものだ。
若い親の作るお弁当はいつもカラフルなのに、私の母の作るお弁当のおかずはいつも茶色だった。
それがいやでたまらなかった時期。

でも、いつも心のどこかで感謝していた。
そして感謝できる子に育ててくれて、ありがたかったと心から思う。

この映画の監督は、自分のおばあちゃんへの感謝の気持ちを映像に残したいと言った。
まさにそうなんだ。
この映画の根底の温かさ、これはみんなが経験すべきことだと思う。
サンウの成長を通して、私も郷愁に誘われた思いだった。
久しぶりに心が温かくなった。

「おばあちゃんの家」↓
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3637

キムジャン(キムチ作り)の季節

2006-11-02 | クッキング
私の得意料理の一つが「キムチ作り」である。

韓国には「キムジャン」という季節があるらしい。
キムジャンとは、各家庭がキムチ作りを始める時期のこと。
冬になる前にキムチをひと冬分作り置きするというのだ。
「もうキムチ用意した?」が挨拶の枕詞になるとか・・・

なかなか素敵な風習だと思わない?
韓国でも最近の若い人はキムチを作れないらしいが、
ぜひとも守って欲しい風習である。

さて、日本人の私。
本格キムチは作るが、ぬか付けはやらない。
若い子のこと言えないか!



大根をひたすら切って、唐辛子をまぶす。
大根に赤い色を染み込ませるためにも最初にやっておくといい。
ちなみに粉唐辛子と粗い唐辛子をブレンドするのねん。



唐辛子で大根が赤くなったとこ。↑


他の野菜<ニラやネギetc.>、アミの塩辛、にんにくなどを入れてグチャグチャ混ぜます。
甘みのために水飴(韓国製のはタラーッとゆるいから便利)も絶対必要!
これで「赤いベタベタ」(我が家ではこう呼ぶ)ができました!

あらかじめ塩漬けにしておいた白菜(前日に始める)にこの「赤いベタベタ」をまぶし、出来上がったのがこちら ↓



今夜は陶芸教室で作った手作りの器に、
キムチ、ごぼうのピクルス、おからの煮物。
超ヘルシーではないかしら?

よし、オットに食べさせてあげよう!
休日の私。 よく頑張った!(自画自賛)