今日見た夢。
ニイジマという島に祖母と行く。
フェリーに乗って、青くて透明な海を渡る。
ニイジマは小さな島。
こんもりした木々と白い砂浜で出来ていて、
船着場の近くにしか住宅地も密集していない。
昔、祖父が住んでいたという島。
そして、戦争の時、軍に徴用されていた島。
ニイジマにつくと、祖母は自転車を借りて、
あちこちを見てまわる。
南国の強い日ざしを浴びて、
いつもの手作りワンピースを着て、
長いつばの帽子をかぶり、
薄い茶色のサングラスをかけて自転車を乗りまわす祖母は
元気できれいで私はうれしくなる。
「おじいちゃんとはあとで待ち合わせてるからね」と言う祖母は、
長年連れ添った相手と離れることで感じる自由を謳歌しているようにも、
あとでちゃんと合流する手はずになってることに安堵しているようにも思えた。
「でも、会ったら、おじいちゃん、若返っちゃってるかもしれないねえ」
祖母がすずしげに言った。
「まさか」と私は笑った。
祖父はこの島に住んでいた。
戦争があって、軍人がたくさんきて、島の住民も物も全部我が物顔に使っていた。
どうやら特攻隊の基地のような場所でもあったらしく、
その任務に関しては一切の情報が住民側には知らされていなかった。
「でもね、軍人さんみんな、お腹空かせてたんだって。だからおじいちゃん、自分のお弁当のおにぎり、当時は米じゃないのよ、硬くってでも大事な食べ物、を軍の施設脇の浜に置いていったの。」
祖母の口から出るこの経験は祖父の経験であって、
どうして祖父のことをここまで祖母が知って語っているのか私にはわからない。
祖父が話したんだろうか。
あるいは祖母の口を通して祖父がしゃべっているんだろうか。
私と祖母は黒い湿った土のあるところにつく。
「ああ、ここここ」
祖母は自転車を降りて、その中に入っていく。
そこは地面に色々なものが落ちている場所だった。
戦争からはもう何十年も経っているはずなのに、
英語が書かれたアメリカ軍の缶の煙草入れが昨日落としたくらいの新しさで落ちていた。でも、ふたの部分が壊れて使い物にはならない。
鏡部分がはずれた手鏡は、ガラス細工がピカピカしてきれいだった。
紅色の香水ビンもふたが開いて空っぽの状態で土からのぞいている。
ずっと朽ちないであり続ける捨てられた物が黒い地面からあちこちで顔をのぞかせている。
拾って手にとっても使えない物たち。
でも手に取らず、眺めるだけなら大きな母石の中に柘榴石やエメラルドが点在しているよう。
私がそんなきらきらしたものを眺めていると、
「未だにこんなもんも出てくる」とおもむろに湿った土を掘りおこし、
祖母が土にまみれたしゃれこうべを掴み出した。
ぎょっとなる私の足元にしゃれこうべはころころと転がり、
でもそれは元人間を主張してくるものではなくてどこまでもただのしゃれこうべであり続けたので、
私も落ち着いて、ああ、人が昔ここで死んでそのままにされているんだなあと思った。
よく見ると、ここの土にはきらきらしたものの中に交じって
半分顔を出したしゃれこうべがあちこちにある。
「掘り返してるって言ってもまだまだこんなにあるんだもの、信用できるかね」と祖母が見やる先には、
緑のショベルカーと黄色のショベルカー、掘られてできた穴があった。
無人のショベルカーの脇をすり抜け、祖母は再び自転車にまたがる。
西日が差している。
「フェリー、時間大丈夫かな」急に心配になった私が聞くと、
「ああ、まだ大丈夫でしょう」と祖母がのんびり答える。
私が時刻表を出して確認しようともたもたしている間に祖母は上り坂をずんずん進んでいく。
「それよりもおじいちゃんのとこに行かなけりゃあ」と自転車を押しながら言う。
坂の向こうは入り江になっていて、青い透明な海が見える。
その海岸で祖父を含めた家族たちが遊んでいる。
海水パンツ姿の祖父がおり、その周りで私の知らない親戚たちが話を聞いている。
小さい子たちがいて、これも海水パンツの父までいる。
でもみんな異様に若い。
祖父は父や伯母がまだ小さかったころくらいの若さ。恰幅がよくてつやつやしている。写真で見たことある。
父も私や弟が小さかったころくらいの若さ。細身でまだ黒髪がふさふさしている。いまの弟に似ている。
祖母が言っていた通り、若返っちゃってる。
あとは小さい子も含め、みんな知らない人たち。
知らないけれど親戚なんだろうと思う。
祖母は「あれえ、おじいちゃんはどこかね」と言っている。
祖父が若くなりすぎてわからなくなっているみたい。
私は、おばあちゃん、おじいちゃんはあそこだよ、と思いながらも、
若い父のそばにいる筈の幼い私を探している。
ニイジマという島に祖母と行く。
フェリーに乗って、青くて透明な海を渡る。
ニイジマは小さな島。
こんもりした木々と白い砂浜で出来ていて、
船着場の近くにしか住宅地も密集していない。
昔、祖父が住んでいたという島。
そして、戦争の時、軍に徴用されていた島。
ニイジマにつくと、祖母は自転車を借りて、
あちこちを見てまわる。
南国の強い日ざしを浴びて、
いつもの手作りワンピースを着て、
長いつばの帽子をかぶり、
薄い茶色のサングラスをかけて自転車を乗りまわす祖母は
元気できれいで私はうれしくなる。
「おじいちゃんとはあとで待ち合わせてるからね」と言う祖母は、
長年連れ添った相手と離れることで感じる自由を謳歌しているようにも、
あとでちゃんと合流する手はずになってることに安堵しているようにも思えた。
「でも、会ったら、おじいちゃん、若返っちゃってるかもしれないねえ」
祖母がすずしげに言った。
「まさか」と私は笑った。
祖父はこの島に住んでいた。
戦争があって、軍人がたくさんきて、島の住民も物も全部我が物顔に使っていた。
どうやら特攻隊の基地のような場所でもあったらしく、
その任務に関しては一切の情報が住民側には知らされていなかった。
「でもね、軍人さんみんな、お腹空かせてたんだって。だからおじいちゃん、自分のお弁当のおにぎり、当時は米じゃないのよ、硬くってでも大事な食べ物、を軍の施設脇の浜に置いていったの。」
祖母の口から出るこの経験は祖父の経験であって、
どうして祖父のことをここまで祖母が知って語っているのか私にはわからない。
祖父が話したんだろうか。
あるいは祖母の口を通して祖父がしゃべっているんだろうか。
私と祖母は黒い湿った土のあるところにつく。
「ああ、ここここ」
祖母は自転車を降りて、その中に入っていく。
そこは地面に色々なものが落ちている場所だった。
戦争からはもう何十年も経っているはずなのに、
英語が書かれたアメリカ軍の缶の煙草入れが昨日落としたくらいの新しさで落ちていた。でも、ふたの部分が壊れて使い物にはならない。
鏡部分がはずれた手鏡は、ガラス細工がピカピカしてきれいだった。
紅色の香水ビンもふたが開いて空っぽの状態で土からのぞいている。
ずっと朽ちないであり続ける捨てられた物が黒い地面からあちこちで顔をのぞかせている。
拾って手にとっても使えない物たち。
でも手に取らず、眺めるだけなら大きな母石の中に柘榴石やエメラルドが点在しているよう。
私がそんなきらきらしたものを眺めていると、
「未だにこんなもんも出てくる」とおもむろに湿った土を掘りおこし、
祖母が土にまみれたしゃれこうべを掴み出した。
ぎょっとなる私の足元にしゃれこうべはころころと転がり、
でもそれは元人間を主張してくるものではなくてどこまでもただのしゃれこうべであり続けたので、
私も落ち着いて、ああ、人が昔ここで死んでそのままにされているんだなあと思った。
よく見ると、ここの土にはきらきらしたものの中に交じって
半分顔を出したしゃれこうべがあちこちにある。
「掘り返してるって言ってもまだまだこんなにあるんだもの、信用できるかね」と祖母が見やる先には、
緑のショベルカーと黄色のショベルカー、掘られてできた穴があった。
無人のショベルカーの脇をすり抜け、祖母は再び自転車にまたがる。
西日が差している。
「フェリー、時間大丈夫かな」急に心配になった私が聞くと、
「ああ、まだ大丈夫でしょう」と祖母がのんびり答える。
私が時刻表を出して確認しようともたもたしている間に祖母は上り坂をずんずん進んでいく。
「それよりもおじいちゃんのとこに行かなけりゃあ」と自転車を押しながら言う。
坂の向こうは入り江になっていて、青い透明な海が見える。
その海岸で祖父を含めた家族たちが遊んでいる。
海水パンツ姿の祖父がおり、その周りで私の知らない親戚たちが話を聞いている。
小さい子たちがいて、これも海水パンツの父までいる。
でもみんな異様に若い。
祖父は父や伯母がまだ小さかったころくらいの若さ。恰幅がよくてつやつやしている。写真で見たことある。
父も私や弟が小さかったころくらいの若さ。細身でまだ黒髪がふさふさしている。いまの弟に似ている。
祖母が言っていた通り、若返っちゃってる。
あとは小さい子も含め、みんな知らない人たち。
知らないけれど親戚なんだろうと思う。
祖母は「あれえ、おじいちゃんはどこかね」と言っている。
祖父が若くなりすぎてわからなくなっているみたい。
私は、おばあちゃん、おじいちゃんはあそこだよ、と思いながらも、
若い父のそばにいる筈の幼い私を探している。