韓国経済は、日本との紛争を解決しない限り、成長軌道に戻れないという新事態に突入しました。「謝罪しない日本」と言って非難する時代は終わったのです。

(『勝又壽良の経済時評』勝又壽良)

※本記事は有料メルマガ『勝又壽良の経済時評』2019年7月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にご購読をどうぞ。当月配信済みのバックナンバーもすぐ読めます。

 
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし) 元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。

崩れた財政。日本との紛争を解決しない限り、成長軌道に戻れない

増え続ける医療費が経済を支えている

韓国の4〜6月期GDPが発表されました。

1〜3月期が前期比マイナス0.4%成長であったことの反動と、政府による集中的な支出増によって前期比1.1%増に跳ね上がりました。

内容を子細に見ると、決して褒められる内容でなく、先行きの不安を増幅するものでした。

JPモルガンは、4〜6月期の経済成長率が期待に及ばなかったとし、年間経済成長率予測を従来の2.2%から2.0%に下方修正したほどです。

韓国は、「病人経済」に成り下がっています。

文在寅(ムン・ジェイン)政権になって以来、国民生活は激変しています。

もともと韓国では企業などを退職した人たちが、退職金を元手にして自営業を始めるケースが多いのです。

この零細な自営業を襲ったのは、文政権による大幅な最低賃金引き上げでした。

2018〜19年の2年間で、最低賃金を約30%も引き上げた結果、多くの零細自営業はそれに耐えられず、従業員を解雇せざるを得ませんでした。

これが、過去にない失業者を増やすことになった理由です。

失業者の増加は、個人消費を減らします。

こうして、自営業者が廃業・倒産するという悪循環に陥っています。

 

これでは、病人が増えて当然です。

実はこの病人増加が、皮肉にも韓国のGDPを支える要因だったのです。

病人の増加が、個人の医療費増加を招いています。

これによって、政府の健康保険医療費支出も自動的に増えます。

この病人増加が、4〜6月期のGDPに「寄与」したとは、哀しい話です。詳細は、後で取り上げます。

韓国は、合計特殊出生率の急減によって高齢化が急ピッチで進みます。

昨年の合計特殊出生率は、0.98と世界で初めて1を割り込みました。

この落ち込みは、今年に入っても止らず、さらに悪化が予想されます。

こうして、韓国の高齢化は、日本を上回るスピードで進行する情勢となっています。

半数以上が無年金者

人口高齢化は、年金問題と結びつきます。

最近の調査では、高齢者で年金を受給していない「無年金者」が、なんと54.1%もいたのです。

統計庁の最新調査で判明しました。その調査内容を見ておきます。

韓国の高齢層(55〜79歳)の半数以上が、年金を一銭も受け取っていません。

年金受給者でも、およそ3人に2人は月平均受給額が50万ウォン(約4万5800円)未満で、基礎生活(生活保護)の受給費にも満たない金額です。

以上は、統計庁が23日に発表した「2019年5月経済活動人口調査 高齢層付加調査」によります。『中央日報』(7月23日付)から引用しました。

こういう、厳しい老後生活を強いられる韓国の高齢者が、健康な生活を送れるはずがありません。

栄養的に満足な食生活を送れなければ、病に冒されるのは避けられません。医療費が膨らんで当然です。

ここで、日本人の高齢者が年金面でどのような生活を送っているかを見ておきます。

日本では現在、サラリーマン退職者は国民年金と厚生年金を受給し、平均で男性は18〜19万円、女性は9〜10万円ほどの受給額とされています。

これに比べて、韓国は年金受給者が全体の45.9%に過ぎないこと。

その受給者の月平均年金額が、3人に2人は約4万5800円未満に過ぎません。

1人当りの名目GDPは、韓国が日本の約8割(2018年)水準であることを勘案しますと、韓国の高齢者は絶望的状況に置かれていることがわかります。

韓国の高齢者は絶望的

日韓における、高齢者の経済的な環境格差は年金だけでありません。

日本の高齢者は、ほとんど債務がありません。韓国の高齢者は債務が多いのです。

韓国の引退年齢は満60歳ですが、実際の引退時期はこれよりも早くなっています。

会社での出世に見切りをつけ、50代半ばを超えるとすぐに退職、または退職モードに入ります。

この人たちが自営業の核になっています。

最近では、中途退社せずに定年まで勤めよう。そういうアドバイスが増えています。

老後の経済生活が難しいのが理由です。

2017年の韓国「家計金融福祉調査」では、家計の貯蓄額が最も高い時期が50代です。

ただ、家計負債も多く貯蓄と負債の差がほとんどないのです。

60代も、貯蓄と負債の差はほとんどありません。

ただ、金額は50代に比べてかなり少なくなっています。

こうして、日本とは異なって50〜60代でも純貯蓄(貯蓄−負債)はゼロ状態です。

 

4〜6月期のGDP計算で、個人の医療費支出と政府の健康保険支出が増えて、成長率に貢献したと述べました。

この事情は、韓国高齢者の厳しい経済状況からみて、おわかり頂けたでしょうか。

私も最初、GDP統計を見て不思議に思ったのです。韓国の高齢者経済状況から納得せざるを得ませんでした。

無策が招く財政負担

ここから、4〜6月期のGDPから窺える韓国経済の近未来を眺めて行きます。

韓国銀行(中央銀行)は7月25日、4〜6月期のGDPが前期比1.1%(5兆ウォン=約4565億円)増の460兆ウォン(約42兆円)と発表しました。

上半期の成長率では、前年同期比1.9%増にとどまりました。4〜6月期は、マイナス成長だった1〜3月期(0.4%減)に比べれば改善しました。

 

ただ、内容を分析すると、政府が予算を集中的に投入したことによる「税金主導成長」だったのです。

つまり、民間部門が依然として回復しないので、税金主導=政府部門が2期連続のマイナス成長に落込まぬように、テコ入れしたのです。

4〜6月期GDPの主要需要項目の対前期比の増加率を見ておきます。

民間消費:0.7% 政府支出:2.5% 建設投資:1.4% 設備投資:2.4% 輸出  :2.3% 輸入  :3.0%

民間消費は、衣類などの準耐久財や医療などのサービス業を中心に伸びました。

政府支出は、物件費と健康保険給付を中心に増加したのです。つまり、韓国経済は「病人が支える」不健康経済と言えます。

 

4−6月期の成長率である前期比1.1%増への寄与度は 政府部門:1.3ポイント(前期寄与度:-0.6ポイント) 民間部門:-0.2ポイント(前期寄与度:0.1ポイント)

上のデータを見てわかることは、1〜3月期の政府部門が−0.6ポイントであり、結果としてマイナス成長を招いた原因でした。

そこで、4〜6月期には、政府が今年執行する予算の34%に相当する175兆ウォンを集中的に投入しました。

これによって、4〜6月期のGDP増加額は5兆ウォン(約4,565億円)になったのです。

繰り返せば、政府は175兆ウォン投入して、GDPを5兆ウォン増やしました。

4〜6月期だけを見ると、大変に非効率な「投資」と言えます。

昨年10〜12月期も財政の集中的投入で、GDPを押し上げました。

「GDP工作」をしているのです。

その反動で、今年1〜3月期はマイナス成長でした。この調子では、7〜9月期にマイナス成長というリスクを抱えています。

「補正予算は1年に1回」の不文律を破った文在寅

韓国経済は、中国経済に似てきました。

ともに財政依存度を深めていることです。

韓国与党の「共に民主党」が示した今後の経済対策は、予算の早期執行と追加補正予算だけとしています。

李院内代表は「民間が委縮しているだけに、政府の役割がより重要になった」と述べました(『朝鮮日報』7月26日付)。ここまで、追い込まれています。

文政権は、大幅な最低賃金引き上げがもたらした雇用減=内需減という「人災」により、貴重な財源を湯水のように使っています。

この予算を、無年金の高齢者救済に回せばどれだけ効果があるか。

精神的な安心感という金銭に換算できないプラスが生まれるのです。

高齢者は、労組のように団体行動を取らず、政治的な圧力と無関係です。

そのことが、労組に有利、高齢者に不利という利益の不均衡をもたらしています。

文在寅政権以前の韓国には、一つ褒められるべきことがあります。

財政の健全性を維持してきたことです。

補正予算は、原則として1年に1回という不文律がありました。

文政権は、完全にこの財政節度を破っています。昨年度予算で2回。

今年度に入って1回の補正予算を編成するという、歴代政権に見られない「財政放漫」姿勢を取っています。

最低賃金大幅引き上げのもたらした失業者対策費として、財政資金がばらまかれています。日本の民主党政権と同じような「大衆人気取り政策」です。

韓国は、今年1〜4月の累積統合財政収支で25兆9,000億ウォン(約2兆3,800億円)の赤字を発表しました。

この関連統計を取り始めた2000年以降、1〜4月基準で累積統合財政収支が陥った赤字幅では、最も大きいとされています。

ちなみに、昨年1〜4月は2,400億ウォン(約220億円)の黒字でした。

 

今年1〜4月の国税収入は109兆4,000億ウォン(約10兆円)と、前年同期比で5,000億ウォン(約460億円)減少しました。

2015年以降、毎年20〜30兆ウォンずつ増加してきたのです。

税収増加の流れがストップしたことは、韓国経済に不吉な前兆になってきました。

税収比率の高い所得税と法人税が増えなくなってきたのです。

他方、放漫財政が続きます。韓国財政は、しだいに警戒色を濃くするでしょう。

最低賃金大幅引き上げの帰結

文政権では、最賃大幅引き上げによる「所得主導経済」は、雇用減少を財政支出で賄う「財政主導経済」になっています。

これは、国税収入が順調に伸びている状況下でのみ可能な話で、いつまでも続けられません。

来年の最賃の引き上げ幅は2.9%に抑制しましたが、過去2年間で約30%も引き上げた後遺症は大きく、来年以降も財政が失業者救済を行う羽目となるでしょう。

 

こうして、文政権になって韓国財政は節度を失いました。これが、韓国の格付けに影響してきます。

現在、韓国の格付けが引き下げられる事態にはなっていません。

いつまでも現状の格付を維持できる保証はありません。

ムーディーズは2015年12月、韓国の国債格付けを「Aa2」に上げて以降、3年以上据え置いています。

世界の主要格付会社による韓国の格付けは、フィッチ・レーティングスは上から4番目の「AAマイナス」、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は3番目に高い「AA」としています。

日本よりも2段階高い格付けを得ています。日本は財政赤字がマイナス理由になっています

韓国は、国としての格付けに変化はないものの、一足早く韓国企業の格付けが見直し対象になっています。

 

S&Pは、昨年末からKCC、現代(ヒョンデ)自動車グループの格付けを下げ、SKハイニックス、Eマート、SKテレコム、LG化学、SKイノベーションなどの各付け予測を下方修正しました。

今年に入って、韓国企業のうち、格付けまたは格付け予測が上方修正された事例は皆無です。

S&Pは特に、「輸出依存度の大きい半導体やスマートフォン、自動車、精油、化学産業の場合、今後1、2年間は厳しい営業環境に直面するだろう」としました。

以上は、『東亜日報』(7月11日付)から引用しました。

企業格付けが引き下げられる事態になれば、歳入減を伴います。

サムスン電子を筆頭にして、今年1〜3月期の上場企業営業利益は4割もの大幅減益です。これは、所得税や法人税の減少要因です。

これに関わらず、文政権の放漫財政が続きます。韓国財政が細って行くのは自然なことです。

日韓経済紛争の重圧

韓国企業は、輸出依存度の高いことから米中貿易戦争の影響を大きく受けるほか、新たに日本の「ホワイト国」除外問題が加わってきます。

日本は原則、民生用については従来通りの輸出量を供給するとしています。

ただ、確実に発注品が輸入されるまでは不安があるかも知れません。

韓国は、文政権が登場したばかりに内外で問題を起こしています。

 

日本は、韓国への半導体関連3素材について輸出手続きの規制強化に乗り出しています。

これは、日本の全輸出高の0.001%に過ぎません。

一方、韓国は半導体が輸出全体に占める比率が25%にも達しています。

そこで韓国は、「日本の0.001%が韓国の25%の死命を制する」と批判しています。

日本は輸出禁止したのではありません。現に、フォトレジストの輸出は正常に行われています。

日本との紛争を解決しない限り、韓国は成長軌道に戻れない

日本は、「ホワイト国」から韓国を除外する閣議決定が、8月2日と伝えられています。

こうなると、広範囲の対韓輸出が通関手続きで厳しくなる可能性が強まります。

先の「日本の0.001%が韓国の25%の死命を制する」事態が起こり得ます。

 

韓国経済は、日本との紛争を解決しない限り、成長軌道に戻れないという新事態に突入しました。

「謝罪しない日本」と言って非難する時代は終わったのです。

韓国は、日本への真摯な対応を模索せざるを得ない時代を迎えました。