混迷深まる日韓関係、接近する米朝……日本を取り巻く国際関係は、複雑さを増すばかりだ。

いったい日本は、これからどうすればいいのか。元外務省主任分析官・佐藤優氏の特別寄稿!

「文在寅を、大統領の座から引きずり下ろす!」  10月3日、大統領官邸のあるソウル・青瓦台(チョンワデ)周辺を、人の波が埋め尽くした。

主催者発表で「300万人が参加した」というデモは、政権崩壊の時限爆弾に火をつけた。

その直後の10月14日、文大統領の最側近、“タマネギ男” こと曹国(チョグク)法相が、親族の不正疑惑を受けて電撃辞任。

10月22日には、天皇陛下の即位の礼に参列するため、「知日派」といわれる李洛淵(イナギョン)首相が来日した。

しかし、李首相が訪日しても、韓国の対日感情がよくなるわけではない。

また、李首相がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄を撤回しても、日本は韓国を、貿易上の優遇対象国「ホワイト国」に復帰させることはない。

これらの動きは、日韓関係にとって、ごく小さな変数にすぎないのだ。

一方、曹国法相辞任の影響は計り知れない。

文大統領の権力基盤の弱体化が可視化されたからだ。

2020年4月の総選挙を控えて、ますます「反日」を強めざるを得なくなる。

仮に文政権が倒れても、親日政権が生まれることはない。それは、構造的な問題だからだ。

2019年7月、日本は韓国向けのハイテク素材3品目の輸出管理を厳格化し、8月には「ホワイト国」のリストから韓国を外した。

安倍政権は否定しているが、これは、すでに決着済みの元徴用工問題を、韓国が蒸し返したことへの明らかな報復だった。

日本のこの対応は間違っていない。

日本は売られたケンカを買っただけだ。

あとは、“ガン無視” を決め込むことにした。

8月15日、日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」の演説で、文大統領は「日本が対話と協力の道に出れば、喜んで手を握る」と歩み寄ったが、日本はこれも無視した。

韓国は対抗して、8月22日にGSOMIAの破棄を決めたが、日米韓の安全保障上の協定を破棄したことにより、米国防省は「強い懸念と失望」を表明した。

私は、韓国にGSOMIA破棄という引き金を引かせるため、日本側は “ガン無視” のカードを切ったと読んでいる。

そして文在寅政権は、日本の狙いどおりアメリカの信頼を失い、“自爆” したのだ。日韓のバトルは、短期的にはこうして日本が完勝した。

だが、中長期的にも日本が優勢とは言い切れない。

日韓関係がここまで悪化した背景には、北東アジアにおける地政学的変動という、無視できない要因があるからだ。

地政学では、世界は中国やロシアのような大陸国家と、日本やイギリス、アメリカなどの海洋国家に分けられる。

大陸国家は軍事力を背景に領土を拡張してきた。

海洋国家は、おもに経済力を背景に国力の増強を図ってきた。

韓国のような半島国家は、大陸国家と海洋国家の要素を併せ持つ。

ただし、韓国には特殊な要因があった。朝鮮戦争停戦後、北緯38度線に軍事境界線が設けられ、その結果、韓国は大陸から切り離され、地政学的には「島」になった

そして、同じ海洋国家である日米とともに貿易立国の道を選んだ。

その構図が大きく変わったのが、2018年6月12日におこなわれたシンガポールでの米朝首脳会談だった。

会談によって近未来に朝鮮戦争が終結し、北緯38度線が撤廃される見通しが出てきた。

韓国は、地政学的に本来の半島国家に回帰しつつある。

そうなれば、韓国は大陸の中国に引き寄せられ、韓国、中国、北朝鮮が連携し、日本と対峙する構図が生じる。

韓国が、日本ばかりか、GSOMIA破棄でアメリカにまで対抗できると考えたのは、中国の勢力圏に吸い込まれるからだ。

また、米朝急接近により、今後、米朝が平和条約を締結したら、日朝間でも平和条約が結ばれる日がいずれ来る。

日朝国交正常化交渉が始まれば、今度は北朝鮮に対しても「過去の清算」が求められる。

北朝鮮はここぞとばかりに、日本に賠償を求めてくるだろう。

2002年、小泉純一郎首相が金正日総書記と「日朝平壌宣言」をまとめたとき、水面下での支援額は1兆円といわれたが、おそらくその数倍、数兆円は要求されるはずだ。

北朝鮮と条約を結べば、今度は日韓基本条約の改定が不可欠になる。

韓国は日本に北朝鮮と同規模の新たな賠償を支払うように求めてくるだろう。日本はその要求に応じざるを得ない。

1965年の日韓基本条約で、日本は韓国に5億ドル(当時のレートで1800億円)の経済支援をおこなったが、今度は北朝鮮なみの対応を要求される可能性がある。

現在、米朝交渉は停滞しているように見える。

だが、米朝が接近するという大きな流れは変わらないだろう。トランプと金正恩は、波長が合うからだ。

あまり知られていないことだが、トランプの宗派は、キリスト教プロテスタントの長老派(カルバン派)だ。

そしてじつは、金正恩の祖父である金日成も、もともとはキリスト教徒で同じ長老派だった。

自伝で、みずからそう明かしている。

長老派は、自分は「選ばれた人間」だと考える。

だから、「どんな試練にも耐え抜いて、成功させる歴史的使命がある」という固い信念を持っている。

金正恩が継承する金日成主義にも、「選ばれし民」が「苦難を乗り越え、必ず勝利する」という思想が貫かれている。

要するに、トランプと金正恩は “OS(コンピュータを動かす基本ソフト)” が一緒なのである。

トランプと金正恩には、共通の利益もある。米朝正常化後の、北朝鮮の開発利権だ。

シンガポールでの首脳会談の前日、ある変事が起きた。

金正恩が高層ホテル「マリーナベイ・サンズ」を突如訪れたのだ。

ホテルの持ち主は、ラスベガスのカジノ王として知られるシェルドン・アデルソン。

トランプ政権の最大のタニマチだ。

2017年のトランプの大統領就任式では、500万ドルを寄付している。

そして現在、北朝鮮では金正恩の指示のもと、日本海に面した元山にワールドクラスのカジノホテルの建設が進められている。

このことは、あの夜の金正恩の行動と無関係ではない。

アデルソンは、来日してIR推進法のキャンペーンを張っているが、北朝鮮なら、土地収用の心配もなく、併設するコンベンション・センターや美術館を造る義務もない。

広大なカジノだけ造れば、あっという間に「金のなる木」が完成する。

アデルソンは、米朝和平が訪れる日をいまかいまかと待っているに違いない。

北朝鮮のカジノ建設は、日本の北朝鮮政策にも影響を与えるはずだ。

「平和国家」日本が、対北朝鮮で行使できる最大のカードは、経済支援だ。拉致問題解決のためにもいずれ、経済支援が求められる。

だが、カジノで潤った北朝鮮は、拉致問題であえて頭を下げてまで、日本から金を出してもらう必要はなくなる。

「うるさいことを言うなら、日本の金など要らない」という状況が生まれるのだ。

文政権が自壊したあとも、問題は山積みだ。日本の外交イニシアティブが求められている。

さとうまさる 作家・元外務省主任分析官 1960年生まれ 東京都出身 『国家の罠』『自壊する帝国』など著書多数。手嶋龍一氏との共著『独裁の宴』で米朝接近をいちはやく予測した

(週刊FLASH 2019年11月5日号)