世の中の二乗>75の二乗

話せば長くなる話をする。知っても特にならない話をする。

俳句とタイの僧侶

2012年03月27日 20時14分15秒 | Weblog
わっしょいハウスを見に行った。
すっげえおもしろかった。
がはがは笑ってしまい、
あとで方々から指摘されることになる。
私はごく最近になってアピタが東海地方にしかないことを知ったのだが、
台詞にアピタが出てきたので、地元のアピタに入ってるたこ焼き屋の「くくる」とかを思い出した。
みゆみゆは遅れてきたからぶぶーだと思った。
見終わった後、肥田さん夫妻と肥田さんの妹さんカップルとみゆみゆで
お茶しにいく。
みんなドリングバーみたいなの頼んで、
みゆみゆとサキコさんはフレンチトースト的なの頼んで、結構話した。
肥田さんと台本のことについて話す。
いつもメールのやりとりしかしないので、
面と向かって台本のことを話しできるのはうれしい。
でも台本の内容のことをがっつり話してたわけじゃなくて、
肥田さんの妹さんから小さい頃の話とか、
おじいちゃんの話とか、コロの話や、弟と書いた漫画の話や、
石かつぎの話とか、いろいろ聞いてるそういうのの合間合間に台本の話をして、
妹さんが「こんな話してたらどんどん思い出してくるわー」と言っていて
それがいいなと思った。
で、それはみゆみゆが途中で「私、靴買ってくるわ」と言っていなくなってしまってからも続くわけだけど、
なんであの子、あのタイミングで靴買いにいったんだろう。
私たちはその後、わっしょいの打ち上げに行くつもりで、
デニーズで3時間くらい時間をつぶしていたんだけど、
集合時間の1時間くらい前になって、肥田さんが「お腹すいてきちゃった」と言った。
そのときは、そうだねそろそろお腹空いたね、あと一時間の我慢だね、程度に受け流していたんだけど、
集合時間の30分前になって「やっぱり我慢できない」と言い出した。
こんなことなら最初に何か頼んでおくべきだったね、と言ってまた流そうとしたのだけど、
どうにもこうにも限界が来ているらしい。
聞けば朝からおにぎり一個しか食べてないらしく、
ああ、そりゃ相当お腹減るのはわかるけど、
でも、でもあと30分で中華だよ?という総ツッコミにも屈しないで、
肥田さんはメニュー表を呼び寄せ、なにか軽くお腹に入れれるものを探し出す。
私がこっそりメープルウォルナッツクッキーを差し出すと、
「でも持ち込みは…」と言って断る頑固さ。
妹さんの彼氏に「じゃあ、サラダとかは?」と聞かれると
「いや、そういう気分じゃないんだよな」と言う。
そこでサキコさんが思い当たって、
「もしかして、最初にメニュー見たときから翡翠麺が気になってたの?」と聞くと、サキコさんの顔を見てうすく頷いた。
よりにもよって!
つぎ中華なのに!
翡翠麺チョイスか!
「でも、ちょっとでいいから、打ち上げ行かない二人(妹さんカップル)とわけわけするから」。
こうして肥田さんと肥田さんの妹とその彼氏は、
緑の麺をお腹ぎゅるぎゅるの私とサキコさんの前で分け合って食べることになった。
見られながら食べるのも具合悪そうだった。
中途半端にお腹を満たしてしまった二人と、お腹ぎゅるぎゅるの二人と、大満足の一人とでデニーズを出る。
五反田駅で別れて、打ち上げ会場へ。
途中の交差点でわっしょい御一行とも合流した。
中華おいしかった。
その席で、チーム肉体と友達になる。
島村くんは俳句を詠み、ヤガワくんはタイで出家した。後藤さんは明日卒業式。あともう一人は話せなかっためがね君。
気のいい人たちのようで話してて楽しかった。
ぽつぽつ人が帰りだし、
あっすーと少し話した。
横でぐでんぐでんに疲れている犬飼くんがときどき話しに入ってきて、
犬飼くんがあっすーに対して言う言葉は
決して年上の、経験が君よりある、大人として言うんだけどね、という言葉じゃなかったのがすごくいいなと思った。
帰りの電車で犬飼くんに池袋にあるサボテンとハオルチアの専門店の話を聞く。
今度行ってみよう。

すんとしてみせる

2012年03月18日 10時33分01秒 | Weblog
猫コーヒーの会をした。
インドネシアにいるジャコウネコという動物が、
おいしいコーヒーの実を食べて
そのおいしい実の中にある種であるところの
コーヒーの豆を排泄物から選り分けて焙煎して飲む、
という摩訶不思議なコーヒー。
みゆみゆがお土産でもらったそうで、
けっこうこの話題でここ数週間は盛り上がっていたので、
大変いいものをもらったものだと思う。
みゆみゆとたっちーとで飲んでみた。
パッケージを開けるとふわんと爽やかな香り。
コーヒーの匂いはするものの、どぎつくなく、
ほんのり甘いような。
フィルターにつまる感じのパウダー状になっていたので、
カップに直接粉入れて上から湯を注ぐ。
少し混ぜて少し置き、粉が沈殿したうわずみを飲む。
現地では粉もじゃりじゃり飲むとのこと。
飲みやすい。
ブラックで全然苦くない。
嫌なにおいもなく、おいしいコーヒーだった。
ちょうど会の開催がお昼時だったため、
各自軽食を用意していたんだけど、
みゆみゆが買ってきてた米粉100%のパンがおいしかった。
ほぼ餅、という弾力食感味。
そしてかわいい見た目を大きく裏切る腹もち感。
正月の特番の再放送を見ながら、
「新庄はどんどん清原に似てきてるね」などといいながら
食べたり飲んだりした。

その後、たっちーは東電のバイトに行って帰って、
みゆみゆと二人で紙切り。
結構早く済んで、つめ切ったり化粧したりした後に外出。
くくるでたこ焼き食べて別れた。

アゴラに羽衣見に行く。
楽しかった。
音楽を愛してるんだろうと思った。
音楽を愛してる人たちはかっこいい。
音楽を愛してる人たちはかっこいいことが好きなんだと思う。
かっこいい、というのも人それぞれで難しいが、
この場合は潔さとか、そういうかっこよさのような気がする。
見られてることを意識してそれをよしとしてさらに見せつける、
というようなもの。
そういう状態のとき、たとえやってることはかっこ悪くても中身は潔くてかっこいい。
たぶん、そういうものを感じた。
そういう人たちは、わちゃわちゃしてる時もすんとしてる時も
ずっとかっこいいよ。
かっこいいの滲みでてんよ。
肉体がすごくしっかり出来てるから余計にかっこいい。
もちょっとかっこ悪くてもよかった。

仮チラシに注ぐ

2012年03月11日 15時48分08秒 | Weblog
甘もの会の仮チラシをつくる。
(仮)とは思われぬ出来になりつつあり、
少し気合いが入りすぎのようで嫌だ。
でもまあいいか。
これをわっしょいの公演にはさむ。
バージョン変えてガッツのにも、
サンプルのにも。
がつがつ忙しくなってきている。
人集めに関しては気が急く。
甘もの会の仮チラシが見たい方は、
わっしょいハウスを見に行ってください。
ついに、イチゴ蛸↓がデビューします。

数々の恩により見せて貰う

2012年03月09日 19時22分51秒 | Weblog
平成中村座を見に行った。
朝子さんが招待券を2枚持っていて、
一緒についていけることになったのだ。
ちょうど休みだったのがよかった。

平成中村座は隅田公園の中に専用の小屋を建ててやっていた。
雨の中、浅草の駅から歩いて向かう。
なんとなく同じ方向に向かう人たちの間に入っては、
きっとみんな歌舞伎見るんだろうなあと思った。
そのうちの一組、けっこう若めの男女は、
手にビニール袋を持ち、中にはおにぎり、袋ののど飴、500mlのペットボトル、うっすらとビールの缶も見えた。
そういうものを一切用意してこなかったので、しまったと思った。
会場に近づくと紅白の梅が咲いていた。
枝ぶりは細いながら色がついた景色は春だった。
タクシーで乗りつけた女の人二人は着物を着ていて、
私の後ろを歩いてたおばちゃんに「雨の中…」と言われていた。
受付で朝子さんの名前を名乗り、一人先に入る。
芝居小屋を再現したという会場は、舞台のセットみたい。
外では食べ物やら、浅草のお土産やら、役者のブロマイドやら売っている。
靴脱いで上がると、作務衣みたいなの来た案内の人が丁寧に案内してくれた。
定期的に拍子木が鳴り、開幕を知らせる。
と同時にいまかいまかという心を盛り立てる。このシステムはいいな。
お客の中に芭蕉みたいな格好の人と、
八墓村の双子のお婆そっくりのおばあちゃん二人を発見し、さすが歌舞伎だと思った。
そうこうしてると拍子木が拍数を上げ、あたりが少し暗くなり、
「中村屋」と書かれた中央の大きなぼんぼりがすうっと上に上がって開幕。


幕が上がると、顔がにやけた。
すげえ。
お雛様みたいと思った。
等身大のお雛様が動いてると思った。
一番上の閻魔様みたいな人を中心にずらりと勢ぞろいの役者たち。
まん丸の赤いお腹を見せてる人たちは半分ぬいぐるみみたい。
豪華絢爛。正面立ち。順番に台詞。
うれしく楽しく、瞳孔が開き、顔がにやける。
摑みはバッチリ、わかってらっしゃる。
「しゃっつら」や「ほほ敬って」など気になる言い回しもわくわくする。
周りのおばちゃんたちもわくわくしてるんだろう、
それだけ笑いの敷居は低くなってた。
いよいよ海老蔵登場。
これまたすごい衣装で出てきた。
すげえや、ちょっと格が違う。
なにこれ、凧?凧なの?両袖にひっついてるのは巨大凧?すごい世界だ。もうそりゃあ、カブキ者だぜ、ロックだぜ、見た目の奇抜さと扱いにくさ、実用なんてしらねえぜ、という感じがすごくする。
思わず拍手。そりゃ拍手だ。
海老蔵はこないだ行った歌川国芳の浮世絵に描かれた海老蔵とまったく一緒の顔しててびっくりした。
海老蔵は国芳の時代からずっとあの顔。
目がぎょろぎょろしてて、睨みの家系。
声は意外にやさしく透き通るよう。
その海老蔵と、赤腹たちの掛け合い。
赤腹は「なんだ?」とか「このやろう」とか「なに?」とかを
ぜんぶ「いよー」でまとめてておもしろかった。
発見。受け答えを全部「いよー」にするとあほに見える。
なんやかやで、海老蔵がこの場をうまくおさめる。
味方を逃がす。
海老蔵ひとり残って、大立ち回り。
烏帽子をかぶった化粧してない人たちが5人くらいさあっと出てきたと思ったら
海老蔵が大太刀を一振りすると同時に
赤い布で頭を隠し、そのまままたさあっとはけていって、
後には首が5つ転がっている。
これはおもしろい。手をうって喜ぶ。
海老蔵去る。
大拍手。

幕間。
広いトイレは並ぶが、整理の作務衣隊のおかげでとてもスムース。
さすが、こういうとこにぬかりなし。
隣のおばちゃんに「荷物、ここしまったらいいよ」などと教えてもらい、
カツサンドをほうばるを見る。
きっと日頃は野菜ばかりを食べてるだろうにと、今日の特別さを推し測る。
拍子木鳴り、二部。

一條大蔵譚
襲名披露公演の主役が出てきた。
阿呆の殿様。
呆けたにやけ顔が幼くかわいい。
開いた口から白い歯が見えないとこがポイントかと思う。
手を袖の中に入れてぶらぶらさせてるのもお稚児さんのような所作。
その阿呆の殿様に「踊れ踊れ」といわれて踊ってみせた七之助の踊りが
すごくよかった。
それを真似る阿呆のぎこちない手つきなどもよかった。
常盤御前が出てくると、
お、さっきまでとはちょっと違うなと思う。
なにが違うといえば、さっきのはインパクトに次ぐインパクトで押せ押せだったのだが、
今度のは譚というだけあって、会話劇に近くなる。
背景の物語があり、それを説明する台詞があるのは暫も同じだったけど、
登場人物3人の会話とやりとりは目に見える変化やインパクトの波がややゆったり。
なのでかわからないが隣のおばちゃんの頭がやや危ない。
かくんかくんとなりそうで、
でも実は常盤御前が遊んでいた弓矢の的には憎い清盛の肖像が、のとこでは、すわっと首が立て直ったので、やはり絶妙なとこでちゃんと筋書きができているものだと思った。
さて、阿呆の殿様と誰もが思っていたが実は違って、
悪漢の前に実にきりりとした6代目勘九郎があらわれる。
そして悪漢を切り倒し、もとの阿呆に戻る。
この、最後で不覚にも泣きそうになる。
物語はめでたしめでたしで終わり、勘九郎も阿呆ときりりを笑い交えて演じるのだけど、
阿呆のふりをしてしか生きていられないこの殿様の境遇と姿に
急に悲しくなってしまう。
にやりにやりと笑いながらさっき自分がはねた悪漢の首をこねくり回す姿は
滑稽だが悲しいラストだった。
大拍手。

幕間。
朝子さんが見ていたパンフレットを見せて貰う。
演じる内容がひと目でわかる絵が載っていて感心した。
どこからかみかんの匂いがする。
歌舞伎鑑賞にはみかんがあうと思った。

舞鶴雪月花
舞である。レビューである。
カミシモに歌い手や三味線、鼓や太鼓の衆が控える。
最初の七之助の踊りではまわりのおばちゃんたちが口々に「なんてきれい」「まあきれい」「きれいきれい」とささやく。
早着替えでは、まわりからいっせいに「はあ」と感嘆のため息。
松虫では、子どもに「かわいい」「じょうず」などとささやく。
私はこの親子の虫の踊りをみて、なぜか「スウィーニー・トッド」を思い出していた。
ほんとはちゃんとそこにいきついた思考経路があるんだけど、
ややこしいしくだらないので割愛。
最後、雪達磨の踊り。
父、勘三郎登場。
圧巻。
すげえ、勘三郎。
あのわちゃわちゃした軽快な動きがおもしろいおもしろい。
雪だるまの口の炭が髭になってておもしろい。
夜のうちにはしゃぎまわっていた雪だるまが、
朝が来て溶けていくときの慌て方とか、
踊りというかパントマイムというか、うまいなあ。
そして雪降る真っ黒な背景が、朝と共に取っ払われて真っ白な背景に変わる。
溶けながら奈落に消えていった勘三郎の後ろで、
舞台裏がぎぎぎと開いて、現実の隅田川と川にかかる鉄筋の道路、そこを行く車の速度などが見えると、もう自然に手が大拍手。
いいもの見たなあと拍手にも力こもった。
閉幕。

と同時に隣のおばちゃん含め、周りがずらららららららっと腰を上げてコートを引っつかみ、一目散に出口へ。
なにごと?避難?え、余韻とかは?
さすがだ。
さすがだよ。
意味もわからず最後まで圧倒されっぱなしだ。
私と朝子さんはのろのろと身支度を整え、
朝子さんの知り合いで、今回チケットをご招待してくれた舞台監督さんのもとへ。
バックステージを見せていただけることになっていた。
興奮冷めやらぬなか、お礼と共に「すごくよかったです」しか言えず。
舞台監督さんは自信に満ちた顔で、にこにこ笑っておられた。

バックステージツアー。
照明ブースへ。
つやつやした顔の照明さんがこれも自信に満ちた顔で「お芝居はどうでしたか?」と聞く。
これに関わっていることが幸せだという顔。
機材の上に絆創膏が一枚置いてあった。
花道に通じる幕を開けてもらう。わあ。
幕は内側にもしっかり中村屋の家紋。
階段下りて、客席の下へ。
鉄筋の骨組みの中、絨毯が敷かれた意外に広くて明るい通路を行く。
「夜の部で早着替えがあって、そのときにここを全速力で走らなくちゃいけないから絨毯を二重にしたんだ」と教えてもらう。
せり上がりの四面には黄色と黒の危険テープ。
合間合間に荷物荷物。
役者の名前のダンボール、さっきのはりぼて雪だるま。
底に水がたまっている。
上がって幕内へ。
吊り下がったバトンには全ての場面の装飾。
舞台裏には広いスペース。書き割りや大道具。
そこからは雨に濡れそぼったスカイツリーが見えた。
ああ、そうか、最後の舞台裏が開いたとこではスカイツリーが見えるはずなんだ。
でも今日のスカイツリーは上のほうが雲に隠れて
まるで仙人の住む霞の山のよう。
楽屋を息を詰め通り過ぎる。
小道具部屋。
常盤御前の鬘。きらきら。
疲労顔の人もいて少し安心した。
ケータリング。もちろん歌舞伎揚げ。
また上がって、桜席と呼ばれる幕内の席へ。
うへえ、すごいものがあるものだ。
2階席を行く。
下では浴衣来た勘九郎が台詞合わせしてる。
朝子さんは「勘九郎さん…」と言うが、
私はまだなんかさんとかつけて呼んではいけない気がした。
妙な話だが、さんとかつけるほうが親しい感じ。
2階席、ど真ん中のお大尽席へ。
はあ、なんだこれ、ほんとに殿様席だ。
そこだけ絵をバックに悠々足がのばせる畳席。殿様がヒジかけるやつもある。
「いつかここを買えるようになってね」と舞台監督さん。
表も裏もとてもいいもの見せてもらった。
どうもありがとうございました。

帰り、パンフレットを買う。
傘を持ってこなかったという朝子さんと相合傘で駅へ。
朝子さんはこれからライヴに行くんだそう。
かわいいキャリーバックがらがら引いて、赤い髪をショートにまとめ、
青い靴紐をきゅいと結んで、朝子さんは地下鉄で去った。
私は新宿まで行って、閉店するジュンク堂で「世界の衣装」という本を買って帰った。

携帯電話紛失事件

2012年03月02日 22時11分48秒 | Weblog
出勤する。
散歩に行って雨が降ってきたので帰ってきた。
3階に行くと、同僚の女の人が「もうほんと困るー」と言っている。
「ほんと困るー」と言いながら、業務はこなす余裕があった。
業務をこなしながら、なにか、窓のところをのぞいたり、棚の上のものをどかしてみたりしている。
カリキュラムを終え、食事をさせ、着替えとトイレと入眠に移っていく中で、
「困るー」「羽生さん(仮名・はにゅう)が」「もうなんでー」「ありえなくなーい?」と聞かせるでもなく独り言でもなくぶつぶつ言いながら、やはり心がふわふわしているようだ。
部屋の明かりが消され、入眠を誘う音楽が流され、横になる傍らで背中を叩いていると、
当の羽生さんが無言でふらりと現れた。
女ばかりの職場で、男の羽生さんのフォルムは目立つ。
が、本来、羽生さんはこの階の担当ではない。
羽生さんは、ふらりふらりとロッカーをあけ、窓ぎわを調べ、棚の上のものをどかしている。
そして無言で去っていった。
そこへ、所用から戻ってきた彼女が現れ、
「羽生さん、来ました?」と聞く。
来ましたけど、いままたどっか行きましたよ、と言うと、
「もう、なんなのもう」と言う。
そこで詳しく話を聞くと、
今日、彼女は私服から制服に着替える際、使っていた子供用のトイレに携帯電話を置き忘れたという。
そして、どうやら、それを羽生さんが届けてあげようとした。
ここまではとてもありふれた行為だ。
が、羽生さんはなにを思ったか、彼女に直接手渡すことはせず、
彼女の担当階の備品用ロッカーの中に、入れた「らしい」。
が、彼女がそのロッカーをいくら探しても自分の携帯電話は見つからなかった。
確かに入れたという羽生さんと、いくら探しても見つからない携帯電話が
昼を少し過ぎたあたりで館内中のスタッフに知れ渡ることになる。
と、ここで羽生さんである。
羽生さんはひとことで言うと未熟な人だ。
ちゃんと成人し、ちゃんと資格を有し、正規の職に就いてはいるが、
スタッフ皆から何かあるたびに「また羽生さんがなにかやらかした」と思われるような人。
もうちょっとちゃんとしようよ、と言われ続け、
あれはダメだよ、と言われ続けてしまうような人。
こういう人は、普段がこういう評価であるゆえに、
不運なことがあっても周りからの同情を得にくい。
今回の事件は、本来なら羽生さんの親切心が発端であり、
無事に持ち主のもとに携帯電話が戻っていれば、
感謝こそすれ、まして恨まれるいわれはないはずであった。
が、ここは羽生である。
さすがの羽生さんだ。
と誰もが思った。
手渡しって大事。そしてなにより確実。
ということが羽生さんにかかると選択されない。
なぜだ。なぜ、備品用のロッカーに入れたんだ、羽生。
そして確かに入れたと羽生さんが主張すればするほど、
「でもないじゃん」という途方もない現実。
羽生、羽生、羽生さん、
でもないんだよ、羽生さん。
彼女は「今日は大事な連絡が来るはずだから絶対に携帯がないと困るの」と言うし、
他のスタッフも手分けして探しだし、羽生さんは固まった無表情で各階をふらふらするだけだし、
この事件はだんだん不穏な感じになってきた。
私が休憩から戻ると、羽生さんは再び3階にあがってきており、
問題のロッカーを開き、そのまますぐに閉めていた。
なにやってんだ、と思い、
「見つかりました?」と聞くと、
なぜかイラついた声で「ない」と言われた。不条理だ。
ついに、午睡明けの10分前に
羽生さんが確かに入れたと主張するロッカーを大人5人がかりで総さらえすることに。
入っているものを全て出し、携帯電話が紛れていないかをチェックする。
ねえよ。
ねえんだ、これが。
もう、ここまで来ると羽生さんの言う「確かにここに入れた」が間違いである、
という恐ろしい事実しか、真実でなくなる。
なんて恐ろしいんだ羽生。
の記憶。
スタッフの呆れとも侮蔑ともつかない視線の中で、
もう一人の男性スタッフが羽生さんに向かい、いたわるように「きっと、ここに入れなきゃと思って、そのことが大きくなりすぎて、入れてないのに入れたって覚えちゃってるんだよ、大丈夫、きっと見つかるよ」と声をかけていた。
その後、別の電話から彼女の携帯電話にかけても「圏外」のためにつながらず、
着信音で位置特定をする作戦も失敗に終わり、
あのロッカーにない以上、
もはや誰も羽生の記憶を頼りにしようとせず、
羽生さんの管轄である部屋の捜索を羽生さん以外のスタッフがしても見つからず、
羽生さんの手元に携帯電話が行き着く前に、最初に携帯電話を発見したスタッフにも聞き取りを行ったがかんばしい情報は得られなかった。
やはり、羽生さんだ。
鍵は羽生なのだ。
羽生さんの手に携帯電話が移るまでの証言は確かにはっきりしているのに、
羽生さんがとった行動も、記憶も、証言も、全てが曖昧なので、
彼女の携帯電話は消えている。
もう探せる場所は探したはずだ。
ここまで出てこないと別の可能性すら考え始めてしまう。
誰かの悪意によるものなんじゃないかとか、
そういえば、彼女もあんまり評判は…
などと思い始めるとぐるぐるするのと、
なんか全体的にこの話題に飽きがきたような雰囲気が流れ、
お迎えのラッシュもあり、バタバタの中で時間が来た。
着替えて玄関に行くと、
施設長に呼ばれた羽生さんが正座でなにか話をされていた。
彼女も今日は諦めて疲れた顔をしていた。
他のスタッフはみんな小声で羽生さんや彼女のことを話している。
ぞっとしながら、お先に失礼しますと言うと、
一瞬笑顔で「おつかれさまでした」と返され、
また無表情で話に戻ったのを見たので、ますますうすら寒くなって外に出た。