◆アメリカの影響力低下との印象影響が懸念
本日日本時間2000時、ロシアのプーチン大統領はウクライナのクリミア半島をロシア領へ併合する事を発表しました。
ロシアは日本の隣国であり、今回の情勢は強い関心を以て見守ってきましたが、今回の決定までの短時間には少々驚かされました。クリミア半島は黒海に面し、ロシア黒海艦隊の拠点であるセバストポリ海軍基地が置かれています。ウクライナ領内にあってロシア系住民が多く、ウクライナがソ連の一部であった時代にはソ連から転居し、そのままソ連崩壊と共にロシア系ウクライナ人となった事例も多く、言語はウクライナ語が公用語となっていますが、ロシア語との違いがあるほか、ロシア系住民に対する強い風当たりという状況もあるようです。
ウクライナ騒乱は、親ロシア政策を進めるヴィクトルヤヌコーヴィチ政権が民主化暴動により政権が崩壊、オレクサンドルトゥルチノフ
臨時政権が樹立することとなりました。オレクサンドルトゥルチノフ 臨時政権は親欧路線をとっており、この暴動による臨時政権樹立については、様々な視点がありますが、親欧路線が暴動により樹立したことで警戒感を強めたロシア政府は、ロシア系住民の多いクリミア半島のクリミア自治政府へ海軍歩兵等を緊急展開、その下でのロシア編入の可否を問う住民選挙が行われるに至ります。
ロシアの動向と軍事力の推移については、我が国安全保障上においてきわめて重要な要素と成ります。冷戦時代においてソ連は42個師団を極東地域に駐屯させ、日本に対しても太平洋艦隊の拠点であるウラジオストク基地を太平洋に展開させるうえでの重要海峡に面する北海道へ軍事圧力がかけられており、他方、中ソ国境紛争等の問題から中国とソ連の牽制等は、我が国へ軍事力が向けられる水準に影響することもあり、単なる隣国との関係で収斂するものではありません。
今回のロシアの動静は、必要であれば迅速に軍事介入を決意し、世界最大の軍事機構であるNATOとの対立が起こる場合であっても、軍事力を背景に牽制するだけの運用体系をソ連崩壊後の混乱状態から恢復させたことを意味します。また、視点を変えるならば、ウクライナの一部をロシア領へ編入する動きに対しては我が国を含め欧米が激しく反発し、経済制裁などを準備している中での強行であり、特に地中海と黒海や中東欧へ海空戦力を展開し牽制したアメリカの能力の限界を示したこととなるやもしれないところ。
ロシアのウクライナ騒乱介入は、ウクライナ騒乱に対する欧州地域からの関与への不信感と、親欧臨時政権の樹立への過程についてへの不信感、東欧旧ワルシャワ条約加盟国地域へのNATOの拡大、欧米諸国のロシア政治制度への姿勢、以上のものがあり、結果、ウクライナへ親欧政権の樹立の背景を放置すれば、モスクワから500kmの距離にNATO加盟国が誕生するという危惧、第二次世界大戦におけるウクライナ地域での反ソ住民の問題など、様々な要素があるでしょう。
しかし、その反面、NATOはウクライナ騒乱が暴動に展開し、ヤヌコーヴィチ大統領がロシア方面へ脱出する過程で、ロシア軍の大規模演習に呼応し、中東欧NATO加盟国の領域内においてロシア軍と同程度の15万規模の大規模演習を展開する、NATO常設艦隊を黒海近海へ遊弋させる、等の姿勢を示し、暫定政権の樹立に対し民主的な選挙の実施要求など、突き放す姿勢と介入ではなく関与の姿勢を示す、というような、勿論これ以外でも構わないのですが、欧州連合との一致した行動が採られれば、対応は変わったやもしれません。
在欧米軍だけでも、冷戦時代の在独米軍第5軍団、構成していた第1歩兵師団はカンザス州フォートライリーへ、第1機甲師団はドイツヘッセン州に置かれているものの重旅団は欧州外に駐屯しているという状況ですので、冷戦時代のリフォージャー作戦に準じた米本土からの緊急展開を実施することが出来れば、ロシアの軍事行動に対して一定の抑制効果はあったやもしれません。もちろん、下手をすれば米ロ軍事衝突という世界史上最も避けなければならない状況に陥ることとなりますが。
今回のクリミア半島ロシア編入を以て、プーチン大統領は事実上の介入終了を宣言しており、次の最悪の状況と考えられたウクライナ東部へのロシア軍地上部隊の介入は、現段階では、少なくとも現段階では回避されました。しかし、その代償として、ウクライナは親欧路線への回帰は程度に限界が生じ、更に将来的に可能性が捨てきれなかったNATOとの関係強化は難しくなっています。強行すれば東部ウクライナへのロシア軍介入が有り得、今回の主目的はウクライナと欧米に楔を打ち込む事だったのかもしれません。
一方の副次影響として、NATOの通常戦力を削り過ぎているのではないかという懸念、更に最も大きいのはアメリカが軍事行動全般について、その使用を非常に慎重となっており、県政への着手に多くの時間を要するとともに、牽制のみで介入の姿勢を見せていない、という部分が、言い換えればアメリカの国力低下と、世界に誤解されかねないところにあります。もちろん、通常戦力において米軍は戦域情報管理と共同交戦能力を強化し、戦域空間絶対優勢の確保を基調とした戦力を整備しているため、その能力は依然圧倒的ではあります。
しかし、我が国周辺国を含め、アメリカは出てこない、という誤った認識が広がることは重大な結果に帰結します。即ち、現在ならばアメリカは軍事的に絶対優勢であっても政治的に劣勢となりつつある、との認識を持った場合、政治的係争を求めている地域に対し、次の選択肢としての軍事的解決を図る可能性は出てきます。より具体的には、南シナ海及び東シナ海地域において、一方的な国境線変更と領土拡張を宣言している国が現在ならば米軍が出てこないと判断し、政治的および軍事的に攻勢に出てくる、ということ。
一種優柔不断と取られることが外交関係にどういった悪影響を及ぼするのか、ということは、我が国が民主党政権時代に嫌というほど経験していることではありますが、緊急展開能力と重戦力に依存する軍事力であっても政治的に展開が遅れる事となれば、能力は持ち腐れとなります。今回のアメリカの対応が、ウクライナ以外の地域へ波及しないよう対応するには、どういった選択肢があるのか、考えてゆく必要があるのかもしれません。
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