WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

失恋魔術師……青春の太田裕美⑳

2010年04月17日 | 青春の太田裕美

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 1978年に発表された『背中あわせのランデブー』収録の「失恋魔術師」である。アルバム発売から約一ヵ月後にシングルカットされている。作詞は松本隆、作曲はなんと吉田拓郎だ。 

 実に無邪気な、イノセントな曲である。若い女性の日常の断片を切り取っただけの詩である。「あなたの街」の「珈琲ハウス」で待ち合わせをしているものの、相手が本当に来てくれるか心配している女性。その不安な心を描いた詩だ。しかし、心の葛藤を「失恋魔術師」という存在に投影して表現しているところがすごい。恋愛をしている女性の純真さがみごとに表現されている。不安な心の葛藤をシリアスなものとして表現するのではなく、「失恋魔術師」を登場させることによってお茶目な物語仕立てにしているところが新しい。さすがに松本隆である。このお茶目な詩を吉田拓郎の軽快でリズミカルな曲がひきたて、太田裕美の舌足らずで乙女チックな声が絶妙な味付けをしている。太田裕美でなければ表現できないと思わせるような曲である。 

 この女性は、10代の少女かもしれないし、ちょっと大人の20代の女性かもしれない。わからない。しかし、いずれにしてもそれが敢えて明示されないということは、女性というものが年齢にかかわらずもっているそのようなある種の純真さを表現したかったのであろうし、少なくとも、男の(作詞者の松本隆の)そうあって欲しいという願望が表出されたものとはいえよう。 

 1970年代の内向的な女性のあり方を、「失恋魔術師」というツールによって相対化させようという試みが興味深い。不安や葛藤をかかえて自分に閉じこもるのではなく、それを相対化して不毛な苦悩から逃れようするひとつのスキルが現れているのではなかろうか。1970年代から80年代にかけての女性の変化、すなわち内向から開放への過程についてを考えさせられる曲である。

     *     *     *     *     * 

バスは今 ひまわり畑を
横切って あなたの街へ
隣から だぶだぶ背広の
知らぬ人 声かけるのよ
お嬢さん 何処ゆくんだね
待ち人は来やしないのに
いえいえ 聞こえぬ振りをして
知らん顔して 無視してるのよ
その人の名は アー 失恋
失恋魔術師 失恋魔術師

バスを降り 夕映えの町
人波に足を速める
追いて来る 足なが伯父さん
ステッキを招くよに振る
お嬢さん 逃げても無駄さ
不幸とは追うものだから
いえいえ 後ろを向いちゃだめ
恋を失くすと 見かけるという
その人の名は アー 失恋
失恋魔術師 失恋魔術師

こみあった 珈琲ハウスに
こわごわと あなたを探す
空の椅子 西陽が射す中
さよならを物語ってる
お嬢さん 言ったじゃないか
愛なんて虚ろな夢さ
いえいえ 電車の遅れだわ
あっちへ行って そばに来ないで
その人の名は アー 失恋
失恋魔術師 失恋魔術師

遅れたね ごめんごめんと
息をつき 駆け寄るあなた
お嬢さん 私の負けさ
また今度 迎えに来るよ
いえいえ 死ぬまで逢わないわ
おあいにくさま 恋は続くの
早く消えてね アー 失恋
失恋魔術師 失恋魔術師


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