鎮守の森の学校(京都北山細野の神主)

日々感じる事を想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現が有るのはボケが始まったとお許しください

渓流釣りの師匠も昨年末に亡くなっていた

2019年02月06日 | 死について

先月は私の狩猟の師匠江和ランドの大野安彦さんが69歳で亡くなりました。(ブログにも書いています)

今日・自動車のオイル交換や整備に東寺の西にある山田モータスにお昼に行き整備中事務所で待っていました。

山田社長もおられたので「フルモト君は最近来てますか?」と尋ねたところ「聞いてませんか?」との返事。

「古本は昨年11月に死にました」私にフライフッシングを教えてくれたフルモトくんと山田社長は同級生。

古本くんのアパートが近くなのでタクシーの運転手をリタイヤした彼は事務所に毎日のように来ていました。

昭和23年生まれですから70歳・私より10歳も若いのです。

私が京北町に移り住んだ40年近く前に彼に誘われてフライフッシングをはじめました。

それ以来病みつきなりフライ三昧で彼とよく滋賀県の高取川やアマス川や長野県の木曽川などに出かけて教えてもらいました。

彼はキャッチアンドリリース派で本業がプロのタクシードライバーなのでどんな遠い川へ出かけるにも運転をしてくれました。

教え方もバツグンで・「あの岩の右側に投げてみ、20センチぐらいのアマゴが居るよ」と・私がその場所に投げると

ピッタシ・20センチぐらいのアマゴが出てくるのです。私が釣り上げられるか?バラすか?は私の腕次第でしたが。

それに彼は独身でしたから仕事が終わったら自由に好きなところへ出かけていました。

リタイアしたここ数年は好きな釣りもやめていて、私がいくら誘っても釣りには乗ってきませんでした。

もっぱら各地の神社やお寺周りをしていました。高野山に自分の墓も作っていたようです。

狩猟と渓流釣りの二人の師匠を続いて亡くして虚しさが一杯です。そのせいか?何故か自然に桂坂の野鳥遊園に向かっていました。

ここは私の人生の師と尊敬していた元京都野鳥の会会長の故伊藤正美さんが指導して造られたところで今は山下さんが管理されています。

野鳥遊園の入り口

観察室からの池

もうこの歳になれば年長者が亡くなっても「天寿をまっとうした」と割り切れますが10歳も年下の人が亡くなればやはり虚しいとしか言えません。

それでも二人にとっては天寿だったのですね。

神道では「日の本に生まれ出でにし益人は 神より出でて神に入るなり」と言われています。

この歌の意味は「日本の国に生まれてきた人は 神の御霊をもらって生まれ 亡くなればまた神の御霊に戻っていく」

神道では、今のこの世 現世がすべてなのです。現世を大切に、悔いのないように生き抜くことが一番大切です。

二人より10年も長生きしている私ですが二人から教わったことを噛み締めて残る人生釣りと狩猟に精進します。(何か違うか?)

 

 

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