鎮守の森の学校(京都北山細野の神主)

日々感じる事を想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現が有るのはボケが始まったとお許しください

最近の葬儀に思う・いとこ(大倉恒雄)の家族葬に出て

2016年05月27日 | 死について

ここ数年肺の病で入退院を繰り返していた従弟が亡くなりました。

家族からの連絡で「本当の家族だけで葬儀を執り行います」との連絡を受けましたが「親戚を代表して私だけでも参列させて下さい」と

箕面・池田家族葬ホールに出かけました

亡くなった恒雄は私より7歳下の71歳です。私の叔母(父の妹)の一人息子です。名前から判るように大倉酒造一族の分家でした。

私が小学校の頃は京都鳴滝に住んでいました。当時有名だった俳優の市川雷蔵さんのお宅の向かいでした。

神戸の外語大学のイスパニア語科を出て日本交通公社(JTB)に入って日本各地の営業所やドイツのヂュッセルドルフの所長なども努めてJTBの子会社から兵庫県の女子大で観光学(?)なども指導していました。

彼は学生時代ワンゲルに入っていたので私が昭和40年に登山専門店を開業したときは最初の客としてコッフェルなどを買ってくれた事を思い出しました。(この登山店は開店1週間は何も売れませんでした。)

私の父も母も兄妹では一番上でしたからその長男である私は従弟の中では最年長になります。

私の子供の頃はまだ古き良き日本の家族制度が残っていて我が家を中心に従弟や又従弟などが寄り集まって来て兄弟のように交わっていました。

書きたいと思ったのは当人(恒雄)の事ではなくて葬儀の形式の話ですが葬祭業者の演出がクドくなって来ましたね?

特に近年葬儀の最後に参列者に死者とのお別れと称して親族でもない多くの人に死顔を見せる演出があります。

昔は最後のお別れとは極く近親者のみがするものと決まっていました。

私は以前から親しい人の死顔を見るのはやめていました。いくら死化粧がきれいでも元気であった頃の思い出は見たトタンに無くなり以後の追憶は死顔に変わってしまいます。

昔は参列者全員が花を入れて死顔を見る習慣などはありませんでした。これなどは葬儀屋の悪い演出の一つだと思います。

神道の生死観は

「日の本に生まれ出にし益人は 神より出て神に入るなり」この歌の意味は「日本の国に生まれて来た人は、神の御霊をもらって生まれ、亡くなればまた神の御霊に戻って行く」です。亡くなればもうミタマは身体を離れてもう遺骸(なきがら)だけなのです。

神道の基本は「敬神崇祖」(けいしんすうそ)神を敬い先祖をあがめることです。

神道では人は亡くなれば神様になります。

近い先祖を仏として祭り 遠い先祖を神として祀る

と日本では信じられて来ました。

 

 

 

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