歯科医師会のメンバーの訃報が立て続けに届く。
お一人は47歳の先生。
もうお一人は59歳の先生。
お一人は、生まれながらにカラダが弱く「何年も生きられないだろう」と当時の医者に言われていたが、病気と闘いながらここまで人生を全うした。
もうお一人は、ガンが見つかって半年、入院してひと月で逝ってしまった。
私は今、55歳。
父親は62歳で鬼籍に入った。
胃がんが見つかってから1年半ぐらいだった。
当時、私は32歳だったが「人生、わからないものだな」と強く思った。
それ以来、父親の亡くなった”62歳”というのが私の意識に表在して定着している。
現代哲学者のハイデガーは、死の可能性に直面する事を「死への先駆」と定義した。
荒波を超えて漁港を出ていく漁師は「板子一枚、底は地獄」との言葉通り、日常と死が近く、僚船の事故も見聞きし10代で「死への先駆」を経験しているかもしれない。
逆に、平穏に暮らしていて80代ぐらいで、配偶者や知人の死に直面するまで「死への先駆」が訪れない人もいるだろう。
1度きりの人生なので自由に暮らすという考えもできるが、なかなか現実が許さない。
それに歯科医師として過ごすという枷がある。
昔、勤めていたところの副院長が「パチンコ打ってたら、隣の台に患者さんが来たので、顔を見られないように、この後も勝ちそうな台を放棄して、パチンコ屋さんを後にした」と言っていた。
大変解りやすい心理だ。
余談だが、旅館のオヤジ曰く「学校の先生と、警察官の宴会が一番タチが悪くてハチャメチャ」との事だ。
心理学者のユングの言うところの「ペルソナ」だ。
ハイデガー的に言えば「世人」だろうか。
凝った言い方をせずに言うと「世間体」ってやつだ。
人生の残り時間を私は以前のブログで原稿用紙の「余白」に例えた。
落語の「死神」なら「蝋燭」だ。
もしも、落語の死神に出会ったら、自分の蝋燭を見せてもらいたいものである。
そう言えば先月、内科の待合室で、中学校の同期とバッタリ出くわした。
「俺、難病になっちゃたんだよ。ALS・・・。」
突然のカミングアウトに返す言葉が見つからなかった。
いくら蝋燭の長さがあっても、難病は辛すぎる。
(難病と闘ってる。あるいは受け入れている方々には、大変失礼な表現です。今の私の価値観では「辛すぎる」と思ったのです。)
私の父を昔からよく知る人は「お父さんは太く短くだったね」「男のやりたいこと全部やったからいいよね」なんて言ってくれる。
息子から見ても、これらの評価は客観視する限り、大きく間違ってはいないような気がする。
でも、死の間際になっても父は「絶対、復活してやる」という姿勢を崩さなかった。
決して「もう、やりたいことはやった、充分だ」なんて素振りはなかった。
人々の心の救いとなる(はずであろう)宗教、仏教には「因果応報」とか「業」とかという言葉もある。果たしてそうなのかと疑問も残る。
まるでなにか悪い事をして、罰が当たったみたいに見えてしまう。
きっと仏教の宗教家は短命であっても、それが天寿だと言うだろう。
この文章は、数日に渡って書き込んでいる。
今朝、ふと思い出したのだが、数年前に狩猟を趣味にしていた歯科医師会の先生が、一人は40代で亡くなって、もう一人は若年性認知症が元で医院を畳んでしまった。
こんな事例も経験すると「もしや、これって・・・」なんて思わない訳ではない。
そうは言っても歯科医師会を母集団とするならばN≒200
狩猟を趣味にしてた先生をサンプルにするならn=2
つまりこの事象は100%なのだがn=2の2/2で100%なので統計的には何の信頼性はない。
自分の周囲での出来事を哲学、心理学、宗教学、統計学で考察しても、いい答えは出ない。
たまに、このような哲学的な事を自分なりに言語化して脳内整理運動したくなる衝動に駆られる。
父親の亡くなった年齢まであと7年。
私の人生の余白はどれぐらあるのだろう・・・。
以下、余白