【 歌 】は哥に準じている。▼ 可は、口と丁から成り立つ。口は、人のクチではなく、(神への)誓いの言葉を入れた函である。丁は、その函を捧げ持つ祭器の形。欠は、人がクチをあけて声を出している形象。*【う た、 う たーう】 歌は、人の感情、意志を伝える方法となる。《例》 歌を以て 之を訊(ただ)す〈歌にして、忠告する。〉 ー以上、白川 静「漢字学」/三省堂「漢字海 」参照ー ▼ 漢字とは、一文字の中に、時代の秩序の原理を支える思想を内包する。
春を代表する花々は終わり、夏の花の盛りがはじまった。オダマキは、その訪れを告げるはなである。
おだまきや 大樹みどりの 濃き真下 ー夢蔡ー
菜種は茂り 次世代へ継ぐ ー群峰ー
【おだまき・苧環】 花形が、糸を繰る“おだまき”に似ている。外に大きく開いている部位は、‘萼’ー花弁を被いまもる。本来の花弁5枚は、‘距’(きょ)=蹴爪を、持っていて“萼”の間から延ばす。この花の特徴。
おだまきや 蹴爪(けずめ)のばして 空仰ぐ ー夢蔡
炎帝さしおき しゃしゃりいでしや -歩未子ー
【セイヨウオダマキ】 ヨーロッパ原産。それにしても、‘距=けずめ’の立派さ!!伸びやかさ!この個性!!すばらしい.
【山オダマキ】 (と言っている。)原種である【深山オダマキ】 に花相が近いようだ。
生物界には、説明しがたいモノのほうが多い。オダマキにとって、【距】を持つことが、何故、有利であったか。蕚と花びらを絡み合わせることで、筒状の花形と雄しべ。雌しべを守ったか。素人的想定であり、証明ではない。人は、それを植物の多様性と呼ぶ。多様性とは、証明できない限界を示す言葉であり、そこから先きは空想の世界である。故に、オダマキ!の神秘性に万歳である。ーー
ーー《憲法記念日 昭和22年5月3日施行》----
毛毬咲き山村 憲法記念の日 -秋桜子ー
連休中の ただの一日(ひとひ)か -夢蔡ー
▼ “憲法記念日” 俳句では、春の季語(5月5日立夏の前)である。有名俳人の句に、勝手に連歌の折をつけた。▼ 久しぶりで、憲法を読んだ。何人の人が、この文章を精査・熟読したのだろうか。日の丸・国歌については、はなばなしく論議されるが、同様に、いま現在この国の形・秩序を支える根幹の憲法を読み込む日として、記念日があってよいのではないだろうか。
自らが、そしてこなかった反省の意をこめてーーーーー
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