日本の進路を考える

戦後70年が過ぎてもいまだに自立できない日本を考える。

山椒の新緑

2007年04月22日 | Weblog
香りがなんとも新鮮。一本の木からいつの間にか実生で4~5本に増えてそれぞれ新芽がきれいに開いた。夏になると痛くて触れないとげもこの時期はそのままつまんで食べられる柔らかさ。

一才桜

2007年04月22日 | Weblog
なぜ一才桜というかネットショップの商品紹介をコピーすると:

ちょっと特別な一品。「一才」という名前はどういう事かと言うと、コンパクトな状態に仕立てながらも今年、花が咲くように生育させた物。そう、つまりは来春は家庭で花見が出来るのです。もちろん、毎年、楽しめますよ。
開花:3月中旬以降、草丈:25~30cm

というもの。これが売れに売れていて、諦めていたらある真夜中にネットを見ていたら、限定最後の100鉢というのがあり、購入できた。いや、お見事な花が咲く。鉢のままがよいというコメント付だが、庭の隅に植えて来年も小さな桜を楽しみたい。そういえば、田舎の実家の庭は鉢物を植えたような樹木がたくさんあったような気がする。70~80年経っているが。,...

長崎市長射殺事件はひどい話だが

2007年04月19日 | Weblog
お役所仕事に常々腹を立てているので、犯人の逆恨みはありそうだとも思う。
決してあってはいけないやり方であるが、先日やられたJR東日本の対応も含めてお役所仕事の門前払いのひどさを想像すると、この手の輩は通知された文書の責任者である市長を猛烈に恨んだということになる。なんとも単細胞であり、殺しに行くというのもやり方が違うと思うが、多段のお役人様が相手の主張を理解しようともせず入口で拒否してきたのではと想像する。
となると、市長殺害の原因はお役所の窓口の方々という極端な考え方も出来るかもしれないと、TV報道を見ながら考えていた。
お役所への金銭の要求や脅しが頻発しているとも言っていたが、ここ数年の官製談合などお役所の腐敗は目に余る。そこを暴力団に目をつけられるというのも、ありそうなことだ。
主義主張では、目立つ人だったから色々背景を想像するコメントもあるようだが、恐らくかわいそうに市長には、殆ど関係のないことだろうとも思った。
しかし、話せば分かるとも言えずに後ろから突然撃たれたというのはちょっと酷い話だ。

お料理と学習のパテント

2007年04月19日 | Weblog
塾の形態である。数名の児童がお料理をしながら数学、理科、地理などを料理と関連付けて学ぶ。ケーキを8等分するには何回切るか?とか、この素材はどの国からきたか?その世界地図上の位置は?など、なかなか面白いし、身につく教育法だ。
そういえば、教育まぐまぐの先生が料理料理と言ってるのはここに原点があるのかな?と思った。
アメリカでは一部の小学校でこのやり方を採用するというコメントであったが、特許料は入るのかしら?
外人の名前も特許のタイトルもねぼけて聞きそこなったが、食事と関連付けることでその塾に通う子供の絶大な効果に両親が出てきて驚いているとまくし立てていた。嫌いなものも食べるようになったと。
日本だと両親レベルからの再教育のなかに取り入れたらどうだろう。ついでに英語でやるとか大人向けにして。

あっという間に還暦から2年が過ぎた

2007年04月19日 | Weblog
まだ、言われるほどぼけてもいないし、体力もあるが、徐々に色々なことが起きるのだろうと自己観察をしている。まず文章を書くときの語彙ががたっと落ちている。もっと適切な言葉があるのにと、出てこないもどかしさも感じる。英語をしゃべるときの語彙のなさの感覚を日本語で感じるとは思いもしないことである。
体力では、ゴルフの飛距離、階段を駆け上がった後の呼吸の乱れ、視力減退などなど致し方なし。
そこで、今年になって自分のことを書いておこうと、暇を見つけては書いてきた。本日で一区切りにしようと思う。最終章は「おわりに」ではなく「なか〆」というタイトルにした。まだちょっとは生きるだろうから。
私的自費出版をやろうと思う。無理やり読まされる同時代の被害者のことを思うとちょっと悪いが、目的はこのブログと同様に次の次の世代に戦後の日本を生きてきたおじいちゃんのことを知ってもらい、考えてもらいたいからである。
製本にはちょっと時間がかかるらしい。