秋の風にふれたくて、真夜中に河原を散歩することにした。私は河原を目指して、とにかく北に向かった。西の鬱蒼とした森からは鈴虫や蟋蟀の音色が聞こえ、それが心をいたく滲ませる。森の向うから、汽車が音を立てて走ってくる。そうしてすぐに遠くへ消えてゆく。汽車のかすれた音は、秋に興を添える。
北に向かうと、すぐにO橋が見えてくる。しばらく橋の上から、K川を眺めていた。北からの冷たい風が心地よい。下には悠々と流れる川がある。何とも大人しい川である。雨雫をたらすと怒り出して激流になるけれども、何もしなければ、単なる水の集合体である。川の流れに乗って、どこか遠くへ旅してみたいものだ。
橋を渡って南へ向かう。昼間であればにぎわう街も、夜になればとんと静かになる。開いているのは、ただ酒屋だけである。しかし、車は一台も止まっていない。ふと空を見上げると、丸い月が出ていた。何時見ても美しい月だ。手がとどかないから余計美しい。歩きながら月を見ると、屋根と月、看板と月、松の木と月、場面が次々に変わる。けれども、そのどれもが美しい。月の美しさは永遠である。
私はある一人の人間を深く苦しめている。勿論、意図的に苦しめているのではない。苦しめたくもないのに、苦しめているのである。だからなおさら、私は罪の意識に苦しんでいる。救いたいと思えば思うほど苦しめる。大切な人間、たった一人も幸せにすることも出来ずに、私は大勢の人々に感動を与えることができるのだろうか。そんなのはどだい無理な話なんじゃないだろうか。私は葛藤、それも先の見えないどす黒い葛藤に頭を抱えている…。
坂を下ると、河原のすぐ脇道に出る。私のすぐそばには川がある。川のそばへ来ると、少しだけ磯の香りがした。そんなわけはないが、実際に磯の香りをかいだ気がした。水の流れる音が記憶を蘇らせるのだろうか。なぜなら私は海の見える街で育ったからだ。
「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず」は鴨長明である。彼はこの文章を考えるのに、幾日を費やしたのだろうか。時間の流れは止まらない。私は少なくとも、時間を止めようとは思わない。早く過ぎることも望まない。望むのは、過去に戻ることだけである。しかし、それはかなうことはない空しい願いだ。
川のそばで、花火をしている家族が居た。思えば、今年の夏は一度も花火を見なかった。花火を見なかったからといって、別段死ぬわけでもない。死ぬことを考えるのはもううんざりである。芥川も、太宰も、もういいのである。私もいつかあんな幸せそうな家族を持つ日が来るのだろうか。来たら、さぞかし愉快だろう。来なければ、それはそれでしょうがない。私は静かに目をつむった。花火の匂いが少しだけ鼻に通った。
小さな橋でK川を越え、私は帰るために北を目指す。私は孤独をひどく愛している。しかし、その愛し方はどこか悲しい愛し方である。川は黒い。すっかり闇に溶け込んでる。私自身もいつの間にか闇に溶け込んでいる。虫はまだ静かに鳴いている。私は独り歩いている。街灯に照らされた細い道を。
北に向かうと、すぐにO橋が見えてくる。しばらく橋の上から、K川を眺めていた。北からの冷たい風が心地よい。下には悠々と流れる川がある。何とも大人しい川である。雨雫をたらすと怒り出して激流になるけれども、何もしなければ、単なる水の集合体である。川の流れに乗って、どこか遠くへ旅してみたいものだ。
橋を渡って南へ向かう。昼間であればにぎわう街も、夜になればとんと静かになる。開いているのは、ただ酒屋だけである。しかし、車は一台も止まっていない。ふと空を見上げると、丸い月が出ていた。何時見ても美しい月だ。手がとどかないから余計美しい。歩きながら月を見ると、屋根と月、看板と月、松の木と月、場面が次々に変わる。けれども、そのどれもが美しい。月の美しさは永遠である。
私はある一人の人間を深く苦しめている。勿論、意図的に苦しめているのではない。苦しめたくもないのに、苦しめているのである。だからなおさら、私は罪の意識に苦しんでいる。救いたいと思えば思うほど苦しめる。大切な人間、たった一人も幸せにすることも出来ずに、私は大勢の人々に感動を与えることができるのだろうか。そんなのはどだい無理な話なんじゃないだろうか。私は葛藤、それも先の見えないどす黒い葛藤に頭を抱えている…。
坂を下ると、河原のすぐ脇道に出る。私のすぐそばには川がある。川のそばへ来ると、少しだけ磯の香りがした。そんなわけはないが、実際に磯の香りをかいだ気がした。水の流れる音が記憶を蘇らせるのだろうか。なぜなら私は海の見える街で育ったからだ。
「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず」は鴨長明である。彼はこの文章を考えるのに、幾日を費やしたのだろうか。時間の流れは止まらない。私は少なくとも、時間を止めようとは思わない。早く過ぎることも望まない。望むのは、過去に戻ることだけである。しかし、それはかなうことはない空しい願いだ。
川のそばで、花火をしている家族が居た。思えば、今年の夏は一度も花火を見なかった。花火を見なかったからといって、別段死ぬわけでもない。死ぬことを考えるのはもううんざりである。芥川も、太宰も、もういいのである。私もいつかあんな幸せそうな家族を持つ日が来るのだろうか。来たら、さぞかし愉快だろう。来なければ、それはそれでしょうがない。私は静かに目をつむった。花火の匂いが少しだけ鼻に通った。
小さな橋でK川を越え、私は帰るために北を目指す。私は孤独をひどく愛している。しかし、その愛し方はどこか悲しい愛し方である。川は黒い。すっかり闇に溶け込んでる。私自身もいつの間にか闇に溶け込んでいる。虫はまだ静かに鳴いている。私は独り歩いている。街灯に照らされた細い道を。
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