足を伸ばして、栃木県は栃木県立美術館「浅川伯教 巧 兄弟の心と眼」を見てきました。
浅川伯教(のりたか)と巧(たくみ)の兄弟は、大正から昭和初期にかけての朝鮮陶磁研究者です。この兄弟は、それまであまり評価されてこなかった李朝期の陶磁器に関心を持ち、詳細な研究をすすめ発表することで、李朝期陶磁器の魅力を多くの人々に紹介した功績があります。
この展覧会では、浅川兄弟が魅せられた陶磁器を始め、伯教が作陶した陶磁器や水彩画、巧が収集した木工品を併せて展示しています。また、2人と強いつながりを持ち、民藝運動の中心的な役割を担った柳宗悦との関わりも紹介しています。
…本来であれば、まず同展に出品されている李朝期陶磁の魅力についてご紹介するべきなのでしょうが、私が驚かされたのは2人の徹底した仕事ぶり。
・朝鮮半島の北から南まで窯跡を踏査(同展には伯教が記録した地図も紹介)。
・採取した破片は1点ずつ記録。
・主要な窯跡や周辺の道路地図を水彩で自作。
・2人が蒐集した李朝期陶磁は美術館ができるほどの質と量。
・さらに伯教は自らも作陶。
要するに彼らは単に机上で李朝期陶磁の研究をまとめあげたというのではないということ。汗をかきながら踏査をすすめ、新しい発見のたびに感動して(これが大きなモチベーションになったに違いない)、膨大な李朝期陶磁のコレクションからその性質をまとめあげたことがわかります。さらに伯教は実際に作陶も手がけていたので、陶磁を制作側からの視点で見ることもできたわけですね。まさに研究者のお手本のような2人だったようです。
同展に展示されている陶磁のなかで、特に私の心を誘ったのは《粉青刷毛目椀 銘「新両国」》です。解説に「チョコレート色」と記してありましたが、まさにそういった色合いのもので、さらにいえば結構薄目のチョコレート色。いま私たちが日常で使う飯茶碗ぐらいの形と大きさです。椀には傷みや歪みがありますが、それが長い歴史を生きてきた風格として伝わってきます。他にも《粉青象嵌魚文瓶》は魚の泳いでいる様子がデザインされたものですが、制作されたのが300年(確か)前とは思えないほどモダン。今日でも十分通用するデザインであると感じました。
ブログの投稿にしては多少長くなりすぎました(笑)。
李朝期陶芸と浅川兄弟のライフワーク。両方がみどころのオススメの展覧会です。
浅川伯教(のりたか)と巧(たくみ)の兄弟は、大正から昭和初期にかけての朝鮮陶磁研究者です。この兄弟は、それまであまり評価されてこなかった李朝期の陶磁器に関心を持ち、詳細な研究をすすめ発表することで、李朝期陶磁器の魅力を多くの人々に紹介した功績があります。
この展覧会では、浅川兄弟が魅せられた陶磁器を始め、伯教が作陶した陶磁器や水彩画、巧が収集した木工品を併せて展示しています。また、2人と強いつながりを持ち、民藝運動の中心的な役割を担った柳宗悦との関わりも紹介しています。
…本来であれば、まず同展に出品されている李朝期陶磁の魅力についてご紹介するべきなのでしょうが、私が驚かされたのは2人の徹底した仕事ぶり。
・朝鮮半島の北から南まで窯跡を踏査(同展には伯教が記録した地図も紹介)。
・採取した破片は1点ずつ記録。
・主要な窯跡や周辺の道路地図を水彩で自作。
・2人が蒐集した李朝期陶磁は美術館ができるほどの質と量。
・さらに伯教は自らも作陶。
要するに彼らは単に机上で李朝期陶磁の研究をまとめあげたというのではないということ。汗をかきながら踏査をすすめ、新しい発見のたびに感動して(これが大きなモチベーションになったに違いない)、膨大な李朝期陶磁のコレクションからその性質をまとめあげたことがわかります。さらに伯教は実際に作陶も手がけていたので、陶磁を制作側からの視点で見ることもできたわけですね。まさに研究者のお手本のような2人だったようです。
同展に展示されている陶磁のなかで、特に私の心を誘ったのは《粉青刷毛目椀 銘「新両国」》です。解説に「チョコレート色」と記してありましたが、まさにそういった色合いのもので、さらにいえば結構薄目のチョコレート色。いま私たちが日常で使う飯茶碗ぐらいの形と大きさです。椀には傷みや歪みがありますが、それが長い歴史を生きてきた風格として伝わってきます。他にも《粉青象嵌魚文瓶》は魚の泳いでいる様子がデザインされたものですが、制作されたのが300年(確か)前とは思えないほどモダン。今日でも十分通用するデザインであると感じました。
ブログの投稿にしては多少長くなりすぎました(笑)。
李朝期陶芸と浅川兄弟のライフワーク。両方がみどころのオススメの展覧会です。