諸葛菜草叢記

 "窓前の草を除かず“ 草深き(草叢)中で過ごす日々の記

「昭和の日」のほほけたぽぽ Vol.2

2008-06-29 15:43:07 | 日記・エッセイ・コラム

Pap_0624    信濃路は こごみ タラの芽 こしあぶら   

  山路辿れば いちどきに春                                               

( J 歌壇   神奈川に住む女性の句 )  選者 曰  うれしい春ですね。実感が、伝わってきます。                                                                     

       ★ M市の中心部からクルマで30分ほど走った所の山間に、伏流水の湧き出し口があって、それを上手く利用したニジマスの釣堀ある。自分たちで食べきれる匹数を釣り上げて売店に持って行くと、それをすぐに捌いて塩焼きにしてくれる。その時に地粉の手打ちうどんを注文して置く。もちろん、天ざるである。天婦羅は、タラの芽、マイタケ、シソの葉。2~30分ほどテーブルで待つと、焼きあがったニジマスと天ざるがはこばれて来る。美味~い!!である。時おり山峡の涼風吹きこみ、鶯の谷を渡る声、(トツ・キョ・キョカ・キョク)・ 杜鵑の啼き声が、高く遠く透明感をもって響く。も~う至福の時の唯中にいるといった感じ。こうした気層に触れている時、誰だって楽しくいものだ。

   ★ 私は、いま本棚の整理をしている。長い間触っていないので、そうとうの塵にまみれている。懐かしい本もあれば、何の必要で買ったのか記憶ない本もある。こうして、自分史を書き残そうとブログを始めたのだが、本は、その貴重な資料なってくれるだろうし、また、そのつもりである。一段いちだん、一冊いっさつ、塵を払いながら進めているいると、本とは別に企画書が数葉出てきた。その中のひとつの表紙は、【  人口動態図  】であった。これも、また、本とは違う懐かしい出会いである。

   ★ 平成7~13年の頃、私は、数人の仲間たちと広告会社をやっていた。代表は、Mが務めていた。彼は、着想ガよくて、弁舌も立ち、クライアントを巧みに魅きつける能力の持ち主であった。私は、彼のサブにまわり、広告プロデイウサー的な役を引き受けた。(私は、東京を引き払う直前は、池袋近くのY・PRに務めていた。、この経験が、この役をこなすのに、随分役に立った。) 【人口動態】を表紙にした企画書の内容は、ターゲットの客層に合わせ店内をショウイング・デイスプレイすることで、季節感・着装感を演出し、提案型の店作りを、と云ったものであった。表紙は、【客層】をイメージする為、【人口動態図】を使ったのだろう。、当時、この図は、広告関連の雑誌・書物にはよく使われていて、さして、めずらしものではなっかった。そういえば、最近、【人口動態図】を殆んど見ない。新聞が特集を組んだりする時、【図】には、キーイ・ワードが,たくさん含まれているはずだ。例えば、年金問題・・・。(エ~?)

Ca390011  己が葉に  くぐもれ 咲くや 夏椿   夢 蔡

 【図】を確かめに、市立図書館へ行く途中に、K公園に立ち寄った。急ぐ旅ではない、少し木陰で休む。それから、近くの寺の境内に咲く 夏椿をケータイで撮影して、プールの仲間のYさんに、上記の句を入れて、写メールした。この句は、「己が葉に くぐもれ 咲くや 寒椿   異文子」 のまったくのパクリである。Yさんが、気がつけば、、それで、笑い話として一興。いま、〈や・さ・し・さ〉が、奇妙に流行っている。慕・優・愁を括りにした「オカリナ 宗二郎」のCDまである。あまり、〈や・さ・し・い〉のは、〈あ・や・し・い〉.。「オレオレ詐欺」「フリコエメ詐欺」は、この手口を使う。初手は、誠に、親切で優しい。

  《 閑話 休題 》

   ★ 図書館に入り、2階の資料検索コーナーへ行き、館員に、【人口動態図】で検索してもらうと、「政府刊行物コーナー」に在るようです。「解りました。あとは、自分で見ます。」と、教えられた所に行くと、すぐに有るではないか。平成12年に、「 国勢調査 」を実施していたのだ。私は、調査結果の編集・解説シリーズNo.1 「 我が国人口の概観 」(奥付 編集・発行 総務省統計局)を持ち、其のうちの数ページ、コピーを依頼した。{ 同時に、「人口動態統計」(奥付  編集 厚労省大臣官房統計情報部  発行(財) 厚生統計協会) のまえがき}も。家に持ち帰り、「人口概観 第12章  高齢者のいる世帯」を読み始めた。「我が国では、急速に人口の高齢化進んでおり、それに伴って高齢者のいる世帯が増加している。平成12年度の65歳以上の親族(高齢家族)のいる一般世帯は1504世帯で、7年に比べ17.7%増加・・・・・・・。」  これ以上、書き込む気がしない。民主党のレンポウさんではないが、「あったま きた~!」である。「人口動態統計」は、出産・死亡・離婚の推移をまとめたものだ。此処まで、解っていて、立法府・行政府は、国民対して、何をして来たのか。この間に、何回国政選挙があったろうか?。立候補者は、「改革なくして、成長なし」 「美しい国」だの、ならべる言葉は、誠に心いい響きだ。走りよって握手をしたり、そのサービス精神は怠りなしだ。金バッチ付け、赤絨毯を歩き始めるや、彼は、視野狭窄となってしまい、選挙民の生活実態など何処かへ行ってしまう。これは、あの「詐欺」の手口そのものだ。

     ★ ヤッパリ国民は怒ってます。ではなくて、ナメラレテます。

           A・歌壇より

     学徒動員 年金 後期高齢者 わたしを語るひらがながない (千葉の男性)

     天引きで 足を引っ張り 引き落とす  (夢  蔡)

       前句 曰ク いかり社 すれ  いかり社 すれ

     VOL.2       おわり   08.07.01 PM 7;35 記す。

  


子供たちは、今【管理社会】を生きている

2008-06-23 23:18:06 | 日記・エッセイ・コラム

Ca390248  ♪ 土手のさすかんぽ、  ジャマ更紗、

 いまはホタルも  みな絶えた。

 ぼくら 後期の高齢者~!

   今朝も病院、またまもどる。    すかんぽ  すかんぽ   川のふち。

   汗をかきかき  ハ・ニ・フォ・ヘ・ト ~♪

    「  喜多原 百 愁      作詞  」

     ★  子供たちは、もう、野を駆けなくなった。過っての子供たちが、滑り降りた土手と河原は、コンクリートで護岸工事が施されてる。砂地と草のなだらかになっていた場所は、削り取られてイキナリ深みである。今、水に近か付こうとすると、大人でも相当覚悟がいる。傾斜部分は、野イバラや葛に覆われていて、うっかり足を突っ込んだりすると,とんでもない事になる。過日、白い小花を付けた茨を,ワン・ショトと思い足を踏み入れてたとたんに、身体ごと斜めにはまり困った。どうして子供が近づけようか。

  ★  午後2時30分には、町役場は、放送で子供たちの下校を知らせる。パトロール・カーが、青い回転灯を回して走り、通学路の各要所に、交通指導員が就き、子供たちの安全を確保する。マスコミに報道される子供の事件は、痛ましい限りだ。

  ★  加えて、急成長した流通業は、子供たちをターゲットに戦略・戦術を組む。子供たちの成長過程は、大量製産・大量消費のマーケットの内部に取り込まれる。「トイザラス」は、その嚆矢である。取り扱い品目数 1万8000。既存店では、考えもつかない豊富な品揃えと強力なバイイング・パワーによるロー・プライス。日本にも、いまは、主要都市に出店している。

  ★   今年、日本の長者番付け一番は、N・:°の会長職にある人だと報じられた。あのゲームは、確かに面白い。過っての子供たちの世界を、完全に覆す革命的な新案である。このゲームで育った子供たちは、今日のパソコン・インターネットを苦無く生きてゆく。

  ★  昭和30年代までの子供たちは、野を走り、草いきれの中を転げまり、川の流れに入り、遊んだ。身体には、しょっちゅう傷があった。遊びとは、身体を張ることであり、体力勝負であった。この子供たちが、自然の中で自由に遊べてよかった、と言うつもりは全く無い。現在、65・8才まで溯れば、「 モノ 」は、極端な欠乏状態であった。、冬は、下駄に足袋、季節が好くなればハダシで登校したものだ。カバンという気の効いたものはなく、教科書と勉強道具は、背嚢(といっていたが、肩から提げるほう)に入れて通学した。腹は、常に空かせており、ドドメ(桑の実)、生梅、桃、アンズ、柿の食い時とその場所は、しっかりと把握していた。確かに、自然と身体で直接対峙し、遊ぶことで、創意工夫は生まれる。そして、それが、自由であったとしても、とても【 幸福 】な状況にあったとは言い難いのだ。 『 兎 追いしかの山  小鮒釣りし かの川 』。誰もが郷愁を感じる唱歌「 故郷 」ある。しかし、【 故郷 】は、、一種の【 ユートピア 】なのだ、と言った時に、猛烈に反発する人がいることも、また事実なのだ。ウサギやフナは、『 喰う 』 ために追ったり、釣ったりしたのだ。この『 空腹な時代 』状況を過ごした人にとって、「 故郷 」は「 ユートピア 」ではない。むしろ、苦い思い出の「 地 」なのだ。

  ★  子供たちは、いま、限り無く安全に守られている。腹を空かせることも無い。「アフリカの子供は餓え、日本の子供はダイエットしている。」と揶揄されるくらいだ。着る物だって有り余るほどだ・・・・・・。

  ★ 子供たちの現状を書き込むのは、以上である。今日の状況を語る稿は、また、別に起こす積りだが、それは、子供たちの問題についても、当然触れることにもなる。そして、『酸ポの咲くころ』の替え歌が、適当なものであるかどうかは、解らない。しかし、時代は、将に、この通りであり、いい状況とは言い難い。テレビを点ければ、平穏な日々を演出している。何気なく、NHKの「クローズ・UP・・・」を見ていた。丁度、ガソリンが、180円超えた数日後であった。「高騰するj時代にどう対処するか、」と言った題名だったので興味を持った。高騰するガソリンに、国は、如何なる政策を持っているのか、困っている国民に対して何をしてくれるのか、突っ込んだ方向を期待した。しかし、内容は、「急な踏み込みはヤメて、アクセルをユックリ踏んで加速する。40~60㌔以上は出さない。」(そうすると、今までより、何リッター少なく燃費を押さえられた。)  もうひとつは、何人かで一台のクルマをリースする。必要に応じ申し出る。空いていない時は、用事を延ばし、少し、我慢して待つ。( 自動車税、車検費用etcを年額換算して、マイ・カーを持つより、○○円安い費用負担で済む。) 上げられた側の工夫の問題か~!! 一般国民は、ガソリンの価格については、発言権はない。全く一方的である。どのスタンドも一斉である。(スタンドによっては、サービスが違うのに、イヤ、同じか) ガソリンが高くなったら、こうした工夫をしなさい。番組は、ソウ言っているに等しい。これは、北の国営放送のプロパガンダの方法だ。大人も子供も困難な状況にいる。

    黒々と 75才に引かれたたる 線は 余生の寒冷前線

          (   A.歌壇    埼玉の男性の句  )

    

   

              


【チンゲンサイにも・・・】 花ーvol・3

2008-06-02 01:35:54 | 日記・エッセイ・コラム

Ca390408  「 昼月に春菊摘めば 船の笛 」 時国鶴枝

 シュンギク (写真・右奥)・、原産地は、地中海沿岸。当地では、観賞用で野菜としては用いない。日本には、500年ほど前に中国経由で渡来。採取後、一株から再び茎葉を出すので、〈無尽草〉の異名がある。(百科辞典ー平凡社) 菊菜・高麗菊・花春菊 季語の世界での和名で、登場する。 ( 季寄せー角川書店)。 チンゲンサイ ・(写真手前)につては、上記のものからは見つからなかった。 中国野菜。茎、葉とも薄緑色の白菜風で、コッロとした茎の形を生かして、器のまわりに盛ったりする。 ( 食品成分表ー 一橋出版) ★家の、西側は、いきなりダイコン畑である。、これだけの農村地帯に長年住み続けながら、シュンギク・チンゲンサイを写真にしたのは初めてである。5月連休の頃の『天声人語』氏が、次ぎに示す本の面白さを紹介しながら、混雑する観光地へ無理して出かけたりしなで、、最近 都市郊外ではやりの貸し農園で、野菜作りを楽しんだりする連休の過ごし方もあるョ・・・と言った「落ち」で文章をまとめておられた。(毎日、必ず目を通し、さすがプロと起承転結と文章の流れを参考にさせもっらている。) ★さて、本の題名である。「 キャベツにだって花が咲く 」-知られざる野菜の不思議 ( 稲垣 栄洋 著  光文社新書 ) 動植物生態 大好き人間の私には、刺激的な題名の本である。『天声人語』氏に煽られて、本屋へ急いだ。題名の通りに面白かった。(余談・・「 親指はなぜ太いのか 」・・直立二足歩行の起源にせまる・島泰三著 中公新書  この本の 【ニッチ】と言うキイ・ワードは大変気に入っている。)

 添付写真の光景を目にした時、「 チンゲンサイにだって花が咲く 」である。チンゲンサイの1センチに満たない黄色い小花を生まれて初めて目にした。大袈裟ではなく、ほんとうである。春菊の5センチほどの花も、やはり、はじめて。キバナコスモスに似た感じの黄色い花が、初夏の光に鮮やかに輝いて咲いている。アレ!綺麗だ…!地中海沿岸の白い建物とマリン・ブルーとで絶妙なコントラストの空間を作り出すに違いない。( 行ったことないので想像だけ )★ この花が、シルクロードで中国へ、其処で、食用野菜になって、およそ500年前に、黄海渡って日本へ。なんだか花を観てるだけで、悠久で壮大な文化の流れを感じる。

 、たまたまダイコンを収穫に来ていた畑の主に、この花の話をした。彼は、皮肉そうな笑みを浮かべて言った。 「 この近在で、畑になんか花咲かせてみな…! それっこそ、近所のいい笑いものだョ…!  アイツは、欲張って作りすぎだの、、農家としちゃあ~腕が悪り~くせにサ・・・、言いてえ~放題!たちまち評判なっちまう.で~!」 ようするに、専業農家が、出荷用葉物に花を咲かせた場合、彼は、堕農の烙印をおされる次第なのだ。。★ふと、「コサ」=日影なった畑の隅に目をやる。そこのダイコン数本が背丈を伸ばし白い小花を付けている。「アレは、どうして…?」 「アレか、朝日が当たらないとアアいうふになるんだ。」 植物は、自分に適した生活環境に異変を感じると、花を付けて子孫を残す方向へ、イキナリ 走るようである。自らの体力が不十分であるにもかかわらずに、まるで 「処女懐胎 」である。 「蒔き時の温度が、今年のように低すぎるた場合も花を付ける。だから、寒冷紗の掛け方でコントロールする。野菜農業の基本のテクだよ。」 ★植物のほうも、自らの【DAN】を残すための、いわば危機管理的方法を環境に合わせて持っている。                  

   ★ 知られざる野菜の不思議…☆☆☆☆☆ 星 五つで~す。