休日はデジカメ持ってぶらぶらと📷

アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

鴻池新田会所を撮る

2016-07-17 18:47:48 | 史跡を歩く
 7月の3連休の初日、かねてから写真を撮りに行きたいと思っていた鴻池新田会所へ行ってみることにした。鴻池新田会所は、全く初めてではなく、昨年ここへ行った帰りに電車にデジカメを忘れてしまい、そのままなくなってしまったということがあり、祖のリベンジという訳である。

 鴻池新田会所については、一見、江戸時代の豪農の民家と思われるが、そうではなく、江戸時代の豪商鴻池家が大和川の付け替えにより新しく出来た新田の管理運営をするための建物である。家というよりは、行政機関で言えば、出張所という感じなんだろうか。

 会所では、鴻池家から派遣された支配人の管理のもとに、小作人からの小作料、肥料代の徴収、幕府への年貢の上納、老人への米の配給、宗門改帳の作成、管理などを行っていたという。

 

 そのために、多くの人が集まったり、作業をするためなのか、本屋の土間なども非常に広く作られている。

 こういった新田を管理するための事務所を会所と言い、大阪府下では、八尾市に旧植田家新田会所、住之江区に加賀屋新田会所などが残っている。

 鴻池新田会所は、学研都市線(昔の片町線)の鴻池新田駅を下車、少し線路沿いの商店街を東へ歩いたのち、案内板に従い、ぐるりと新田会所の敷地を半周するような形で北側の長屋門から入る。ビルやマンションなどがあり、谷間から、突然、緑の空間が見えてくる。

 

 小さな橋を渡って敷地に入るのだが、新田会所の敷地を周豪が囲っている様子である。

 受付で観覧料を支払って入ると目の前に立派な長屋門が建っている。入り口には、新田会所と書いた提灯がつってある。

 

 そこから、本屋が見える。

 

 本屋は、宝永4年(1797)年の建設で、宝暦9年(1759)に座敷が増築されている。天保4年(1833)と嘉永6年(1853)に大規模な修理が行われている。

 土間からは一直線に本屋の座敷が見渡せる。

 

 襖を取り外すと宴会場になる。江戸時代の豪農の民家にはよく見られる。表の間ともいうべきか。

 

 西側からの本屋の外観。複雑な入母屋造りになっている。

 

 庭園から眺めた本屋。また西側からの外観と雰囲気が変わる。何かした都会的な感じがする。

 

 本屋の西側に並ぶ蔵、手前から文書蔵、米蔵、道具蔵である。

 

 いずれも本屋同様に重要文化財に指定されている。
 蔵の中には、鴻池新田の歴史などについてのパネルが飾られている。また、道具蔵の中には昔の農具等が結構無造作に置かれている。

 

 人力水車みたいなものもあったりする。

 

 これは米つき場である。
 
 

 鴻池新田会所は近年、映画などのロケでも使われることがあるという。昨年公開された大泉洋、戸田恵梨香主演の「駆け込み女と駆け出し男」でもロケに使われているとのこと。
 土間などがロケに使われたらしい。その他でも「大奥」とかでも使われたらしい。そういえば昨年来た時はコスプレの撮影会をしてたな。時代の流れだなあ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 京都の近代建築 梅小路蒸気... | トップ | 2016 立命館大学パンサーズ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

史跡を歩く」カテゴリの最新記事