●今日の一枚 88●
Michael Brecker
Nearness Of You The Ballad Book
マイケル・ブレッカーの『ニアネス・オブ・ユー ~ ザ・バラード・ブック』。2000年録音の大ヒット盤である。大ヒット盤は普通、硬派を自認するジャズファンには評判が悪い。このアルバムも然りである。これがジャズの作品といえるのか、といった批判的言説が数多く出された。まあよい。私はそんなことでビクともしない。私は好きだと大声で言いたい。ジャズとはジャンルではなく、音楽のレベルであると考えているからだ。
ハイレベルな演奏とサウンドである。凡百の「いかにもジャズ」など足元にも及ばない。サイドメンがすごい。パット・メセニー、ハービー・ハンコック、チャーリー・ヘイデン、ジャック・ディジョネット、そして、ジェームス・テイラー。こんな有名どころが、自分の腕をひけらかすようなことをせず、音楽を生み出すという行為のために、一つになっている。批判者の多くは、ジェームス・テーラーの歌が気に入らないようだ。けれども、はっきり言っておこう。本作は、ジェームス・テーラーの歌があるからこそ素晴らしい。優しく包み込み、心に共感と落ち着きを与える歌だ。声量がないとか、スウィングしていないとか、いかにもジャズっぽいフィーリングがないとかの的はずれの批判は、この際、軽蔑して無視すべきであろう。ヒャクショーは、低レベルな音楽でも聴いていなさいといっておこう(農業従事者を軽蔑しているわけではありません。念のため……)。私は、この作品でジェームス・テーラーを再評価・再認識したほどである。もう一度繰り返すが、ジャズとはジャンルではなく、音楽の質であり、レベルなのだ。
唯一、難点を探せば、マイケルのセンチメンタルでノスタルジックなサックスがちょっと行き過ぎて、感情に流されすぎているように感じてしまうことがあるということだろうか。サックスのプレイ自体は本当に素晴らしいものだ。ただ、他者が自己の感情の世界に浸りきって、悦に入っているのを見るのはあまり気持ちのいいものではない。しかし、そんなことを差し引いても、素晴らしい作品であることを明記しておきたい。マイケルは、自己の世界に没入し、ゆっくりと、ゆっくりと、自分の音楽をつむいでゆく。Nearness of You とは、たんに曲の題名ではなく、アルバム全体のイメージでもあるのではないかと思える程である。
ところで、このCDの帯には「こんなバラードが聴きたかった……」という宣伝文句が記されている。安易でセンスのない言葉である。はっきりいって、恥ずかしくて口に出すのが憚られるほどだ。けれども、偉そうなことを言った後でいいにくいことだが、その言葉は聴き終わった私の気持ちでもあったのだ。結局、私もミーハーだったということなのだろうか……。